第11話 vs.怪しげな三人組

「…………ええ、そうですが」


 戦士風の男の問いに、佑吾は不審に思いながらも答えた。

 すると、戦士風の男がまるで品定めでもするかのように、ジロリと佑吾とライルを睨み付けた。

 しばらくすると、戦士風の男は「ふむ」とだけ呟いて、ほんの少し考え込む素振りを見せた。

 やがて考えがまとまったのか、男は静かな声で言葉を発した。


「奴らを捕らえる。行け」

「「はっ」」


 戦士風の男の簡潔な指示を受けて、後ろに控えていた武闘家風の男と魔導士風の女が、指示通りに佑吾たちを捕らえようと行動に移った。

 武闘家風の男は佑吾たちへと向かって駆け出し、魔道士風の女は魔法の詠唱を始めた。


「なっ!?」

「せいやぁ!!」


 突然の行動に佑吾は面食らい、とっさの対応に遅れてしまう。

 それにより生じた隙を突くように、武闘家風の男は佑吾に向かって距離を詰め、硬く握り締めた拳を助走と共に全力で打ち放った。


 ガアァァン!!


 しかし、武闘家風の男が放った拳は佑吾の顔を打ち抜くことは無く、二人の間に立ち塞がったライルの剣によって受け止められていた。


「ライルさん!」

「ぼうっとするな佑吾! もう一人も来るぞ!」


 ライルの言葉を受けて、佑吾が視線をライルから男たちの方に移すと、戦士風の男が腰に下げた剣を抜き、ライルへと斬りかかろうとしていた。


「隙ありだ」

「させるか!」


 今度は佑吾が剣を抜いて敵の前に立ちはだかり、戦士風の男の剣を受け止めた。

 ガギィンと剣と剣の間で火花が散る。


「無駄な抵抗だな」

「ぐ、ぐぅ……ア、<腕力増強アレムスト>!」


 戦士風の男が、体重をかけて剣を押し込んでくる。

 剣を押し込まれそうになり、佑吾は強化魔法を何とか発動させて対抗した。

 しかし、腕力を強化したにも関わらず、佑吾は戦士風の男の剣を弾き返すことができず、何とか押し留めるのが限界だった。


「ふん」

「うぐっ!? くそ……」


 その佑吾の苦しげな様子を見てとった戦士風の男は、鼻で笑うと、剣で佑吾を押し飛ばした。

 押し飛ばされた佑吾は、体勢を崩しそうになるが何とか踏みとどまり、剣を構え直した。

 佑吾と距離が離れた戦士風の男は、後ろに控える魔導士風の女に指示を飛ばした。


「私への強化はもういい。この男は私一人で十分だ。お前はあっちを助けてやれ」

「はっ。<腕力増強アレムスト>、<脚力増強レグレスト>」

「支援感謝する。はぁっ!! せやぁっ!!」

「くっ……こいつら……」


 魔導士風の女はその指示通りに、武闘家風の男を魔法でサポートし始めた。

 ライルと相対して苦戦していた武闘家風の男は、魔法による支援のおかげで勢いを取り戻し、打って変わって攻勢へと転じた。

 ライルはそれでも武闘家風の男の攻撃を捌き、隙を見て反撃を試みる。


「ふっ!」

「させません。<水矢ウォテル>」

「ぐぅ……厄介な!」


 しかし、反撃をしようとすると、それを邪魔するかのように魔導士風の女が攻撃魔法を放ち、ライルの反撃を封殺していた。

 攻撃を封じられ、防御に回らざるを得ない状況にライルが苦しげに呻く。


「ほう、あの男は思ったよりも強いな、良い素材になりそうだ」


 ライルの戦闘を見て戦士風の男が、抑揚のない声でポツリと呟いた

 素材?

