第4話 魔石

 宿に着いた佑吾たちは、このヴィーデでやるべきことについて、みんなで話し合った。一言でまとめると、やるべきことは旅費と道具の調達だった。

 道具の中でも、ヴィーデで優先的に入手すべきなのは魔石だ。

 魔石とは、魔力を込めることができる特殊な鉱石のことだ。

 魔石の品質は、魔力を込められる回数、込めることができる魔力の容量、込めた魔力の放出効率などで品質が決まり、五等級に分けられ、等級が高くなるほど高価になる。

 この魔石の主な用途は、魔道具の燃料とすることだ。

 魔道具とは、それに込められた魔法を好きな時に使用できる道具だ。

 火の魔法が込められていればいつでも火が使えるし、光の魔法ならいつでも明かりが生み出せるようになる。

 魔道具の種類は、魔法の数だけ存在し、これも品質や機能によって値段は様々だ。


 佑吾たちが調達しようとしているこの二つは、ヴィーデで広く普及している。

 専用の施設が保有する一等級の魔石から、各家庭へと魔道具用の魔力が送られ、各家庭でそれぞれ魔道具を使用しているのだ。佑吾のいた世界でいう電気と電化製品の関係が非常に近い。

 他にも家庭だけでなく、街のゴミ焼却場、浄水施設など様々な公共施設にでも魔石と魔道具が使用されており、ヴィーデの生活水準は非常に高い。

 しかし、この魔石は便利なだけではない。注意すべき点がいくつかある。

 魔石は無限に使用できるわけではなく、魔力を込められる回数と、一度に込められる魔力の容量に制限がある。魔力を込められる回数を超えると、魔石は限界に達してバラバラに砕け散って、二度と使えなくなる。

 危険なのは、容量を超えて魔力を込めることだ。

 容量を超えているにも関わらず魔力を込め続けると、魔石が徐々に赤くなって臨界状態となり、激しい魔力爆発を引き起こしてしまう。

 ライルさんの話では、そういった魔石の爆発事故はよくあるらしい。


 話を戻して、なぜ、ヴィーデで魔石を優先的に手に入れるべきなのかというと、リートベルタ公国がこの大陸中で有数の魔石産出国であり、このヴィーデでは日々大量の魔石が売買されているからだ。

 一等級から五等級まで全ての等級の魔石が大量にあり、さらに他国と比べて値段も安い。なので、この街で可能な限り魔石を購入しておこうというのが、ライルさんの考えだった。

 しかし、魔石を含めた様々な道具とこれからの旅費を計算すると、結構な金額になってしまった。しめて金貨三枚。

 この世界で使われている硬貨は、黄銅貨、青銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の六種類である。

 佑吾がこの世界で生活をし、色々と買い物をしたり、商人から話を聞くことで大雑把に掴んだ感覚としては、黄銅貨が十円、青銅貨が百円、銀貨が千円、大銀貨が一万円、金貨が十万円、大金貨が百万円、といった感じだった。

 金貨一枚もあれば、自給自足の生活をしているアフタル村なら、佑吾たち四人家族が三ヶ月は贅沢に暮らすことができる。

 それを三枚も稼ぐとなると、一般市民ではかなりの年月がかかる。

 しかし、ライル曰く実入りの良い仕事があるらしい。

 そう言われ、佑吾たちは今、宿を出て街に繰り出していた。


「ライルさん、実入りの良い仕事って一体何なんですか?」

「うーむ、口で説明しても良いが、見た方が早いだろう。目的地に着いてのお楽しみだな」

「なるほど、では楽しみにしてます……ん?」


 ライルの後に続いて歩いていた佑吾は、ふと目の端に映った路地へと目を向けて立ち止まった。

 路地は暗くて先が見えづらかったが、暗がりの中で何かが動くのが、佑吾の目の端に映ったからだ。

 やがて目が慣れて、暗がりの中で動いたものが何か佑吾には分かった。

 それは数人の人だった。老いも若いもバラバラで、小さな子どもまでいた。

 彼らに共通しているのは、皆ボロボロに破れ、汚れた、もはや服とは呼べない布を纏っていることと、生気のない目をしていることだった。


「どうした、佑吾?」


 呆然としていた佑吾にライルが声をかけた。

 いつの間にか立ち止まった佑吾を不思議に思い、戻って声をかけたのだ。


「ライルさん、彼らは何ですか……?」


 佑吾の言葉を受けて、皆が佑吾の視線の先に目をやった。

 ライル以外のサチ、コハル、エルミナは佑吾と同じように眼前の光景に息を呑んだ。


「……彼らは浮浪者だ。恐らく、この町で商売に失敗した者とその家族だろう。ヴィーデは商業が盛んな町だが、誰も彼もが儲けられる訳じゃない。儲ける者もが居れば、必ずそれ以上に損をする者が出てくるものだ」


