第12話 正神教団

 正神教団と呼ばれる怪しい三人組との戦闘が明けて、佑吾たちは再びヴィーデの街に戻っていた。というのも、ラチナの街の兵士長から、正神教団との戦闘の経緯をヴィーデの兵士長に説明してほしいと要請があったからだ。

 そして今日、事の経緯を伝えるために、佑吾たちは今ヴィーデの兵士庁舎へと訪れていた。

 入り口で待機している受付嬢に用件を伝えると、佑吾たちを呼んだという兵士長が待つ部屋へと案内された。受付嬢が部屋をノックして入室の許可を求めると、「どうぞ」と低い男の声が答えた。

 受付嬢が扉を開けて、佑吾たちに「どうぞ」と手で示した。

 佑吾たちが案内された部屋は、会議室のような部屋だった。

 中央に楕円形のテーブルが置かれ、かっちりとした制服を着た軍人のような五人が等間隔に座っていた。

 皆が、一様に部屋に入ってきた佑吾たちを睥睨する。


「ご足労いただき感謝する。私がヴィーデ兵士隊最高司令官を務めているアーノルドだ」


 部屋の入り口から、一番遠くの席に座っていた男がそう名乗った。

 筋骨隆々とした体に巌のような顔つき、さらにその落ち着いた振る舞いから歴戦の戦士であることが伺えた。


「俺の名前は佑吾と申します。俺たちが戦った奴らの事で話があると聞いて来ました」

「ああ、その件だ。そこに掛けてくれ、早速本題に入ろう、君たちが遭遇した正神教団の連中について、全て教えてくれ」 


 アーノルドに促されてテーブルに着くと、佑吾たちはラチナの街で戦った黒衣の怪しい三人組について説明し始めた。

 と言っても、佑吾たちが持っている情報も少なく、戦闘になった経緯や彼らが言っていたことについて話したら、説明自体はすぐに終わった。


「なるほど……情報提供感謝する。しかし要領を得んな……奴らの目的は一体何なんだ?」

「魔物に人をさらわせていたという事は、身代金目当てでは?」

「それならわざわざ街を襲う必要は無い。騒ぎが起きれば、人攫いは難しくなる」

「奴らの示威行為では?」

「いや、それよりも──」

「ねーねー、せいしんきょうだんって何なの?」

「ちょ、コハル!?」


 ガヤガヤと真剣に議論する司令官たちに、コハルが空気を読まずに質問した。

 それによって会議は水を打ったように止まり、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

 場の静寂に耐えきれなかったのか、誰かがゴホンと咳払いした。 

 佑吾も、何でもいいからフォローを入れることにした。


「そ、そのすみません、自分たちは村で暮らしてたので、あまり他の国のこととかが分からなくて……」

「……そうか。ならばまずは、正神教団について説明しよう」


 アーノルドが簡素ではあるが、彼らについての説明を始めてくれた。

 正神教団とは、遥か昔に存在した、暴虐の限りを尽くし数多の国々を滅ぼした邪龍と呼ばれる存在を、この世界を統べる正しき神として崇めている教団だそうだ。

 彼らの目的は、その邪龍を復活させることだ。

 その邪龍の力を借りて、今のこの差別と不平等が蔓延る世界を破壊して、正義と平等の世界を一から作る、と言うのを教団の理念として掲げているそうだ。

 だがその実態は酷いもので、あちこちでその邪龍の名の下に様々な破壊行為や犯罪行為に手を染めているのだそうだ。

 周辺諸国では正神教団は既に指名手配されており、その信徒たちは邪教徒と呼ばれて、忌み嫌われていた。

 正神教団を佑吾の所感で一言で表すなら、邪悪な神を崇める迷惑な犯罪者集団、だった。


「以上が、正神教団について我々が知っていることだ」

「はい。教えてくださってありがとうございました」


 佑吾が頭を下げる。途中から説明についていけなくなり船を漕いでいたコハルもハッと目を覚まし、佑吾に続くように慌てて頭を下げた。


「あいつらの犯罪行為の目的って何なの?」

「分からない、いや理解できないと言ったほうが正しいな。捕らえても神のため世界のためと言って話は進まんし、君たちが見たように自殺する奴もいるからな」


 サチの質問に対し、アーノルドがお手上げだというように首を振って答えた。

 アーノルドの言葉に、周りの軍人たちも同調するように話し始めた。


「やはり、奴らの目的を把握するのは難しいかもしれませんな」

「ああ、狂人の集まりを理解しようとするなど時間の無駄だ」

「全く……奴らのせいで周辺の村や街は壊滅的被害を受けている。人手がまるで足りん」

「…………人手が足りない?」


 軍人の言葉が何か引っかかったのか、静かに司令官たちの会話を聞いていたライルが、その言葉を反芻した。


「ライル殿、何か気になることでも?」