 その言葉に、佑吾が疑問を覚えたが、それについて考え込む暇はなかった。

 戦士風の男が再び獲物を定めるかのように、生気が感じられない虚ろな目を佑吾に向けてきたからだ。


「あの男を捕らえるには時間がかかりそうだ。私も早く加勢するとしよう」


 そう言って、戦士風の男はゆっくりと剣を構えた。

 その男の言葉と雰囲気から、佑吾は気圧されながらも覚悟を決めた。

 なせなら、男の言葉を言い換えるとこうなるからだ。

 仲間の加勢に行くために、今からは佑吾に全力でかかる、と。

 それを理解した佑吾は、しっかりと剣を握り直す。剣を握る掌にじわりと汗が滲んだ。


「……これは、お前たちの仕業なのか?」

「ふむ。これ、とは?」

「この街が、魔物に襲われていることだ!」


 突拍子もない予想だと自分でも思う。

 それでも、佑吾には不思議と確信があった。

 今ラチナの街を襲っている異変に、こいつらは関わっていると。


「ああ、何だそのことか」


 戦士風の男が、全くどうでもいいことのように、生気の無い声で続ける。


「そうだ。我々がこの街を魔物に襲わせている」

「一体、何のために!」


 戦士風の男が自分の言葉を肯定するのを聞いて、佑吾の中に言い知れぬ怒りの感情が湧き上がる。

 佑吾の問いに、戦士風の男の虚ろな目が少しだけ、狂気的な光を帯びた。


「全ては我らが神のためだ……我らの信仰を、偉大なる神に捧げるためだ」

「はっ? お前は一体……何を言っているんだ?」

「別にお前たちに我らの崇高な使命を理解してもらおうとは思わん。だが、お前たちは我らの役に立ちそうだ。故に捕らえる」


 そう言って、戦士風の男は剣を握る手に力を込めて、佑吾の方をじっと見据えた。佑吾も、男の攻撃に対応できるように、少しずつ剣を構え直した。

 戦士風の男が、じわりじわりと間合いを測りながら佑吾へと近づいてくる。

 それを受けて、佑吾も体内に氣力を巡らせて自身の肉体を強化し、いつでも迎え撃てるように備えた。


「ふん!」

「ハァ!」


 先に動いたのは、戦士風の男だった。

 鋭い踏み込みとともに、斬りこんで来る。

 それに合わせるように、佑吾も剣で迎え撃った。最初と同じようにお互いの剣が激しくぶつかり合い、目の前で火花が散る。

 剣を防がれた戦士風の男はそれに怯む事なく、次々に剣撃を繰り出してくる。様々な方向から繰り出される剣撃を、佑吾は何とか防ぎ続けた。


(この人は俺より強い……でも、ライルさんほど剣は速くない!)


 常日頃、もっと速い剣を受けていた佑吾にとって、戦士風の男の剣は防げないものではなかった。

 しかし、別の問題が生じていた。


(でも一撃が重い……反撃が、できないッ……)


