第5話 異変と襲来

 ヴィーデで売るための魔物素材を集めるために、佑吾たちはヴィーデからさほど離れていない森の中にいた。


「<風刃ゲイルド>。よっと」


 佑吾は目の前の木に実っている、リコスと呼ばれる赤い果物を風の魔法で切り落とし、落ちてきたものをキャッチして背中のカゴに放り込んだ。

 果物は魔物素材と比べて安いが、それでもお金にはなるため採取した。


「んしょ、んしょ」

「コハル、ちょっとそっち持って」

「分かった!」


 その佑吾の近くでは、エルミナが薬の材料になるミルロの花を一生懸命摘んでおり、サチとコハルは、二人が仕留めた狼の魔物──森林狼フォレスウォルフを解体をしていた。

 しばらくそれぞれで作業をしていると、一人遠くに探索に行っていたライルが、佑吾たちのもとへ戻ってきた。


「どうでしたか? ライルさん」

「ダメだな。魔物の痕跡が全く見つからない」


 お手上げ、と言ったようにライルが告げる。

 そう佑吾たちは今、お金を稼ぐために魔物を討伐しに来たのに、その肝心の魔物に中々遭遇しないという、困った事態に直面していた。


「普通なら、こんなことは無いんですよね?」

「ああ、ここまで魔物の姿を見ないのは異常だ」


 佑吾の疑問をライルが肯定する。

 人里離れた森や山は、魔物の領域だ。ここまで姿を見ないというのは、異常事態と言える。


「異常といえば、この森林狼フォレスウォルフもおかしいわよね。一匹だけで行動してるなんて」

「うん、いつも他にもいっぱいいるもんね」


 解体を終えたらしいサチとコハルも、会話に参加してきた。

 二人の言葉は正しい。

 本来、森林狼フォレスウォルフのような狼の魔物は群れで行動して、一匹で行動することはまずあり得ない。佑吾はアフタル村に居た時、それを身を持って体験している。

 魔物の姿がまるで見られないことも合わせて、この森で何か異変が起きているのかもしれない。佑吾は、そんな不安に駆られた。

 


「ライルさん。一旦、街に戻りませんか?」

「……そうだな。そうした方が安全か」

「待って! 向こうから何か来てる!」


 佑吾の提案を受けて、帰り支度をしようとした時、コハルが前方を指さしてそう叫んだ。

 すると、コハルが指さした所にある茂みが、突然ガサガサと大きな音を立て始めた。それに敏感に反応した佑吾たちは、素早く背負っている荷物を地面に下ろして、各々の武器を構えた。

 少しして、茂みをかき分けて何かが佑吾たちの前に現れた。


「ぶはぁっ!? ぜぇ、ぜぇ……」


 現れたのは、粗末な服を着た人間の男だった。

 男は転びそうになりながらも、必死に茂みを抜け出して佑吾たちの元へ駆け出した。すると男は、そこで初めて佑吾たちに気づいたのか、驚いたように目を見開いた。


「あ、あんたら、た、助けてくれぇ!?」


 男はすがり付くように、佑吾たちに助けを求めた。

 男の尋常ではない様子に、佑吾は戦闘の構えを解いて男に駆け寄った。


「何があったんですか?」

「魔物だ!! 魔物に追われてんだ!!」


 すると、男が現れた茂みから、魔物の群れが飛び出してきた。

 それは鉄の短剣と木の盾を両手に持った、赤小人レッドヒュノムの群れだった。


「ひぃぃ!?」


 男は震え声を上げながら、佑吾たちの後ろに隠れた。


「グキャキャキャキャキャッ!!!!」


 赤小人レッドヒュノムの群れは、顔に残虐な笑みのようなものを浮かべながら、佑吾たちへと向かってきた。

 それに対し、佑吾とコハルが前に飛び出し、先頭にいる赤小人レッドヒュノムに攻撃を仕掛けた。


「<剛体ごうたい>!!」


 佑吾は氣術で肉体を強化すると、赤小人レッドヒュノム目掛けて、剣を横なぎに一閃した。


「ゴピャ!?」


 赤小人レッドヒュノムは木の盾で佑吾の剣撃を防ごうとしたが、肉体を強化して放つ鋼鉄の剣による一撃が木の盾程度で防げるはずもない。

 木の盾は砕け散り、佑吾の剣はそのまま赤小人レッドヒュノムの首を切り飛ばした。


「せいっ! そんで、<剛脚ごうきゃく>!!」

「グキッ!? ゴボ!?」


 コハルは、赤小人レッドヒュノムが斬りかかろうと持ち上げた剣を、左手の手刀で殴りつけて叩き落とし、流れるようにそのまま氣術で強化した右足で、赤小人レッドヒュノムの顎を蹴り上げ、顎の骨ごと頭蓋骨を粉砕した。

