第19話 終結
「う、動くなぁ!?」
ガンズが倒れ、静かになった部屋に狂ったように高い声が響いた。
倒れたガンズに意識を向けていた佑吾たちだったが、声のした方を振り向くと、デネブがエルミナを檻から出して彼女の顔にナイフを突きつけていた。
「ぶ、武器を捨てろぉ! そこから一歩でも動いてみろ、この娘の顔をズタズタに切り裂いてやる!?」
「ひっ!?」
デネブは、佑吾たちに見せつけるように、ナイフをチラつかせた。予想外の事態に慌てふためているのか、その目は恐怖で見開かれ、ナイフを持った右手はプルプルと震えていた。
エルミナは、目の前にナイフが振り回されるたび、恐怖で身を震わせていた。
「なっ!? 往生際が悪いぞ、デネブ!! エルミナを放せ!!」
「うるさいっ! 黙ってワシの言う事を聞けぇ!! この娘がどうなってもいいのか!?」
「お、お父さん…………」
「……クソっ!」
デネブが見せつけるように、エルミナにナイフの切っ先を向けた。
涙を浮かべて震えるエルミナを見て、佑吾は渋々デネブの指示に従った。未だに燻るロングソードを、床に投げる。
それを見たコハル、サチ、ニアの三人も、佑吾にならってそれぞれの武器を床に放り投げた。
「い、いいか、絶対に動くなよ!? この娘を助けたいならな!!」
デネブは、佑吾たちと一定の距離を取りながらジリジリと移動を始めた。
そして、佑吾たちの後ろにあるこの部屋の入り口へと向かい、佑吾たちと入れ替わるように移動した。
扉の前に着いたデネブは、後ろ手で乱暴に扉を開けた。
「貴様らはそこにいろ!! 追ってくれば、この娘の命は無いと思え!!」
そう言ってデネブはゆっくり後ずさり、扉を後ろ向きにくぐろうとした。
しかし、少し歩いたところで、背中にボスッと何かがぶつかった。
「な、何だ? ひえっ!?」
何がぶつかったのか疑問に思ったデネブが後ろを振り返り、その先にあるものを見て、驚愕を露わにした。
デネブがぶつかったもの──それは、殺気を放ってたたずむライルだった。
「そんな物騒なもの、子どもに向けるんじゃあない!!」
「いだだだ!? は、放してくれぇ!」
ライルがデネブのナイフを持つ右腕を掴むと、それを捻りあげた。
そして空いている手で、痛みから逃れるように下がったデネブの頭を掴むと、そのまま階段の壁にデネブの頭を強かに叩きつけた。
「ぶぎゃっ!?」
デネブは、情けない悲鳴とともにずるずると壁にもたれかかりながら、気を失った。
「お父さん!!」
「エルミナ!! 無事で良かった……」
デネブから解放されたエルミナが、佑吾の元へ走り、その胸に飛び込んだ。
佑吾はそれを優しく抱きとめたが、エルミナが飛び込んできた衝撃でガンズとの戦闘で負った傷が痛んだ。
しかし、親としての意地でグッと痛みをこらえた。
そして、ガンズを縄で拘束し終えたライルが、佑吾の元へとやってきた。
「すまない……来るのが遅くなった」
「いえ、ライルさん……エルミナを助けてくれて、ありがとうございます」
「……苦しい戦いだったようだな。<
「助かりました……もう、魔力が空っぽだったので」
「お前はしばらく休んでいろ。俺は、あっちも治療してくる」
佑吾の治療が終わると、ライルは疲れて床に座り込んでいるニアたち三人の方へと向かった。
「……ごめん、なさい」
「エルミナ? どうしてエルミナが謝るんだ?」
佑吾の腕の中でぐすぐすと泣きながら、エルミナは言葉を続けた。
「私、のせいで、みんなが……」
エルミナが、嗚咽混じりに必死に言葉を紡ぐ。
言葉は少なかったが、自分のせいでみんなが怪我したことを気に病んでいることを、佑吾は理解した。
腕の中で泣き続けるエルミナの頭を、佑吾は優しく撫でた。
「エルミナのせいじゃないよ。みんな無事だったんだ。気にするな」
「でも…………」
「みんなで一緒に、おうちに帰ろう」
「…………うん」
エルミナが泣き止むのを待っていると、階段の方からドタドタと大人数で慌ただしく階段を降りる音がした。
佑吾が新手かと警戒して、エルミナを守るように前に立つと、制服を着た数人の男たちが地下室へと入ってきた。
「あなた方は……?」
「通報を受けて駆けつけました。保安局の者です。しかし、これは一体……」
