第10話 怪しげな三人組

「佑吾! 佑吾起きて!」

「う、う〜ん……コハル?」


 ゆさゆさと力強く体を揺さぶられ、佑吾は目を覚ました。

 眠気で重いまぶたを開くと、何やら慌てているコハルが目に入った。

 佑吾の感覚では、日の出までまだ時間はあるはずだった。


「ふぁあ……コハル、何かあったのか……?」

「佑吾早く起きて! 街が大変なんだよ! 魔物に襲われてる!」

「…………なにっ!?」


 寝ぼけた頭でようやくコハルの言葉の意味を理解すると、佑吾はベッドから跳ね起きた。

 佑吾は慌てて身支度を済ませて部屋を飛び出すと、宿屋の入り口へと向かった。入り口には、既に仲間たちが待機しており、外の様子を伺っているようだった。


「みんな!」

「やっと来たのね。このねぼすけ」

「悪い。一体何が起きているんだ?」

「どうもついさっき、魔物が街を襲い始めたみたい。あちこちから魔物の鳴き声がするし、コハルも魔物の臭いがするそうだから、結構な数の魔物が入り込んでるわね」

「なっ!?」


 サチの言葉に驚き、佑吾も入り口からそっと外の様子を伺った。

 宿屋周辺に魔物姿は無いが、確かにあちこちから人間のものでは無い鳴き声と人間の悲鳴が聞こえていた。


「そうだ! マイルズさんを助けに行かないと!」


 外の様子を伺っていた佑吾は、護衛依頼を受けた商人──マイルズのことを思い出した。

 彼が宿泊している宿と、この宿まではかなりの距離が離れている。

 早く助けに行かないと、手遅れになってしまう。


「待て佑吾。お前さん、魔物がどこに潜んでいるか分からない状況で、マイルズさんを助けに行くつもりか?」

「何を言ってるんですかライルさん! 俺たちは彼から護衛依頼を受けてるんですよ!」

「護衛依頼は、この街までの護衛だ。昨日報酬を受け取った時点で、依頼は完了している。それでも、お前さんは助けに行くのか?」


 ライルが、佑吾に真剣にそう問うてきた。

 確かに、ライルが言っている事は正しい。

 しかしだからと言って、彼を見殺しにして自分たちだけ逃げるのは、いくら何でも後味が悪過ぎる。

 ライルの目を真っ直ぐに見返しながら、佑吾は自らの思いを伝えた。


「はい。それでも俺は、マイルズさんを助けに行きたいです!」

「……なるほどな。考えは変わらんか」

「ライルさんが、俺のことを心配してくれてるのは分かってます。それでも、俺は誰かに危険が及ぶ状況を見て見ぬ振りはできません!」

「ハァ……お前さんはそう言う奴だよな。なら、早速助けに行くとするか」

「えっ? いや、俺の我が儘なんですから、俺一人で行きますよ」

「何言ってんのよバカ、あんた一人じゃ危ないでしょ。それにあたしの耳とコハルの鼻があれば、マイルズを探すのにも役立つはずよ」

「うん、私にまっかせて!」

「わ、私も一緒に行くよ! お父さん」


 ライルだけでなく、他のみんなまで佑吾について行くと言い始めた。

 しかし、自分の我が儘にみんなを巻き込むのは気が引ける。


「いや、でも……」

「あーもう面倒くさい! ここでうだうだ話し合っても時間の無駄よ。早くマイルズを助けに行くわよ!」

「……そうだな。みんな力を貸してくれ!」


 サチの言葉にようやくうなずき、佑吾たちはマイルズを探しに宿屋を飛び出した。


「コハル。マイルズさんの場所は分かるか?」

「ちょっと待ってね……スンスン、こっちだよ!」


 コハルが匂いを嗅ぎ、指でマイルズの匂いがする方向を指差した。

 その先導に従って、佑吾たちは走り始めた。


「待って、先の方から魔物の声がする! こっちの道から迂回して行きましょ」

「分かった。ありがとうサチ!」

「ふん、やっぱりあたしたちが付いて来て良かったでしょ?」

「……ああ、二人ともありがとう」


 サチは走りながら猫の耳をピクピクさせて、音を聞くことに集中していた。

