第2話 鍛錬の様子
──佑吾の場合──
「どうだ? 今、俺の氣力を流しているが感じられるか?」
「……はい。ライルさんの手から魔力とは、違う温かいエネルギーみたいなのが流れているのを感じます」
ライルが佑吾の後ろに立ち、佑吾の背中のちょうど心臓がある場所に両手を当てて、氣力をゆっくりと流し込んでいた。
対して佑吾はきつく目を閉じて、ライルからの氣力の流れを感じることに集中していた。感覚としては、初めて魔力の訓練をした時に近い。
「よしいいぞ。じゃあ、その氣力がお前の体の中のどこを目指して流れているか分かるか?」
佑吾はさっきよりも一段と集中して、感覚を研ぎ澄ました。
背中に当てられているライルの両手に意識を向けて、そこから送り込まれる氣力の流れを、まるでロープを掴んで手繰り寄せるようにして探っていく。
しばらく集中して探り続けることで、ようやく氣力がどこに流れていっているのかを佑吾は突き止めた。
「…………お腹、ちょうどへその下あたりに氣力が流れ込んでいるのを感じます」
「よし、正解だ。ならそこに俺が送り込んでいる氣力とは、別の氣力が溜まっているのを感じるか?」
長時間の集中で途切れそうになる意識を何とか繋ぎ続け、佑吾はへその下あたりに全意識を集中させた。
「………………はい、大きなエネルギーの塊のようなものがあるのが分かります」
「よし、もう集中を解いていいぞ」
「ぶはぁっ!!」
ライルの言葉を受けて、佑吾は膝に手を突きながら大きく息を吐き出し、しばらくの間、きつそうにぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。
佑吾の呼吸がある程度整うまで待ってから、ライルが話し始めた。
「今お前さんが感じた大きなエネルギーの塊が、お前さんが持つ氣力だ。ちなみに氣力の源があるのはお前さんが言った通りへその下──丹田と呼ばれる場所に存在する」
「はぁ、はぁ、最初に教えてくれても良くないですか?」
「そうすると、お前さんは最初から丹田にしか意識を向けなくなるだろう? それだと氣力の流れを掴む感覚が身に付けられないんだ」
「なるほど……」
「氣力の流れと場所を把握したなら、次は自分の気力を引き出して体に巡らせる訓練だ。最初は俺の補助付きでやって、しばらくして感覚が掴めたら、一人で鍛錬だ」
「……よろしくお願いします!」
佑吾は疲労が未だ残る体にムチを打ちながらも、ライルのスパルタ特訓に臨んでいった。
──サチとエルミナの場合──
「魔法主体で戦うサチとエルミナが、近接戦を得意とする相手と戦闘する時は、相手との距離感に気を付けなければならない。何故だか分かるか?」
「相手が私たちに近づく前に、魔法の詠唱を完了する必要があるからでしょ」
「うん。距離感を間違えたら、こっちが魔法を打つ前に攻撃されちゃうもんね」
「二人とも正解だ。だが相手が氣力を使える場合、その距離感が当てにならなくなる」
そう言うとライルは二人に背を向けて歩き出し、二人から十メートルほど距離を取ったところで立ち止まった。
「サチ、今から俺をお前さんの敵と思え。俺がお前さんに攻撃を仕掛けるから、適当な魔法で迎撃してくれ」
「……別に良いけど、怪我しても知らないわよ」
サチはライルが意図していることが分からず、訝しげに答える。
しかしそれも当然のことだった。何故なら、これだけライルとの距離が離れているなら、サチは余裕で魔法を詠唱し終えることができるからだ。
何だったら、一つ目の魔法を放った後に、二つ目の魔法の詠唱を終えることだって可能だ。
だからこそ、ライルが何をしたいのか、サチには理解できなかった。
「よし、構えたな。では行くぞ」
サチがワンドを構えたのを見て、ライルは足に力を込めるかのように少しだけ身をかがめた。
そんな二人を、エルミナは心配そうに見守っていた。
そして、ライルが動いた。しかし、サチにはその動き出しを捉えることが出来なかった。
(速っ!?)
