第21話 エルミナの想い

 昼ごろ、佑吾は今日の村の仕事を早めに切り上げ、家に帰ってきていた。

 やらなければならない事があったからだ。


「エルミナ、ちょっと良いか?」


 佑吾が、エルミナの部屋のドアをノックする。

 すると、少しだけドアが開いて、隙間からエルミナが顔を覗かせた。

 その両手には、サチが作ったらしい犬と猫のぬいぐるみを抱かれていた。


「……お父さん?」


 エルミナの声は、普段の元気な姿からは想像できないほど、とても弱々しかった。

 そもそも、本来エルミナがこの時間に家にいること自体ほとんど無い。いつもだったら、村の子どもたちと遊んだり、老人たちとお話したりしているはずだ。

 ならば、なぜ今日は部屋にいるのか。

 佑吾には、その理由に心当たりがあった。


「少し、話をしないか?」

「…………」


 佑吾がそう言うと、エルミナは無言で扉を開けて佑吾を部屋へと招き入れた。

 そして、エルミナ、サチ、コハルの三人で使っている大きなベッドに、二人で腰掛けた。

 少しだけ、無言の時間が続いた後、佑吾から話を切り出した。


「エルミナ。エルミナが今、悩んでいることをお父さんに教えてくれないか?」

「っ! 悩み、なんて、何も無いよ」


 佑吾の言葉にピクリと反応した後、エルミナがたどたどしく答えた。

 その声は、とてもか細くて小さかった。


「隠さなくてもいい……この前の帝都でのことで、何か悩んでいるんだろう?」

「…………」


 エルミナは何も言わなかったが、佑吾の言葉に驚いたのか、表情が強張った。

 その反応が、佑吾の言葉が正しいことを如実に示していた。


「エルミナの元気が無くなったのは、その帝都での事件の後だと、サチとコハルから聞いた。だから、帝都での事件が原因だと思ったんだ」


 そう、二人から、あの事件以降エルミナの元気が無いと相談されたのだ。

 佑吾自身は、エルミナの様子がおかしいことになんて全く気付いていなかった。ガンズを殺してしまった悪夢に苦しんでいて、事件の当事者であるエルミナの様子に気を払う余裕が無かったからだ。

 サチと真夜中に悪夢のことを話した次の日に、コハルとサチからエルミナが悩んでいる事を教えられて、愕然とした。

 自分はエルミナの父親を名乗っているのに、父親らしいことなんて、何もできていないじゃないか。佑吾は、自分が情けなくて仕方がなかった。

 だから今日、かなり遅くなってしまったけれど、佑吾はエルミナの元へ話を聞きに来たのだ。


「エルミナがずっと悲しそうな顔をしているから、みんな心配しているんだ。だから話を、聞かせてくれないか?」

「………………怖いの」


 エルミナは、ゆっくりと話し始めてくれた。

 不安を紛らわすかのように、持っている犬と猫のぬいぐるみを、ぎゅうと強く抱きしめながら、ポツリポツリとその胸中を語ってくれた。


「……あの日、お父さんたちが殺されちゃうって思ったら、体の奥から魔力がいっぱいあふれてきて、止められなくて……」


 エルミナの声は、震えていた。


「もし、あの力が……お父さんやお姉ちゃんたち、村のみんなを襲っちゃったら……そう思ったら、私怖くて……」


 つぅ、とエルミナの頬に涙が流れた。


「私は、この家に居ないほうが、いいんじゃないかって……」


 必死に言葉を紡ぎ終わったエルミナは、うつむいて静かに涙を流していた。

 ポタリと涙が落ちて、エルミナの持つぬいぐるみの顔を濡らした。

 この子は、いつもそうだ。

 いつだって自分のことよりも、他人が傷ついてしまうことに涙を流す、とても優しい子なのだ。

 佑吾は、エルミナの震える手をそっと握った。

 エルミナが、はっと佑吾の方を見る。


「エルミナ。エルミナは、もう俺たちと一緒にいるのは嫌か?」

「私は……この家に、居ない方が……」

「違う、そうじゃないんだ。エルミナの、本当の気持ちを聞かせてくれ。今は、他の人のことやどうすべきかなんて考えなくていい。エルミナの想いを、エルミナが本当はどうしたいのかを、俺に教えてくれないか?」


 その佑吾の言葉に、エルミナは顔を歪めて大粒の涙をこぼした。


「私っ……私はっ……お父さんとお姉ちゃんたちと、一緒に居たい!! これからも、ずっとずっと一緒に居たいよ!!」


 佑吾の目を真っ直ぐに見つめ、泣きながらエルミナは必死に自分の想いを叫んだ。

 その想いを受け止めた佑吾は、優しくエルミナを抱きしめた。

 そして、あやすように優しくゆっくりと彼女の頭を撫でた。

 その姿は、本当の父と娘のようだった。


「それがエルミナの想いなら、俺たちとずっと一緒にいよう」

「でも、私は……」

「もうエルミナが泣かなくていいように、エルミナを守れるように、お父さん強くなるから。だから、ずっと一緒に居よう。エルミナはここに居ていいんだ」

「…………本当に、本当に、お父さんたちと一緒にいていいの?」

「ああ。こんな不出来な父親ですまないが、これからも俺たちと一緒にいよう。エルミナ」


 そう言って、佑吾は笑った。

 その表情に、エルミナは心の底から安心したように微笑んだ。


「うん……うん!! 私、これからもお父さんとお姉ちゃんたちと一緒にいる!! お父さん、ありがとう……!!」


 そう言って、エルミナは佑吾の胸に顔を埋めて、静かに泣き続けた。

 ただ、その涙にもう悲しみの色はなかった。

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