第13話 決意
正神教団に関して話し合った翌日の早朝、佑吾たちはアーノルドに呼ばれて、再び兵士庁舎を訪れていた。
受付嬢に昨日の会議室までまた案内されると、アーノルドが出迎えてくれた。
昨日いた四人の軍人はまだ来ておらず、アーノルド一人だけだった。
「おお、よく来てくれたな。今日の会議でも忌憚ない意見を——」
ドォォォォォン!!
アーノルドの言葉を遮って、閑静なヴィーデの街に爆発音が響いた。
重苦しい音とともに、会議室が揺れた。
「きゃっ!?」
「エルミナ!」
揺れで体勢を崩したエルミナを、佑吾はとっさに支えた。
「な、何よ今の音!?」
サチが狼狽の声を上げる。
皆が突然の事態に驚いていると、佑吾たちが入ってきた扉が勢いよく開かれ、鎧を身につけた兵士が駆け込んできた。
「報告! 東区画で魔術による爆発が発生! さらに正神教団と思しき連中が魔物を引き連れ、破壊行為を行っております!」
「何だと!?」
兵士の報告に、その場にいた全ての者が愕然とした。
一体、いつの間に街へ侵入したのか。
頭の中に浮かんだその疑問を、今はそれどころではないとかき消して、アーノルドは冷静さを取り戻した。
「すぐに兵士を向かわせろ! 各小隊のうち二名は住民の避難誘導を行い、残りの者は正神教団の者たちを捕らえよ!」
「はっ!」
アーノルドの指令を受けた兵士は、すぐに会議室を飛び出した。
しかし一息つく間も無く、再び大きな爆発音が響いた。
そしてそれに追従するように、会議室の隅にある通信用魔道具の受信音が鳴り響いた。
アーノルドがボタンを押し、通信を受諾する。
「こちらアーノルド、何があった!?」
「き、北区画に正神教団が現れました!? 魔物も引き連れています!! 現在応戦しておりますが、数が多すぎます!! 至急応援を!!」
通信用魔道具から、切羽詰まった兵士の声が甲高く響いた。
それに対処するアーノルドを嘲笑うかのように、次々と街の至るところで再び爆発が起きた。
街の至るところで黒煙が上がっていく。
ここに来て、佑吾たちはようやく理解した。
正神教団が、このヴィーデに総攻撃を仕掛けていることを。
会議室は、混乱の様相を呈していた。
昨日いたアーノルド以外の四人の軍人もすぐさま会議室へと集まり、兵士たちの報告を受けると大声で新たな指令を出していった。
しかし正神教団による被害の報告は、一向に止む事なく増え続けた。
アーノルドの懸命な指揮を嘲笑うかのように、事態はどんどんと悪化していった。
「南区画の商業地域で火災発生!」
「負傷者が多すぎて大病院がパンクしている!」
「まずいぞ、中央区にも敵が現れた! この兵士庁舎を目指してるそうだ!」
次々に、被害報告が届いてくる。
会議室中央のテーブルに置かれた街の全体地図には、その被害の多さを物語るように赤いバツ印が大量に書かれていた。
佑吾たちは、アーノルドたちの邪魔にならないよう、会議室の隅でボソボソと話し合っていた。
「あいつら、一体どうやって街に侵入したのかしら?」
「恐らくだが、兵士の数が少なくなり警備が薄くなったところから侵入したのだろう。そのために、周囲の村を襲ってヴィーデから兵士を引き出していたのだろうからな」
ライルの予測は当たっていた。
ここにいる者たちに知る由は無いが、正神教団は少数が商人などに変装して潜入した後、潜入した者たちが警備の薄い箇所を探して残りの信徒たちを手引きして、ヴィーデに侵入したのだ。
「ねぇ、これからどーするの?」
「一刻も早く、この街を出るべきよ」
コハルの問いに、サチが重々しい口調で答えた。
「えっ、街の人を助けないの!?」
「コハル、声が大きい! 仕方ないでしょ、街全体が襲われてるのよ? あたしたちが頑張ったところでたかが知れてる。なら敵の攻撃が激しくなる前に、街を脱出するべきよ──って、ちょっと佑吾! あんた聞いてるの?」
サチの言葉をみんなが押し黙って聞いている中、ただ一人佑吾だけ、サチの言葉を聞かずにテーブルの上にある街の地図を眺めていた。
「え、ああごめん、聞いてなかった」
「ったく……何を眺めてんのよ」
「少し気になることがあって……」
「何が気になるんだ?」
佑吾の懸念をライルが尋ねた。
他のみんなも、佑吾の言葉が気になっているようだった。
「何で奴らは、魔石倉庫を狙わないんだろう?」
その言葉に、サチとライルが目を見開いた。
「確かにおかしいわね、魔石を使えばもっと効率よく街を破壊できるはずなのに……」
「なぜ襲わない? 人手が足りないのか、もしくは他に目的が……」
「魔石倉庫? おい、倉庫の被害報告はあったか?」
「いえ、そのような報告は上がっていません」
佑吾の言葉を受けてサチとライルが、思考に没頭する。
それを聞いていたアーノルドたちも、テーブルの上の地図に集まり、その事に関して議論を始めた。
「他の目的……そのための陽動……まさか!?」
アーノルドが何かに気づいたのか、テーブルにかぶりつき、食い入るように地図を見始めた。
そして目的のものを見つけ、その場所を力強く指差した。