 それはどんな世界であれ、当然の道理なのだろう。

 だが、そんな彼らをまるで存在しないかのように見て見ぬ振りをするのは、あまりに悲しいことではないのか。


「…………ライルさん」

「彼らに施しをしたいというのなら、やめておけ」

「どうしてですか!?」

「一人に与えれば、他の者も施しを受けようとお前さんに群がるだろう。お前さんは、この街にいる全ての浮浪者を助けるつもりか?」

「それはっ……」

「それに彼らのような浮浪者の中には、人を襲って金品を強奪する犯罪者もいると聞く。そんな者がいるかもしれんのに、不用意に近づくのは危険だ」


 そう言われて浮浪者たちを見やると、誰もが落ち窪んだ生気のない目の中に、獲物を狙うギラギラとした光を隠しているように見えた。

 その中の一人と視線が合い、佑吾はたじろいだ。


「すまんな、厳しいことを言ったが、お前さんのその優しさ自体は間違ってないさ。だが不用意な優しさは身を滅ぼしかねん。それを覚えといてくれ」

「はい……分かりました」


 どうにもできない後味の悪さを抱えたまま、佑吾たちは再び目的地に向けて歩き始めた。

 



 しばらく歩くと、広場に着いた。どうやらここが、ライルが連れて来たかった場所らしい。

 大きな掲示板が広場のあちこちにたくさん並び、その掲示板の前ではたくさんの人が賑わっていた。


「ライルさん、ここで宿屋で言ってた、実入りの良い仕事を探すんですか?」

「そうだ。だが厳密に言うと探すのは仕事じゃない。掲示板を見てみろ」


 そう言われ、佑吾たちは掲示板に貼られた紙を見渡してみた。

 佑吾は、その中の一枚を適当に眺めた。


「これって……求人票とかじゃないみたいですけど、何なんですか? 野菜とか肉の値段が書かれてますけど」

「その通りだ。これはな、今現在ヴィーデで取引されている物とその相場を示したものだ。その紙に書かれている店に商品を持っていけば、書かれている相場で買い取ってくれる」


 なるほど、と佑吾が目の前に貼られている紙を眺める。

 クメルの実なら一個につき青銅貨三枚、リート豚は一頭につき大銀貨四枚、と言う風に様々な種類の物品とその値段が紙に記されていた。


「でも、ここに書かれてるような野菜とか動物をあたしたちは持ってないわよ?」

「本当にそうか? よく探してみな」

「………………あ、サチお姉ちゃん、あそこに書いてある『大蜥蜴リザルパーの尻尾』って、この前私たちが倒した魔物じゃない?」

「ん? ええ、そうね。ええと値段は……銀貨七枚!? あれってそんな高いの!? ちょっと待って、あっちに書いてある魔猿エテルの心臓の乾物って、この前ライルがあたしの魔法で作らせたやつよね? それが大銀貨二枚!? 何でそんなに高いのよ!?」


 あまりの値段に、サチが素っ頓狂な声を上げる。

 サチが驚くのも当然だ。声に出さないだけで佑吾も驚いていた。

 なぜなら、佑吾たちがアフタル村で採取していた魔物の素材は、ここまで高価では無かったからだ。

 一番高いのでも、黒猪ダグボアの毛皮で銀貨四枚程度だったのだから。


「アフタル村付近の魔物は、帝国の治安が良いのもあって、ほとんどが弱い魔物だからな。当然狩れる人は多くなり、結果として素材の値段も低くなる。しかし、ヴィーデの周りの魔物はそれらとかなり比べて強いからな。値段もそれ相応の物となってくる」


 ライルの言葉を受けて、再度掲示板を見渡すと、魔物の素材と思しき物品は確かにどれも高価な物ばかりだった。


「あ、見て見て佑吾、私とライルが倒した何とかベアルってやつの毛皮も買ってくれるらしいよ!」

森林熊フォレスベアルな。どれどれ……」


 コハルの言葉を受けて、佑吾が紙を確認すると、「森林熊フォレスベアルの毛皮 大銀貨二枚」と記載されていた。


「なるほど、つまりライルさんは、魔物の素材でお金を稼ごうってことですね」

「そう言うことだ。ついでに薬の材料となる植物もここでは売れるから、それも集めるぞ」 


 佑吾たちは、手分けして掲示板に書かれた情報に一通り目を通した後、先にヴィーデに来る前に倒した魔物の素材を換金してから、さらにお金を稼ぐために魔物の素材を集めるべく、街の外へと出発した。

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