慌ててサチは魔法の詠唱を始めるが、当然間に合うはずもない。
サチが詠唱し終えるよりも前に、ライルはサチに接近し、その首元に手刀を添えた。
「うっ…………」
「こんな感じで、氣力を使えば瞬時に距離を詰めることができる」
ライルが手刀を引き、サチから離れる。
サチは、悔しそうに俯いていた。
「今ので、氣力を使う相手との戦いの恐ろしさは分かってくれたと思う。その対処法だが──」
「より詠唱の速い魔法を使う、もしくは相手と距離を取れるような魔法を使う、でしょ?」
サチがぶっきらぼうにライルの言葉の続きを答えた。
ライルに負けた──別に勝負ではなかったがサチは負けたと思っている──のが悔しかったのだろう、その声は少し刺々しかった。
「正解だサチ。他にも方法はあるが、現時点で二人が身に付けられそうなのはその二つだ。そこで、だ」
ライルが鍛錬の邪魔にならない場所に置いておいた自分の荷物のところへ向かい、ガサゴソと漁る。
少ししてそこそこの分厚さと大きさを持つ古びた本を取り出し、サチたちのもとへ向かった。
「お前たちにこれをやろう。中古品だがそれなりに有用な魔導書だ」
「新しい魔導書!?」
「ライルおじさん、くれるの!?」
ライルが差し出した本に興奮したように、サチが反応する。
黒い猫耳がピクピクと動き、黒く長い尻尾をゆらゆらとくねらせていた。
エルミナも欲しかったおもちゃを買ってもらった子どものように目をキラキラさせながら、ライルが持つ魔導書を見つめていた。
二人の喜びように、ライルは中古品で申し訳ない気持ち半分、喜んでもらえて嬉しい気持ち半分、と言う気持ちになりながら、言葉を続けた。
「魔法で何か分からないことがあれば聞いてくれ。新しい魔法を習得したら、実戦形式で練習するぞ」
サチたちの様子を微笑ましく思いながら、ライルは魔導書をサチに手渡した。
サチは魔導書を受け取ると、返事も忘れてすぐさましゃがみ込んで、エルミナと一緒に読み始めた。
「おいおい、読むなら宿に戻って──って聞こえてないなこれは」
しょうがないなと苦笑しつつ、ライルはその場を後にした。
──コハルの場合──
コハルは目をつむり、両手を握りしめ、両腕を九十度に曲げた状態で腰に据えて、立ちすくんでいた。普段の陽気な様子からは想像できないほど、コハルは深く集中していた。
コハルが何をしているのかと言うと、ライルに言われた特訓内容──限界まで氣力を全身に巡らせ続ける──を行っている最中で、かれこれ一時間は経過しただろうか。
そんなコハルの様子を、少し離れたところでライルが静かに見ていた。
(腕や足の局部に氣力を集中させるのは、完全にマスターした。全身に巡らせるのも、一時間は持続できるようになった。やはり氣力に関してはコハルは天賦の才を持っているな。次からは、氣術を教えていくか?)
「うぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜だぁーーーーーーーーー!!」
次の鍛錬内容を考えるのに集中していたライルの耳に、コハルの突然の奇声が飛び込んできた。
「ど、どうしたコハル。何かあったか?」
「もう、じっとしてるの飽きた!! 佑吾たちと遊びたい〜〜!!」
ボフンと勢いよく地面に座り、コハルがわがままを言い始めた。
コハルの言葉に合わせて大きな白い尻尾が左右にブンブンと揺れて、土煙を巻き起こしていた。
(集中力の無さが、今後の課題だな)
駄々をこねるコハルに苦笑しながら、ライルはコハルの側に歩み寄った。
「集中訓練に飽きたのなら、俺と組み手でもするか?」
「っ! やる!」
ライルの言葉に一も二もなく答えて、コハルは素早く立ち上がり、すぐさま拳を構えた。ライルの狙い通り、体を動かすのが大好きなコハルに対して、組み手という鍛錬は正解だったようだ。
ライルも拳を構えて、自身の体内に氣力を巡らせた。
「よし、氣力を全身に巡らせたまま攻撃してこい」
「
先にコハルが仕掛け、鋭い踏み込みとともに右拳を突き出した。
ゴウッと風切り音を伴うコハルの右拳を、ライルは左腕で外側に弾くとともにお返しとばかりに右手でコハルの腹部に掌底を繰り出す。
コハルは咄嗟に、手ではライルの掌底を弾けないと判断し、左足で膝蹴りをしてライルの右手を蹴り上げた。そしてコハルが反撃を繰り出そうとして──
「甘い」
「んぐっ!?」
コハルの視界がぐるんと回って、体に軽い衝撃が来た。
しばらくして、コハルは自分が転ばされたことに気づいた。コハルが膝蹴りをして片足立ちになった瞬間、ライルが右手を弾かれた勢いを活かして足払いをしたのだ。
「う〜〜〜〜〜〜また負けた〜〜〜〜〜〜〜〜!」
地面に転がったまま、コハルが悔しげにジタバタと手足を動かす。
「コハルは攻撃は上手いが、防御がまだまだだな」
「むー」
コハルがむくれたような声を漏らす。
ライルの言うことが正しいのは分かっているが、素直に頷けないといった感じだった。
「防御の方法を覚えるのも大事だ。みんなに危険があった時、一番速く動けるのはお前さんなんだからな」
「うん……」
そう言われて、コハルは想像する。
もし大好きな自分の家族が襲われているのに守れなかったら、もし敵の攻撃に自分がやられて、守るために駆けつけることすらできなかったら、そう考えただけで、コハルの胸中はとても嫌な気持ちで満たされてしまった。
そんなシーンは絶対に見たくなかった。
「………………ライル、防御のやり方教えて」
コハルはゆっくりと起き上がり、再び拳を構えた。
ただ先ほどとは変わって、その目に遊びを楽しむような無邪気さは無く、真剣さを帯びていた。
「よし、それなら俺が攻撃するからコハルは防御だけしろ。反撃をしたらダメだ、良いな?」
「うん、分かった!」
そして再び、組み手が始まった。
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