エピローグ 旅立ち

 ライルに龍人について尋ねた後、自宅に戻った佑吾はエルミナたち三人に、彼から聞いた龍人のこと、龍王国のことを全て伝えた。


「──という事らしい。それで、エルミナ」

「何? お父さん」


 佑吾が呼びかけると、エルミナが可愛らしく小首をかしげた。


「エルミナは、龍王国に行きたいか?」

「……行きたい。私、龍王国に行きたい! 行って、私のことをちゃんと知りたい!」


 エルミナは、テーブルから身を乗り出して、力いっぱいそう答えた。


「そうか、分かった。それなら、今から旅の準備を始めよう。二人はどうする?」

「もちろん付いて行くよー! サチもそうだよね?」

「ええ。あんたたちだけじゃ心配だし、それにあたしとコハルはエルミナのお姉ちゃんだもんね」

「えへへ……お姉ちゃんたち、ありがとう!」


 サチがエルミナの頭を優しく撫でると、エルミナはくすぐったそうに目を細めた。


「危険な旅になるんだぞ? それでも付いて来てくれるのか?」

「なら尚更付いて行くわよ。二人より四人の方が危険に対処しやすいでしょ」

「そーだよ! 家族は一緒なら、無敵なんだよ!」


 コハルが笑顔でグッと、両手でガッツポーズを作った。

 二人の言葉に、佑吾は嬉しそうに微笑んだ。

 危険な旅に付いてきて欲しくないのも本心だが、それよりも家族を思ってくれる二人の優しさが、何よりも佑吾にとって嬉しかった。


「そうか、ありがとう二人とも! これから旅立ちに向けて、一緒に準備をしよう!」


 佑吾の言葉に、エルミナたちは笑顔で頷いた。

 その後佑吾たちは、一ヶ月近く龍王国への旅に向けて準備を進めていった。

 鍛錬を繰り返して戦闘能力を高めたり、旅に必要な物資を行商人から買い込んだり、この世界の地理、文化について勉強したり、多くの事に取り組んだ。

 そして、その準備にもようやく終わりが近づいていた。


「佑吾、今少しいいか?」

「ライルさん?」


 佑吾たちが自宅で出発の準備を進めていたある日、前触れなくライルが訪れた。ライルはぐるりと周囲を見渡し、コハルとサチとエルミナが居ることを確認した。


「みんな揃っているな、聞いて欲しい話があるんだ」

「話、ですか?」


 みんな準備の手を止めて、ライルの声に耳を傾けた。

 しかし、少し待ってもライルの話が始まらない。


「あー、その、だな」


 いつも村の皆から頼られているライルにしては、珍しく歯切れが悪かった。

 そんなに言いにくい事を言うのだろうか。佑吾は、少しだけ身構えた。

 少しの間言い淀んだ後、ライルはふぅーっと短く息を吐き、決心したのかようやく言葉を発した。


「……俺も、お前さんたちの旅に同行してもいいか?」

「……ええっ!? ライルさんも一緒に来てくれるんですか!?」

「ああ、その、お前さんたちさえ良ければ、だが」


 佑吾が、無言で後ろにいるエルミナたちの方を振り返った。


「良いんじゃない? むしろ一緒に来てくれるなら助かるわ」

「うん! ライルも一緒に行こう!」

「私も、ライルおじさんが居てくれると嬉しいです……!」


 三人とも突然のライルの言葉に驚いているようだったが、ライルが旅に同行することにすぐに賛成してくれた。


「その、俺たちとしては一緒に来てくれるとすごく嬉しいんですけど……村の方は大丈夫なんですか?」


 佑吾が懸念しているのは、ライルが長期間いなくなることで発生するアフタル村への影響だ。

 ライルは、アフタル村において重要人物だ。

 狩猟と採集のエキスパートであり、行商人との交渉や注文、収穫した作物の管理など、アフタル村で多くの仕事に携わっている。

 そんなライルがいきなり居なくなれば、村の仕事に大きな影響が出るのではないか。佑吾はそれを心配していた。


「それは問題ない。村長に相談したら、『村の事は若いモンがいるから大丈夫だ。お前が育てたんだから信用してやれ』ってお叱りを受けたくらいさ」


 そう言って、ライルは苦笑しながら言葉を続けた。


「お前さんたちだけの旅だと、やっぱり心配で仕方なくてな。俺も一緒に行っていいか?」


 佑吾がチラリと皆の方を見やると、みんな優しげに頷いていた。

 それだけで、みんな自分と同じ気持ちだと言う事が佑吾に伝わった。


「ええ勿論、とても心強いです! ライルさん、これからもよろしくお願いします!」

「ああ。よろしくな」

「ところでライルさん、俺たちは明日から天気が良い日を選んで出発するつもりだったんですが、準備の方は大丈夫ですか?」

「ああ問題ない。実は準備はもう終わってるんだ」

「えぇ……? もし俺が同行を断ったらどうするつもりだったんですか……」


 ライルにしては珍しい向こう見ずな行動を呆れていると、「その時はその時さ」とライルは不敵に笑った。


「俺も確認したいんだが、まずはどこに向かうつもりだ?」

「帝都で乗合馬車に乗って、隣国のリートベルタ公国に向かう予定です」


 リートベルタ公国は帝国の北東に位置する国で、帝都から一番近い国だ。

 みんなと話し合って、まずは一番近い国を目指すべきだとなったのだ。


「ふむ。妥当なところだな」


 佑吾たちが話し合って決めた目的地は、どうやらライルから見ても問題なかったようだ。

 その後、佑吾たちはライルと旅の準備について話し合ったり、旅の心構えや様々な状況への対処法などを、改めてライルから教わった。


 その日から三日後、雲一つなく晴れた空がどこまでも広がっていた。

 旅の始めには持ってこいの日和だった。

 快晴の空に後押しされるように、佑吾たちは龍王国を目指して、旅の一歩を踏み出した。

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