「確認したいのですが、被害を受けた村への救援にこの街の兵士が向かっているのでしょうか?」

「ええ、そうです。それぞれの街に配備されている兵士だけでは足りませんし、村などに至っては兵士はおりませんからな」

「では、現在ヴィーデに残っている兵士の数は?」

「この街の兵士の数ですか? それならばええと……あったあった。現在ヴィーデで出動可能な兵士数は二百三十六名ですな」


 机に置いてある資料をパラパラとめくりながら、軍人が答えた。


「元々ヴィーデに在籍している兵士の総数は?」

「六百二十一人です。それがどうかしたのですか?」

「……私が気になっているのは、正神教団の働きによってヴィーデ内の兵士の数が四割にまで減少しているということです」


 そのライルの言葉に、会議室にいた軍人全てがハッとしたように驚いた。


「まさか……奴らの狙いは、このヴィーデだと言うのか?」

「恐らくは……」

「もしそうならばどうする? 救援に向かわせた兵士をヴィーデに戻しますか?」

「馬鹿を言え。他の街を見捨てるというのか」

「全員戻すのではなく、半数を戻せば良いのでは?」

「なるほど、それならば──」

「やめた方が良いと思うわ」


 兵士を戻す方向で意見が固まりそうになるのを、サチの言葉がぶった切った。


「猫人のお嬢さん、理由を聞かせてもらえるか?」

「あたしがその正神教団って連中なら、兵士の数が減った段階でもう一度街や村を襲うわ」


 その言葉を否定できないのか、軍人たちは気難しそうに考え込み始めた。

 理由を尋ねたアーノルドも、納得したようにふむと頷いていた。


「しかし、邪教徒どもの狙いは何なのだろうか、なぜこの街を狙う」

「やはり金品だろう。ヴィーデは公国最大の交易都市だからな」

「いや、今まで同様理由など理解できぬのではないか?」

「然り。そもそも奴らは害虫のような存在だ。見つけ次第、即刻排除するくらいがちょうど良い」

「まさにその通りだ。あのような気狂いの連中を野放しにしておくのは危険だからな」


 正神教団の狙いを探る話がだんだんそれ始め、ついには正神教団への罵倒が始まり出した。

 どことなく居心地の悪さを覚え、佑吾たちが身じろぎする。

 佑吾たちが萎縮していると、「ダン!」と何かを強く叩きつけるような音が響いた。

 その音に驚き、その場にいた全員が音の発生源へと目を向けた。

 音の発生源はアーノルドだった。自らの拳を、目の前のテーブルへと叩きつけたのだ。


「貴官らいい加減にせぬか、客人の前だぞ」


「「「「も、申し訳ありません!」」」」

「良い。貴官らの怒りはもっともだが、今は正神教団へ怒りをぶつけるよりも、奴らの行為への対策を考えるべきだろう」


 アーノルドの言葉を受けて、議論の題目は再び正神教団への対策に戻った。

 しかし、現状彼らの目的が分からない以上、具体的かつ有効な策は用意できなかった。せいぜいが街の巡回とヴィーデへ入るための検問の強化ぐらいに留まった。

 日が傾き始めたところで、佑吾たちを交えたその会議はようやく終わった。

 正神教団への、拭いきれない不安感を残したまま。




 それと時を同じくして、一人の男がヴィーデの中で暗躍していた。


「ようやくここまで来ました……」


 万感の思いが込められた言葉が、少しだけ開けた薄暗い空間に響いた。

 呟いた男の周りは遠くを見渡せないほど暗く、周りでは水の流れる音や水が規則正しく地面に落ちる音が響いていた。

 ここは、ヴィーデの地下を流れる下水道だ。

 生活排水が流れ込むため、臭いは酷く、空気も多分な湿気を含んでいた。

 およそ人がいる空間とは思えないような場所に、真っ黒な服装をした大人たちが三十人近くひしめき合っていた。

 彼らこそが、今回の騒動を引き起こした張本人──正神教団だった。

 教徒たちがいるのは広い空間で、それだけの数がいても十分なゆとりがあった。

 そして、その集団を率いている者が居た。

 この者たちを束ねるリーダーで、先ほど喋っていた男だ。


「敬虔なる信徒の皆さん。皆様の不断の努力により、遂にこの愚かな街へ裁きを下す準備が整いました」


 信徒たちから、「おぉ……」と感嘆の声が漏れた。


「この街に巣食うあまねく命を、我らが偉大な神──グレイスネイア様へと捧げるのです」


 リーダーの男が静かに喜色を含んだ声で、信徒たちに命令を、いや使命を与えた。信徒たちは跪いて両手を組み、自らが崇める神へと祈りを捧げた。


「さあ、我らの信仰を示しましょう」


 リーダーの男は静かに嗤った。

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