 しかし他の赤小人レッドヒュノムたちは、先頭の二匹が倒されたことを意にも介さず、次々に佑吾とコハルに襲い掛かろうとした。

 しかし、佑吾の仲間たちが、それをみすみすと許すはずがない。


「ふっ!!」

「<電撃エレク>!!」

「<光弾レブル>!!」

「ミギャッ!?」


 ライルの放った矢とサチとエルミナの放った魔法が、後続の赤小人レッドヒュノムたちを次々に打ち倒していった。

 群れの半数近くを倒された赤小人レッドヒュノムは、気勢を削がれたことにより、ここに来て初めて群れ全体が逃げるかどうかを迷い始めた。


「この隙に一気に仕留めよう!」


 その隙を見逃さずに、佑吾たちは一気に赤小人レッドヒュノムたちに攻撃し、瞬く間に赤小人レッドヒュノムの群れを全滅させた。


「ふぅ……終わった」


 周囲に他の魔物がいないかを確認した佑吾は、武器をしまって赤小人レッドヒュノムに追われていた男の元へと近づいた。


「怪我はありませんか?」

「あ、ああ、あんたら強いんだな……うっ、ゴホッゲホッ!?」

「これを飲んでください」

「あ、あぁ、すまねえ嬢ちゃん……んぐ、んぐ」


 エルミナが男に、水の入った革袋を手渡す。

 男は渡されたものが水だと分かると、かなり喉が乾いていたのか、一気に飲み干した。

 男が水を飲み終わり、息が整ったことを確認すると、ライルが男に近寄って尋ねた。


「一体、何があった?」

「そ、そうだ、あんたら!! 俺の村も助けてくれ、頼む!! たくさんの魔物に襲われてんだ!!」


 男は、佑吾たちに必死にそう訴えた。

 佑吾がみんなの方を見ると、みんな静かに頷いた。


「分かりました。そこまで案内できますか?」

「ああ、こっちだ!」




 男の案内に従って、佑吾たちは男が住んでいるという村へと辿り着いた。

 村の中は、まさに阿鼻叫喚と化していた。

 大勢の村人が悲鳴を上げながら、魔物の群れから必死に逃げていた。


「きゃっ!?」


 佑吾の目の前で、母親に手を引かれながら逃げていた女の子が転んでしまった。母親が慌てて女の子の元に戻るが、魔物── 赤小人レッドヒュノムがすぐ近くまで接近しており、母親と女の子を害そうと、手に持っている剣を持ち上げた。


「<風刃ゲイルド>!!」


 赤小人レッドヒュノムに向けて、佑吾が風の魔法を放つ。

 魔力で形成された風の刃が、高速で赤小人レッドヒュノムに飛来し、剣を持った腕を切り飛ばした。


「ギャッ!?」

「食らえっ!」


 腕を切られて血を流し、困惑する赤小人レッドヒュノムに、氣術で脚力を強化した佑吾が急速に近づき、一刀で斬り伏せた。


「大丈夫ですか!!」

「は、はい……」

「ここは俺たちに任せて、早く逃げてください!!」

「あ、ありがとうございます……」


 母親と女の子が無事に逃げて行くのを見送った佑吾は、赤小人レッドヒュノムが来た方角を見やる。その先では、様々な魔物が村人を襲ったり、家屋を破壊したりしていた。

 大蜥蜴リザルパー魔猿エテル森林狼フォレスウォルフ森林熊フォレスベアル赤小人レッドヒュノム、さらには、かつてアフタル村の洞窟で遭遇した赤黒い肌の巨人──赤巨人レッドエノルマスまでいた。


「くそ、魔物の数が多すぎる……」

「佑吾!!」

「ライルさん、他のみんなは?」

「あいつらには、三人で魔物を片っ端から倒すように言った。俺とお前さんは、魔物を倒しながら村人たちを助けるぞ」

「分か──」

「ブゥゥゥオオアアアアアアア!!」


 佑吾の言葉を遮り、赤巨人レッドエノルマスが咆哮した。

 そして佑吾たちを獲物と見定めたのか、右手に持つ大剣を引きずりながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「チッ」


 近づいてきた赤巨人レッドエノルマスに舌打ちをしながら、ライルが剣を構えた。


「…………ライルさん、こいつは俺に任せて、ライルさんは村人の救助に行ってください」

「何? だが……」

「大丈夫です。俺もあの頃よりは強くなりました。任せてもらえませんか?」


 佑吾は訴えかけるように、じっとライルを見つめた。

 少しの逡巡の後、ライルは頷いた。


「もし危険と判断したなら、大声で助けを呼べ。良いな?」

「はい!」


 そう言ってライルは、佑吾に背を向けて走り始めた。

 それを見送っている内に、いつの間にか佑吾と赤巨人レッドエノルマスの距離が十分に縮まっていた。


「グゥルルルルル……!!」


 赤巨人レッドエノルマスが威嚇の声を上げる。

 アフタル村の洞窟でこれに遭遇した時、佑吾はサチを守るために赤巨人レッドエノルマスに飛びかかったが、ろくに痛手も与えられず、しかも反撃で大怪我を負った。

 赤巨人レッドエノルマスの威嚇を聞いたことで、その事を思い出し、佑吾の手が恐怖で震える。

 しかし、佑吾は震える手を強く握りしめ、恐怖と過去の敗北を振り払うかのように、赤巨人レッドエノルマスに剣を突きつけた。


「今度は俺が勝つ。さあ、再戦と行こうか」

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