 そのおかげで、誰よりも先に魔物の接近に気づき、道を迂回する事で魔物との遭遇を避けられた。

 コハルの鼻でマイルズの居場所を探し、サチの耳で魔物の存在に気付いて不要な戦闘を避ける。二人がいてくれるお陰で、最短でマイルズの居場所へと向かうことができそうだ。

 サチの言う通り、もしみんなが付いて来てくれていなかったら、佑吾はマイルズの元にたどり着けなかったかもしれない。


「もうすぐ着くよ!」


 前を走っていたコハルが、そう言った。

 佑吾たちが目の前の曲がり角を左に曲がると、その先には見慣れた真っ赤な巨体の魔物がいた。


赤巨人レッドエノルマスっ……」

「……フォレント村で見たのと同じ首輪をつけているな」

「グルルル……」


 ライルの言うとおり、その赤巨人レッドエノルマスの首には、銀色の首輪がはまっており、時折きらりと日の光を反射していた。

 その赤巨人レッドエノルマスはと言うと、破壊された家屋の前に立っており、そしてその家屋の中に一歩踏み入れて、家屋にある何かをその大きな右手で掴んで、外へと引っ張り出した。


「マイルズさん!?」

「うっ、うう……」


 赤巨人レッドエノルマスが掴んだのは、人間──それも佑吾たちが探していたマイルズその人であった。

 マイルズは家屋の破壊に巻き込まれたせいなのか、頭部から血を流して、気を失っているようだった。

 そして赤巨人レッドエノルマスは、佑吾たちの事を一切気にかけずに、マイルズをその手に掴んだまま、彼を連れ去るかのようにどこかに向かって歩き始めた。


「くっ、<フレ──>」

「ダメだサチ! 魔法だとマイルズさんも巻き込んでしまう!」

「じゃあ、どうするのよ!」

「俺、佑吾、コハルの三人で行くぞ。佑吾はマイルズさんを掴んでいる奴の右腕を全力で斬りつけてくれ。もしそれで奴がマイルズさんを手放したら、コハルが救出するんだ。放さなかったら、コハルも攻撃に参加してくれ」

「ライルさんは?」

「俺は、背後から奴の心臓を狙う。二人とも、準備はいいか?」

「はい!」

「うん!」


 ライルの問いかけに答えて、佑吾とコハルは武器を構えた。


「よし、行くぞ!」


 ライルの合図とともに、三人は一斉に赤巨人レッドエノルマスへと駆け出した。

 ライルは氣術で全身を強化して跳び、赤巨人レッドエノルマスの心臓目掛けて剣を突き出した。ライルの剣は、狙いあやまたず赤巨人レッドエノルマスの心臓を貫いた。


「グゴァアアッ!?」


 突然背後から襲撃を食らった赤巨人レッドエノルマスは、痛みで錯乱したのか、雄叫びを上げて暴れまわろうとする。

 すかさず佑吾も赤巨人レッドエノルマスへと接近して、<剛体ごうたい>と <腕力増強アレムスト>を用いて肉体を強化し、ライルに指示された通りマイルズを掴んでいる赤巨人レッドエノルマスの右腕を全力で斬りつけた。


「ゴァッ!?」


 赤巨人レッドエノルマスが直前まで佑吾たちの存在に気づいてなかったおかげで、佑吾の剣はすんなりと赤巨人レッドエノルマスの右腕を深く切り裂いた。

 切り裂かれた右腕から赤黒い血しぶきが上がり、赤巨人レッドエノルマスが掴んでいたマイルズを手放した。

 それを見たコハルは、<剛脚ごうきゃく>を使って尋常ではない速度で駆け出し、滑り込むようにしてマイルズをキャッチした。


「おっとっと!」

「ナイスキャッチだ、コハル!」


 マイルズを救出したコハルは、そのまま赤巨人レッドエノルマスから全力で距離を取った。

 佑吾はそれを一瞥して確認した後、赤巨人レッドエノルマスの方へ視線を戻した。

 そこでは、心臓を貫かれたはずの赤巨人レッドエノルマスが未だに暴れまわっていた。


「くっ!?」


 赤巨人レッドエノルマスは背中に張りついているライルを、何とかして掴もうとしていたが、ライルはその両手を器用にかわしながら、自らが持つ剣をより深く突き刺し、そしてかき回すかのように剣を出鱈目に動かした。