「魔力生成所! 奴らの狙いはここだ!」
「し、しかし、魔力生成所から被害報告は来ておりません! しかも魔力生成所は北区画の奥で、街の中心部からは外れております!」
「魔力生成所から街の全ての家屋に伸びる送魔力線を利用して、街に存在する全ての魔石倉庫に過剰に魔力を送り、魔石爆発を引き起こす事、それが奴らの狙いだ!」
アーノルドの発言に、その場にいた全員が顔を青ざめさせる。
ヴィーデには大量の魔石が存在しており、全ての家庭に魔石で利用する魔道具が存在している。
そしてその魔道具を使用するための魔力を魔力生成所で生み出し、街の地下に張り巡らされた送魔力線と呼ばれる電線のような設備で各家庭に魔力を送っているらしい。
そして魔力が送られる魔石には、容量を超えて魔力を注入し続けると爆発する性質がある。
魔力生成所の送魔力線と魔石爆発、この二つを正神教団は悪用しようとしているのだ。
「もしヴィーデにある全ての魔石が爆発すれば、この街は跡形もなく吹き飛ぶ! 魔力生成所に通信を送れ!」
「こちら兵士庁舎、魔力生成所応答せよ! 繰り返す、応答せよ!」
アーノルドの命令を受け、通信用魔道具の側にいた軍人が慌てふためきながら通信を送る。
しかし、どれだけ待っても魔力生成所側からの応答はなかった。
「ま、まさか本当に、魔力生成所が狙いなのか……」
「急いで魔石を移動させれば、何とかなるか!?」
「無理だ、この街にどれだけ魔石倉庫があると思っている!! 時間も人手も無さ過ぎる!!」
「私が行こう」
狼狽していた軍人たちが声の方──アーノルドの方へと顔を向ける。
「私が兵を連れて魔力生成所に向かい、正神教団の企みを打ち砕く。動かせる兵はどれくらいだ?」
「……今はほとんどが正神教団を討伐するために出払っております。庁舎内で今動かせるのは十名ほどかと……」
「一分隊か、仕方なかろう。準備が出来次第すぐに発つ。兵士を召集してくれ。貴官らは引き続きここで指揮を頼む」
「しょ、承知しました!」
司令官たちが慌ただしく動く中、アーノルドが会議室を出ようとする。
そこに、佑吾が話しかけた。
「アーノルドさん、俺たちも魔力生成所に連れて行ってくださいませんか?」
「何?」
「ちょっ!? 佑吾何言ってんの!?」
アーノルドが聞き返し、サチが信じられないといったように声を荒げる。
「自分たちは正神教団との戦闘経験もありますし、魔法も使えます。お役に立てるかと」
「申し出はありがたいが、しかし……」
「佑吾、あんた分かってんの!? この街は危険なのよ!? 早く街を出ないと!?」
「ここから一番近い門に向かってもかなり距離がある。この状況じゃ馬車も使えない。そんな中、正神教団を避けながら安全に街を出られるとは、俺は思えない」
「それはッ……!?」
「それに……俺は、村や街を襲う奴らが許せない。たくさんの人や物を傷つけ壊す奴らが……絶対に許せない!」
フォレント村でのことを思い出す。
魔物たちに襲われて破壊された村、傷つき苦しむ村人たちを。
ラチナの街でのことを思い出す。
大怪我を負ったマイルズさん、そして自分たちに襲いかかってきた正神教団の者たちを。
多くの悲しみを見た。
そして今も、ヴィーデの街で人々が傷つき苦しんでいる。
佑吾には、それが許せなかった。
「だから俺は正神教団を止めたい。でもこれは俺の我が儘だ、だからみんなは──」
「俺も手伝うさ、奴らの非道な行いは見過ごせん」
「私もやる!」
「……はぁー、ったく……しょうがないわね」
「私も、お父さんについて行く。私も、もうこれ以上悲しそうにしてる人、見たくないもん」
ポンッと佑吾の肩を、ライルが優しく叩いた。
コハルが顔の前でギュッと両手を握りしめて、真っ白な尻尾を揺らした。
サチは不承不承と言った感じで答え、黒い猫耳がぺたりと畳まれた。
エルミナは自らの胸に手を当てて、その目に強い意志を見せた。
「みんな……ありがとう! アーノルドさんお願いします、俺たちも協力させてください!」
「……協力の申し出、誠に感謝する。我々の街を一緒に守って欲しい」
「はい!」
アーノルドとともに佑吾たちは会議室を出た。
そしてアーノルドに付いて行くように、兵士庁舎内を移動していった。
「魔力生成所は北区画の奥にあるそうだが、そこまでどう移動する?」
早足で歩きながら、ライルがアーノルドにそう尋ねた。
現在佑吾たちがいる兵士庁舎は、中央区にある。
そこから北区画の魔力生成所は佑吾が地図を見た感じ、徒歩で移動するにはそれなりに距離があった。
「緊急移動用の風魔法の魔道具を使用する。ここから魔力生成所までなら、ギリギリ魔力は持つだろう」
話しながら歩いていると、アーノルドとともにある部屋へ着いた。
アーノルドが両扉を開き、ともに部屋の中に入ると、そこは武器庫だった。
「私はその魔道具の用意をする。その間、貴殿らはここで好きに装備を整えてくれ」
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