第7話 村での戦闘

「ひぃぃぃぃぃ!?」

「ゴゴゴ……」


 村人が数名、必死の形相で逃げていた。

 その必死に逃げる村人たちの後ろでは、三メートルはあるであろう、土と砂で固められた巨人の魔物が、その巨大な腕を振り下ろして、村の家屋を破壊していた。

 その土の巨人の魔物──土塊人グォルムの頭部にどこかから飛来した拳大の火球が炸裂する。

 頭部から煙を上げながら、グギギ、と土塊人グォルムが火球が飛んできた方向へと、ゆっくりと顔を向けた。


「<火球フレイア>じゃダメか……コハル、もっと強い魔法を使うから、あたしが魔力を練り終わるまであいつの気を引きつけて! エルミナはコハルのサポートをお願い!」

「まっかせて!」

「うん、頑張る!」


 土塊人グォルムの視線の先には、三人の女の子がいた。

 その内の一人──恐らくそいつが自分に火球をぶつけたと、土塊人グォルムは判断した──であるサチがワンドを構え、目を閉じて集中し始める。

 すると、サチの周囲で高密度の魔力が渦巻き始めた。

 それを見て取った土塊人グォルムは、サチを自らを脅かす驚異と見なし、目と思われる部分の光を大きくした。

 家屋を破壊していた手を止め、サチたちへ向かって歩き始めた。


「私が相手だよ!」

「ゴォ……」


 しかし、その進路を防ぐように土塊人グォルムの前にコハルが立ちはだかった。

 それに対し、土塊人グォルムはまるで邪魔だと言わんばかりに唸り声を上げた。


「<烈震脚れっしんきゃく>!!」

「ッ……!?」


 コハルが膝を曲げたまま、足を持ち上げ、そのまま足裏を地面に強く叩きつけた。するとコハルの前方の地面が、まるで地震が起きたように揺れ始めた。

 その揺れにより、土塊人グォルムは歩く事はおろか、立ち続ける事すら難しくなり、姿勢を崩して地面に手をついた。

 <烈震脚れっしんきゃく>。足裏に集中させた氣力を地面に叩きつけて伝播させて、局所的に地面を揺らす氣術だ。

 コハルはそれに加えて、氣力を自分の前方にのみ伝播させることで、後ろのサチとエルミナがいる場所は揺らさないようにコントロールしていた。


「ゴゴゴゴゴ………………」


 表情が変わらないため感情が分からない土塊人グォルムだが、その雰囲気から苛立っているのがコハルには分かった。

 やがて地面の揺れが収まると、土塊人グォルムはゆっくりと立ち上がり、自らの動きを妨害したコハルへと敵意を向けた。

 土塊人グォルムはその巨大な腕をゆっくりと持ち上げ、村の家屋を破壊したようにコハルへと叩きつけようとした。


「コハルお姉ちゃん、目を瞑って! <閃光デズル>!!」


 コハルがとっさに、腕で目を覆う。

 そこにエルミナの魔法が炸裂し、土塊人グォルムの眼前に光の玉が生まれ、激しい閃光を放った。


「ゴッ……!?」


 突然の閃光に目が眩み、土塊人グォルムは困惑する。

 目が存在する両穴を右手で押さえながら、左手を出たらめに振り回した。

 しかし、その近くにいたはずのコハルは、とっさに目を庇ったおかげで閃光の影響を受けておらず、既に土塊人グォルムから距離を取っていた。

 そのため、土塊人グォルムの攻撃が当たる事は無かった。

 そしてこの攻防によって、土塊人グォルムにとって致命的な時間が過ぎてしまった。


「二人とも時間稼ぎありがとう。あいつから離れてて!」


 サチが、強力な魔法を放つための魔力を練り終えたのだ。

 魔力を練り終えると、サチは閉じていた目を開き、右手に持つワンドを未だ目が見えず暴れる土塊人グォルムへと突きつけ、狙いを定めた。


「<豪炎砲ディア・フレイア>!!」

「ッ…………!?!?」


 直径二メートルほどの、<火球フレイア>よりも大きな火炎の球体がワンドの先から生まれ、狙いあやまたず土塊人グォルムの胸部に着弾して爆ぜた。

 高温の炎を伴う爆風によって、土塊人グォルムの土と砂でできた体がパラパラと崩れ、その両腕が落ちた。

 しばらくして、爆炎に呑まれながら土塊人グォルムの巨体が完全に崩れ、ズンと大きな音を立てて倒れた。


「やった、倒せた! すごいよ、サチ!」


 <豪炎砲ディア・フレイア>に巻き込まれないよう距離を取っていたコハルが走って戻ってきて、サチに抱きつき、嬉しそうな声を上げる。


「ちょっ!? もう、こんなことしてる場合じゃないでしょ。早く他の魔物を倒しに行くわよ」

「あ、そうだね!」


 急に抱きついてきたコハルに驚き、バランスを崩しかけるもサチは何とか踏みとどまる。