 戦士風の男の剣撃は、確かにライルのような鋭い速さはなかったが、ライルよりも一撃に重みがあった。

 そのせいで、佑吾が男の剣撃を受けるたび、まるで棒で殴られたかのような衝撃が腕へと伝わり、少しずつ佑吾に疲労を蓄積させていった。


「くッ……<風玉ウィドル>!」

「……ふん」


 これ以上、剣撃を受け続けるのはまずいと思った佑吾は、自爆覚悟で接近している戦士風の男に、詠唱の短い風の魔法をぶつけた。

 佑吾と男の間で、風の球体が弾けて突風を起こす。

 男は何の痛痒も感じていないようだったが、剣を振る手は止まった。

 その隙に、佑吾は魔法で生じた突風に乗るように後退した。その際に風で切ったのか、佑吾の右の頬にうっすらと血が滲んだ。


「…………全く、手間をかけさせてくれる」


 戦士風の男がそう呟いた。その声も生気が感じられない抑揚の無いものだったが、心なしか苛立ちの色を含んでいるように佑吾には聞こえた。

 男は虚ろに濁った目でギョロリと佑吾を睨んだ後、未だライルと攻防を繰り広げている二人の仲間の方を睨んだ。


「お前らもいつまで遊んでいる。さっさとその男を捕らえろ。お前たちの信仰は、その程度のものなのか?」

「め、滅相もございません!」

「すぐに捕らえて見せます!」


 戦士風の男の静かな怒りを含んだ言葉に、武闘家風の男と魔導士風の女が怯えたように慌てて答えた。その言葉に満足したのか、戦士風の男は再び佑吾へと視線を戻した。


「お前もさっさと剣を捨て、無駄な抵抗はやめろ。私との力量差は分かっただろ?」

「確かに俺よりもお前の方が強い……でも、だからと言って、危険なお前たちを野放しにはできない!」


 疲労によって息切れをしながらも、佑吾はそう力強く答えた。


(そうは言ってみたものの、体力的にきつい……でも、もう少し耐えれば勝機はある!)


 確かに不利な状況ではあったが、佑吾にも作戦があった。

 未だ諦めない様子の佑吾を見て、戦士風の男はこれみよがしにため息を吐いた。


「はぁ……正義の味方気取りとは愚かな。ならばここで死ね!」

「うっ……」


 雄叫びとともに、戦士風の男が一歩踏みだそうとして、佑吾も身構えた。

 しかし、それを遮るように女の絶叫が響いた。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 突如、響いた声に、佑吾と戦士風の男が動きを止めた。

 二人が悲鳴がした方へ顔を向けると、ライルと戦っていた魔導士風の女が電撃に打たれていた。

 バチバチと激しい電流が魔導士風の女の体を流れ、その身を焦がしていく。

 やがて電流が止むと、女は衣服からプスプスと黒い煙を上げながら、地面に倒れ、そのまま動かなくなった。


「あたしの仲間に、何してくれてんのよ!!」

「サチ!」


 声がした方を見ると、近くの家の屋根に、敵にワンドを突きつけたサチが立っていた。


「ちっ! 仲間がいたのか!」


 サチの存在に気づいた戦士風の男が、ここに来て初めて声を荒げた。

 佑吾の仲間はサチだけでなはい。もう一人の仲間が、駆けつけた。


「あなたの相手は私だよ!」

「何っ!?」


 その言葉とともに、コハルが疾風のごとく佑吾の横を追い抜いていき、戦士風の男に拳を繰り出した。

 男は、突然現れたコハルに驚きながらも、その拳を剣で受け止めた。


「ぐっ……!?」

「むぅぅぅぅぅぅ!!」


 お互いに剣と拳に全力を込めて押し合い、膠着状態になった。

 そして、その隙に佑吾は駆け出し、戦士風の男へと接近した。


「コハル、そのままそいつを抑えていてくれ!」

「うん、分かった!」

「クソッ!! 犬風情が邪魔をするなァ!!」


 佑吾は、鬱陶しげに吠える戦士風の男の横をすり抜けて、その背後に回った。

 そして、右手に持っていた剣を地面に落とし、両の手のひらに氣力を込めた。


「食らえ! <崩山掌ほうざんしょう>!!」


 そして気合とともに、戦士風の男の背中に向けて両手で掌底を放った。

 鎧と手のひらがぶつかってばちんと音が鳴る。

 本来なら、鎧を着ている相手に武闘家でもない佑吾の掌底を当てたところで有効なダメージにはならない。


「ごぼぁッ!?」

「隙あり!」

「ッしまった!?」


 しかし、戦士風の男は自らの体に激しい衝撃を覚え、痛みとともに吐血した。

 それにより、コハルと拮抗していた力が緩んで、剣を殴り飛ばされてしまった。


「これでとどめだよ!」

「グハァッ!?」


 男の剣を殴り飛ばしたコハルは、そのまま流れるように男の顎をアッパーカットで打ち抜いた。

 男の体は宙を舞い、そのまま地面にドサリと落ちると気を失った。


「はぁ……助かった……サチ、コハル、助けてくれてありがとう」


 戦士風の男が気を失ったのを見て安心したのか、佑吾が地面に座り込む。

 佑吾がずっと狙っていたのは、マイルズを宿屋に避難させに行ったサチとコハルがこちらに戻ってきて、加勢してくれることだったのだ。

 だから佑吾は、サチとコハルが戻ってくる時間を稼ぐために、無理に攻撃はせず、防御に徹していたのだ。

 見れば、ライルが戦っていた武闘家風の男も、ライルに打ちのめされて気絶していた。やはり、魔導士風の女の支援が無い一対一ならば、ライルに軍配が上がったようだ。


「遅くなってごめんなさい。マイルズを宿屋に運ぶ途中で魔物に襲われちゃって。それより、さっきのあんたの技、あれは何なの?」

「ああ、あれは<崩山掌ほうざんしょう>って言ってね。相手の体内に氣力を打ち込んで、体の内部にダメージを与える氣術なんだ。この間、ライルさんとの特訓で練習して身につけたんだ」