 ライルが剣を動かすたびに赤黒い血が吹き出し、痛みで赤巨人レッドエノルマスが雄叫びとともに暴れ回る。

 だがさすがに血を流しすぎたのか、やがてその声と動きは小さくなり、赤巨人レッドエノルマスの巨体は、地面へと倒れ伏した。


「ライルさん! 怪我はありませんか?」

「ああ、俺は無事だ。俺よりも、マイルズさんの所に行くぞ」


 そう言って佑吾とライルは、仲間たちが待つ場所へと戻った。

 そこに着くと、怪我をしたマイルズをエルミナが治癒の力で治療しているところだった。

 そして佑吾たちの足音で目を覚ましたのか、マイルズがゆっくりと目を開けた。


「………………おお、佑吾さんたちですか。一体何が……私は商品の仕入れに行って、そこから……」

「魔物に襲われたんです。今、街全体が魔物に襲われています」


 記憶が混濁しているのか、何が起きたかを思い出そうとしているマイルズに、佑吾が簡潔に今の状況を説明した。


「今から、俺たちが宿泊した宿屋まで避難します。あそこは広いし、俺たちの様に戦い慣れている旅人が何人かいるようでしたから」

「…………お待ちください。どうか私がいた店の、店主も助けてくださいませんか? 彼は長い付き合いの友人なのです……お礼は必ずお支払いしますから……どうか……」

「分かりました、必ず助けます。だから、マイルズさんは今は喋らずに休んでください」


 怪我で血を失い、意識が朦朧としているにも関わらず、マイルズは友人も一緒に助けてほしいと懇願した。

 自分も危険な状態だったのに、それでも友人を思うマイルスの姿を見て、佑吾は彼の願い──友人も助けてほしいというその願いを叶えてあげたいと思った。

 友人は必ず助ける、佑吾のその言葉を聞いて安堵したのか、マイルズは少しだけ笑顔を見せた後、気を失った。


「じゃあ俺は、その店主を助けに行きます」

「俺も行こう。もしかしたら壊れた木材や家具の下敷きになってるかもしれんからな」

「ライルさん、ありがとうございます。他のみんなは、マイルズさんを俺たちがいた宿屋まで運んでくれ」


 三人は頷くと、コハルがマイルズを背負い、サチが先導する形で宿屋に向かって走り始めた。

 それを見送った後、佑吾はライルとともに、赤巨人レッドエノルマスがマイルズを連れ出した家屋へと戻ろうとした。

 しかし、その途中、赤巨人レッドエノルマスの死体を近くで立って眺めている奇妙な三人が居た。

 真っ黒な鋼鉄製の全身鎧を身につけて、腰にこれまた真っ黒な鞘の剣を下げた戦士風の男。真っ黒な軽装鎧に鋼鉄をあしらったグローブを身につけた武闘家風の男。そして最後に、真っ黒なローブを身にまとい、フードをかぶった魔導士風の女の三人だ。

 三人とも装備が黒一色で統一されており、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。

 佑吾たちの気配に気付いたのか、三人がゆっくりと振り返った。

 そこで初めて佑吾は、黒一色の装備以外で三人の共通点を見つけた。

 三人の装備の胸の部分には、龍の顔を象ったような紋章が施されていた。

 振り返った三人のうち、戦士風の男と佑吾は目が合った。男の目には生気が宿っておらず、まるで死人のようだった。

 男は佑吾たちをしばらく眺めていると、これまた生気を感じさせない抑揚のない声で、佑吾たちに尋ねた。


「貴様らが、この赤巨人レッドエノルマスを倒したのか?」

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