 コハルのこう言ったスキンシップにも慣れてきたようだ。


「お姉ちゃんたち、あっちから魔物の声がする!」

「よし、なら次はそこに向かいましょ」

「レッツゴー!」


 サチの指示に従って、三人は村人を守るために再び魔物を探しに行った。




 佑吾と別れた後、ライルは単身で魔物を倒しながら、怪我をした村人たちを安全な場所へと逃がしていた。

 今は、魔物に襲われて負傷していた村人を治療しているところだった。


「<初級治癒キュアル>」

「おお、すごい……! 傷が治っていく!」


 ライルが治癒魔法をかけると、村人の足の傷がまたたく間に塞がった。


「よし、逃げれそうか?」

「あ、ああ、ありがとう。あんたはどうすんだ?」

「俺と俺の仲間たちが、可能な限り村を襲ってる魔物たちを倒す。あなた方はその間、村付近の安全な場所で隠れていてくれ。魔物を全部倒すことができたら、狼煙をあげる」

「もし、全部倒せなかったら……?」

「あなた方と合流してから、ヴィーデまで戻る」

「……分かった。俺は、ここから東の方に隠れらそうな場所があるからそこに逃げる。あんたらも危ないと思ったら、そこまで来てくれ」

「分かった」


 そう言って村人は、駆け出していった。

 ライルがそれを見送ると、ライルが一人になるのを待っていたかのように、タイミングよく魔物の群れが現れた。森林狼フォレスウォルフという狼の魔物の群れだ。

 森林狼フォレスウォルフたちは、ぐるりとライルを囲むように散らばって位置しており、虎視眈々とライルの隙を伺っていた。

 それに対し、ライルは片足を持ち上げ、地面に強く足裏を叩きつけた。


「ヴォウ!?」


 突如、自らの足元の地面が揺れだし、森林狼フォレスウォルフが困惑の鳴き声を上げた。

 コハルも使っていた氣術<烈震脚れっしんきゃく>だ。

 しかし、コハルが土塊人グォルムに向けて前方のみに氣力を伝播させたのに対して、ライルは氣力をそのまま自分を中心とした円状に伝播させた。

 それにより、ライルの周囲にいた全ての森林狼フォレスウォルフが、<烈震脚れっしんきゃく>による地面の揺れで、身動きを封じられた。

 そして、ライルはその隙を突いて、次々に森林狼フォレスウォルフたちを一刀の元に斬り伏せて行った。

 全ての森林狼フォレスウォルフを倒し切ると、ライルは剣を一度振り、剣に付いた血を落とした。


「ふう、佑吾たちは大丈夫だろうか」


 ライルが考えているのは、村の中で別れた自分の仲間たちのことだ。

 みんな素直に自分が課した鍛錬に励み、魔物との戦闘を繰り返すことで順調に強くなっていった。

 しかし、こんな風に敵味方入り乱れる戦場を、彼らは経験したことがない。

 どんな魔物がいるかも未知数だ。

 早急に村人を救助し終えて、仲間たちと合流した方が良いだろう。

 そう考えたライルの目の前に、体長三メートル近い巨大な熊の魔物──森林熊フォレスベアルが二頭現れた。

 その二頭の爪と牙には、人間のものと思われる血がべったりと付いていた。

 森林熊フォレスベアル自体は、ヴィーデに来る前にコハルが倒している事からも、それほど強い魔物ではない。

 しかし、ライルの前に現れたのは二頭で、しかも二頭ともコハルが倒したものよりも一回り以上体格が大きい個体だった。

 その二頭の森林熊フォレスベアルたちは、剣を持つライルを敵と見なしているのか、こちらを睨みながらグルルルゥと唸り声を上げていた。


「人の心配をしている場合じゃないな」


 ライルは剣を構えると、自らの体内に氣力を漲らせた。


「悪いが急いでいるんだ、お前らの相手をしてる暇はない!!」


 ライルは森林熊フォレスベアルたちへと向かっていき、全力でその剣を振るった。




 戦いを無事に終えたライルは、剣をゆっくりと鞘に収めた。


「少し力を入れすぎたな……まだ、昔の感覚で剣は振れんな」


 ライルは力を込めすぎて少し痺れてしまった手をフルフルと振り、痺れた感覚を取ろうとしていた。

 すると、近くで魔物の鳴き声が響いた。


「早く、逃げ遅れた他の村人を探さんとな」


 そう言ってライルは、未だ魔物の鳴き声が響く方へと走っていった。

 そしてライルが後にしたその場所には、首を切り落とされた森林熊フォレスベアルの死体が二つ、転がっていた。

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