 この技は、本来は剣よりも打撃が有効な魔物と戦う時のために覚えたものだった。

 まさか初使用が鎧を着た人間相手だとは、佑吾も思いもしなかった。


「佑吾。疲れているところ申し訳ないが、マイルズさんの友人を助けに行くぞ。サチとコハルは手分けして、こいつらを縄で拘束しといてくれ」


 そう言って、ライルがどこから調達したのか、縄を二人に手渡した。

 佑吾も立ち上がり、ライルと一緒に元々行こうとしていた家屋の中へと入った。

 マイルズの友人と思しき人は、すぐに見つかった。

 大きなタンスの下敷きとなっていたが、大きな怪我はなく気を失っているだけだった。

 ライルが倒れたタンスを退かし、佑吾が<初級治癒キュアル>で傷を癒して、マイルズの友人を救出した。




その後、佑吾とライルはマイルズの友人も宿屋に運ぶとともに兵士を呼び、先ほど戦闘した、魔物に街を襲わせたと言う怪しげな三人組を捕らえた事を伝えた。

 それを聞いた兵士は驚き、慌てて自分の上官を呼びに行った。

 その上官を引き連れて、佑吾たちは急いで先ほどまで戦っていた場所まで戻った。

 その場所に着くと、怪しげな三人組はサチとコハルによって手を縄で縛られて、武器を没収された状態で、地面に転がされていた。

 どうやら、まだ気を失っているようだった。


「こ、こいつらは!?」


 三人組を目にした上官が、信じられないものを見たように驚き、目を見開く。


「この人たちのことを知ってるんですか?」

「あ、ああ……真っ黒な装備で身を包み、胸には龍の顔を象った紋章……間違いない、こいつらは正神教団だ」

「正神教団? それは一体──」


 佑吾が上官に尋ねようとして言葉を切る。

 怪しげな三人組──その中でも、リーダー格と思しき戦士風の男が目を覚ましたからだ。


「………………ぐっ、ここは……? そうか私は使命を果たせなかったのか……おお、我らが神よ。申し訳ございません……」


 戦士風の男は自らの今の状況を理解し、懺悔のような言葉を呟く。

 戦士風の男と同じように地面に転がされている武闘家風の男と魔導士風の女も、程なくして目を覚ました。


「おい、邪教徒ども! この街に魔物をけしかけやがって……一体何が目的だ!?」


 上官がズカズカと荒々しく戦士風の男に歩み寄り、彼らの目的を詰問した。

 問われた男は、上官の怒りを含んだ荒々しい語調に怯えることもなく、薄ら笑いを浮かべていた。


「ふん。全ては我らの偉大な神を復活させるため……そして愚かな罪人どもを正義の名の下に裁くためだ」

「…………大人しく答えるつもりはないということか。良かろう。とりあえずお前らを牢へ連行する。取り調べは覚悟しておけ!」

「ククク、その必要はないさ。我らが魂は神のために! ごふッ……」

「なっ!?」

「ぐぁ……」

「がふッ……」


 戦士風の男が、突然吐血し始めた。

 それに続くように武闘家風の男と魔導士風の女も、同じように吐血し始めた。だぼだぼと大量の血が口から流れ出て、程なくして全員死亡した。


「こいつら、毒を飲んで自殺しやがった…………」


 遺体を調べた兵士が、悔しげにうめいた。


「一体、何なんだこの人たちは…………」


 三人組がなぜ自殺したのか理解できず、佑吾はただ恐れおののいた。

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