入ってきた保安官たちが、室内を見渡して声を失う。
それも仕方がないだろう。
部屋の中には、様々な生き物を入れた檻が大量に並べられ、入り口に近い床には、二メートル近い大男が血を流して倒れているのだから。
しばらくして保安官たちの中から、リーダーと思しき人物が前に進み出た。
「申し訳ありませんが、事情聴取のため、ここにいる全員、保安局へご同行願います」
佑吾たちは、大人しくその言葉に従うことにした。
デネブが起こした長い騒動が、ようやく幕を下ろしたのだった。
保安局で、佑吾たちは騒動の顛末を説明した。
アフタル村での出来事、ニアたちと協力してやった倉庫の麻薬の摘発、そしてエルミナが誘拐されたこと、それら全てを隠す事なく話した。
佑吾たちの証言を元に保安局が調査を進めていくと、佑吾たちの説明を裏付けるように、デネブの犯罪の証拠が次々に出てきた。
デネブが逮捕されたことで、彼に脅迫されて逆らえなかった人々が、一斉にデネブの犯罪を告発していったからだ。
非合法な物品の輸入・販売、他店への営業妨害、ガンズ盗賊団への犯罪依頼、暴行、強姦、殺人、数え上げればキリが無いほどの犯罪が、デネブの被害者たちによって告発された。
そして、デネブの地下室にあった大量の檻、その中に囚われた獣人や人間は、デネブが人身売買によって手に入れた奴隷だった。
ヴァルトラ帝国では、奴隷制度も人身売買も禁止されている。
デネブの罪が明るみになった事で、帝国内で指折りの商会で人身売買が行われている事が発覚し、保安局内が騒然となった。
そしてデネブは、最も刑罰が厳しい重犯罪者の牢へと入れられることが決定した。行った犯罪の数と罪の重さから、人生を二度費やしても出られないほどの刑期を与えられたそうだ。
それから、佑吾たちも罪に問われる事になった。
それも当然だった。
倉庫での傷害と器物損壊、デネブの屋敷での不法侵入と殺傷行為。法の観点から見れば、確かに犯罪に違いなかった。
しかし、事の発端が全てデネブの犯罪である事や、お尋ね者だったガンズ盗賊団が捕らえられたこと、さらにその際の戦闘は止むを得ないものであったと判断され、佑吾たちの罪はかなり軽減され、罰金刑で済んだ。
しかもその罰金も、ガンズ盗賊団にかけられていた懸賞金の半分を払えば良いとの事だったので、佑吾たちが被った損失は実質無いものとなった。
事件の後処理を全て終えた佑吾たちは、ようやくアフタル村へと帰る準備を整え、帝都の門の前まで来ていた。
「みんなありがとう! みんなのお陰で、デネブの奴をやっつけられたよ!」
ニッ、とニアが満面の笑みを浮かべる。
アフタル村へと帰る佑吾たちを、見送りに来てくれたのだ。
「お父さんの店は、大丈夫そう?」
「うん! 前みたいにお客さんが来てくれるようになったよ! でも、デネブの事で無茶したのが父さんにバレちゃって……すんごく怒られちゃった」
タハハっと頭を掻きながら、ニアは苦笑した。
しかし、その顔はとても晴れやかなものだった。
「コハルとサチとエルミナも、またね! 帝都に来る時はうちに遊びに来てよ!」
「うん! 絶対行くよ!」
「ま、顔くらいは見せてあげるわ」
「ニアさん、また遊んでね!」
「おーい。お前さんたち、手続き終わったぞー」
ニアとエルミナたちが談笑していると、門で出発の手続きをしていたライルが呼びに来た。
「……じゃあ、俺たちは帰るよ」
「うん。みんな、本当に、本当にありがとう! もし困った事があったら、いつでもあたしを頼って! ルデル武具店のニアが、全力で力になるよ!」
そう言ってニアは、誇らしげに自らの胸を叩いた。
「その時は頼りにさせてもらうよ。それじゃあ、また!」
そう言って佑吾たちは笑顔でニアと別れ、帝都の外へ出た。
道中、佑吾は今回の事件を思い出した。
たった数日間の出来事だったが、とても長い間、事件に関わっていたような気がする。
佑吾が自分の右手を見やると、手を繋いでいるエルミナと目があった。
無邪気に笑いかけてくる、エルミナの顔を見て思った。
この子が、俺の家族が無事で本当に良かった。
さあ、俺たちの家に帰ろう。
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