第3章 正神教団
第1話 鍛錬
龍人であるエルミナの出生を調べるために、佑吾たちは龍王国を目指して旅に出た。龍王国は佑吾たちが暮らしていたヴァルトラ帝国から遥か北にあり、龍の血をその身に宿していると言われている龍人種が治めている国だ。
佑吾たちはまず、帝国の北東に位置する隣国リートベルタ公国へと向かうことにした。帝国から定期便の乗合馬車に乗り、現在はヴァルトラ帝国とリートベルタ公国の国境付近にある宿場町に滞在していた。
宿場町は国境付近にあるだけあって、活気のある町だった。
しかし、龍王国への長旅をするためには佑吾たちに散財は許されず、町から少し離れた安い宿屋に宿泊していた。
そして今、佑吾たちが何をしているのかと言うと、宿屋の裏にある広場で、旅の同行者であるアフタル村の狩人──ライルに稽古を付けてもらっていた。
広場は佑吾たちが激しく運動しても問題ない程度の広さがあり、地面は硬い土で均されているから強く踏みしめても問題ない。稽古をするには打って付けの場所だった。
「それじゃあ、お前さんたちに『氣力』と呼ばれるものについて教えよう」
佑吾、コハル、サチ、エルミナの四人の前にライルが教師のように立ち、稽古の説明を始めた。
「氣力というのは、体内を循環している生命エネルギーの一つだ。人間なら誰でも持っているもので、これを意識して利用できるようになれば身体能力を向上させることができる。例えば、こんな風に、な!」
説明をしながら、ライルは力を貯めるように少しだけ屈み、その場でジャンプした。すると、宿屋の二階を軽々と越える高さまで跳び上がった。
「おお!」と、ライルを見ていた佑吾たちから驚嘆の声を上げる。
「今のは両足に氣力を込めた結果だ。両腕に込めれば腕力が上がり、全身に強く巡らせれば全身の身体能力が上がる。他にも武器に氣力を込めたり、氣力そのもので攻撃することもできるぞ」
危なげなく着地したライルが、氣力についての説明を続ける。
「まず佑吾には、体の中で氣力が流れているのを認識することから始めてもらう」
「分かりました、お願いします」
「サチとエルミナは俺と模擬戦だ。氣力を使用する相手との戦闘に慣れるためだ。人間だけじゃなく、氣力を使える魔物もいるからな」
「私とサチお姉ちゃんは、お父さんみたいに氣力の練習はしなくて良いんですか?」
エルミナが小首を傾げながら質問する。エルミナの綺麗なストロベリーブロンドの長髪が、さらりと揺れた。
サチも同じことを考えていたのか、「うんうん」とエルミナの言葉に頷いていた。
「サチとエルミナが、氣力を習得するのはかなり難しいと思う。お前さんたちはかなりの魔力を持っていて、それが体の中で血のように巡っている。その魔力の流れが氣力の流れを邪魔してしまうんだ。だから不得手な氣力を習得するのに時間を割くよりも、得意分野を伸ばした方が良いだろう」
なるほど、と佑吾が頷いていると、ふと疑問が浮かんだ。
「ライルさん、俺も魔法使うんですけど、俺は大丈夫なんですか?」
「お前さんは二人に比べて魔力が少ないからな。氣力の流れを邪魔するほどじゃない」
「そ、そうですか……」
理由は理解できたが、それが二人と比べて魔法の才能が無い、という物だったので、佑吾は何とも悲しくなってきた。
「そう落ち込むな。魔力と氣力の両方が使えるというのは、中々便利なもんだ。戦局に応じて使い分けられるからな。高いレベルで両方を使いこなせれば、相当強くなれるぞ」
「本当ですか!」
「ああ」
先ほどの落ち込みとは打って変わって、佑吾はパアっと表情を明るくした。
確かに、佑吾と同じように魔力と氣力の両方が使える上に佑吾よりも強いライルが言うと、説得力があった。
「ねーねーライルー、私はー?」
待ちきれないといった様子でコハルが尋ねる。今すぐにでも体を動かしたいのか体をうずうずとさせており、ふさふさの白い犬耳と尻尾がわさわさと動き、コハルの綺麗な白い髪もサラサラと揺れていた。
「コハルは無意識に使っている氣力を意識してコントロールすること、それと氣力を使った戦闘術と技の習得だな」
「う、う〜〜〜〜〜ん?」
コハルは首を深く傾げて、顎に手を当てて唸る。どうやらライルが言ったことが、コハルには難しくて理解できなかったようだ。
ちなみに、佑吾もよく理解はできていない。
「ねえライル、コハルはもう氣力を使えるの?」
「ああ、コハルは既に氣力を身につけている。思い出してほしいが、コハルは身体能力が女の子にしては異様に高いだろう? それは無意識に氣力を使っているからだ」
そう言われて、佑吾たちはコハルについて色々なことを頭の中で浮かべる。
アフタル村にいた頃、村の男たちが持ち上げるのに苦労していた大きな木材を軽々と持ち上げたこと、ライルとの鍛錬で木を殴り倒したこと、エルミナと出会った洞窟で魔物を素手で倒していたこと、帝都での事件、デネブの屋敷で大の男を殴り飛ばしたり、隠し扉を叩き壊したこと。
「「「………………あー、なるほど」」」
コハルの身体能力の高さがうかがえる出来事が、数多く佑吾たちの中で思い出された。佑吾、サチ、エルミナの三人はライルが言いたいことが理解でき、納得した。
「む〜、三人とも何なのー!」
話についていけないコハルが頬を膨らませて怒る。ただそれは子どもの癇癪のようで、可愛らしいものだった。
「コハル、お前さんが戦う時、どうしてる?」
「え? えーと、こう『やるぞー!』って思ってる」
「その時、体に何か不思議な感じは無かったか?」
「あっ、ある! 体にブワァ〜って力が湧いてくる感じ」
「そのブワァ〜っと体に流れてるのが氣力だ」
「おお……アレが氣力……」
ライルの説明で氣力が何なのかを理解したコハルが、しみじみと呟いた。
「コハルはまず、その氣力を体の中で自在に操れるように訓練するんだ」
「うん、分かった! 頑張る!」
聞き分けのいい子どものように、コハルがビシッと手を挙げながら返事した。
「よし、それじゃ鍛錬を始めるか」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
そうして佑吾たちはリートベルタ公国へ向かう道中、ライル指導の元、氣力に関する鍛錬に励むことになった。
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