第18話 地下の戦い
佑吾たちの目の前にあった扉が荒々しく蹴破られ、それを行った人物が姿を見せた。
それは、巌のような大男だった。
二メートル近い身長に筋骨隆々の肉体、鋼鉄と魔獣の革でできた鎧を身に纏い、佑吾が両手を使っても持ち上げられなさそうな巨大な両刃のバトルアックスを、片手で悠々と持っていた。
その男は、デネブが犯罪行為を行う際の手足として雇った、ガンズ盗賊団の頭目を務める男だった。
その男に、デネブは苛立たしげに怒鳴りかけた。
「来るのが遅いぞ! ガンズ!」
「へっへ、すまねえなぁ。何せ屋敷が無駄に広いもんだからよぉ。迷っちまったぜ。ところでデネブさん、こいつらはあんたの知り合いか?」
「違う、侵入者だ! さっさと片付けて––––いや、女どもは生け捕りにしろ。折角だ、この娘と仲良く一緒に売ってやろう。男はいらん、殺してしまえ」
協力者であるガンズが登場したことで余裕を取り戻したのか、先ほど苛立って叫んでいたのとは打って変わって、デネブはニタリと怖気のするような笑みを浮かべた。
命令を受けたガンズは、面倒くさそうにため息を吐いた。
「生け捕りは面倒くせえんだよなぁ。追加料金をもらうぜ?」
「それで構わん。やってくれ」
「へっへっ、ずいぶん気前の良いこって。そんじゃ、やるか」
そう言ってガンズは、右手に握るバトルアックスを悠然と肩に担いだ。
バトルアックスのその巨大さと鋭利な輝きに、佑吾たちは息を呑む。
佑吾たちは、佑吾、サチ、コハル、ニアの四人にいるのに対し、ガンズはたった一人。数の上では、圧倒的に佑吾たちが有利なはずだ。
しかし、ガンズの方には自分が不利だという雰囲気は微塵も無く、反対に有利なはずの佑吾たちは、ガンズから放たれる殺気に当てられ、後ずさりした。
その状況が、佑吾たちよりもガンズの方がはるかに強者である事を示していた。
「オラァ! 死ねやァ!」
先に動いたのは、ガンズだった。
ガンズは手始めに、一番近くに居て、かつ殺していいと言われた佑吾に狙いを定めた。
相手を生け捕りにするのは、殺すよりも難しい。
だから、最初に邪魔な奴を殺す。
それが、ガンズの考えだった。
ガンズはバトルアックスを振りかぶり、全力で佑吾に目がけて叩き下ろした。
(剣で受けたら折れる!!)
思考によってではなく直感でそう判断した佑吾は、後ろに跳んでガンズの攻撃をかわした。標的を失ったバトルアックスが、バガァンと派手な音を立てて床へと叩きつけらた。
「チッ、外したか」
ガンズの攻撃は石でできた床を粉々に砕き、バトルアックスが深々と刺さっていた。
その光景が、ガンズの一撃の強大さを何よりも物語っていた。
(もし、今のを受けていたら……)
佑吾は剣ごと自分の頭が叩き割られ、肉体が縦に両断される己の姿を幻視し、その恐怖に身がすくんだ。
生まれて初めて人間から殺意を向けられ、佑吾の思考は麻痺してしまった。
膝やロングソードを持つ右手が、恐怖でカタカタと情けなく震えていた。
「食らえデカブツ! <
佑吾の後方から、サチが呪文を唱えた。
数々の敵を倒した魔法が、ガンズに向けて放たれる。
「ふん!」
しかし、ワンドから放たれた拳大の火の玉は、ガンズのバトルアックスに呆気なく弾かれてしまった。
「くっ……それなら、<
「そんなザコ魔法が、俺様に効くかよぉ!!」
めげずにサチが、先ほどと違う呪文を唱えた。
しかし、サチが放った雷の魔法もまた、ガンズのバトルアックスに防がれてしまった。
「ああ、魔法はうぜえ!! てめえは眠っとけ!!」
ガンズは、佑吾から魔法を使えるサチへと標的を変えた。
ガンズは、デネブの要望通りに生け捕りにするために、バトルアックスの刃ではなく面となっている部分で、サチに殴りかかった。
「オラァ!!」
「させない!!」
バトルアックスがサチに迫り、今にも打ち据えんとした所で、コハルがその間に割って入った。
コハルは両手をクロスさせて、サチを庇うようにガードの姿勢を取った。
そして、ガゴンッと鈍い音がして、ガンズのバトルアックスがコハルへと叩きつけられた。
「ぎっ……」
「へっ、女のくせにやるじゃねえか。っとと」
「クソ、外した……!」
ミシミシと腕の骨が軋み、コハルが痛みに顔を歪める。
ガンズが自分の攻撃を受け止めたコハルに感心していると、背後からニアがナイフでガンズに飛びかかり、奇襲を仕掛けた。
しかしガンズは慌てる事なく、体をひねり、鎧の金属部分でニアのナイフを受けた。カキンと軽い音がして、ニアのナイフは弾かれてしまった。
「おー危ねえ危ねえ。残念だったな、お嬢ちゃん。そぉら、お返しだ!!」
ガンズは、先ほどコハルにしたのと同じように、バトルアックスでニアに殴りかかった。
「<
「ぐおッ!?」
コハルがサチを庇ったように、今度は佑吾が仲間であるニアを守るために、ガンズの殺意に震えながらも、風の魔法を放った。
佑吾が放った風の魔法は、ガンズの胴体に着弾して風を巻き起こした。
突然発生した風にガンズは怯み、ガンズのニアへの攻撃は逸れて外れた。
「チッ……てめえも魔法使えんのかよ、面倒くせえ。だが……効かねえな!!」
佑吾の風の魔法は確かにガンズに着弾したはずだが、威力が弱く、まるで痛痒を与えていなかった。
ガンズが、口の端を吊り上げて嗤った。
それは確信したからだ。この場に自分より強い奴はいないと。
そこからは、一方的な暴力だった。
佑吾たちの攻撃はガンズに対して少しも有効打にならず、ガンズの攻撃はたとえ武器で防いだとしても、有り余る威力で少しずつ佑吾たちに傷を負わせていった。
ガンズは自らの嗜虐心を満たすように、少しずつ佑吾たちを嬲っていた。
佑吾が必死に<
「ほれほれ、ちゃんと防御しねえと、死んじまうぞぉ!!」
「あぐっ!?」
ガンズが、佑吾の腹を蹴り上げる。
腹の中の空気が押し出され、一瞬呼吸ができなくなる。
「やめて!! みんなにひどい事しないで!!」
檻の中、エルミナが涙ながらに必死に叫んだ。
自分のせいで、お父さんが、サチお姉ちゃんが、コハルお姉ちゃんが、ニアさんが傷つく事に、耐えられなかった。
エルミナは自らが持つ癒しの力で、みんなを癒そうと必死に手を伸ばすが、檻に阻まれて距離が開きすぎているせいで、それは届かなかった。
「ぐあっ!?」
「きゃっ!?」
エルミナが泣いている間もガンズの攻撃は止まず、佑吾たちは傷つき、苦悶の声を上げていた。
「やめて! お願い、お父さんたちを傷つけないで!!」
「おい、いつまで遊んでる! さっさと終わらせろ! ワシは、早くここから逃げねばならんのだ!」
「…………チッ、せっかちな雇い主様だ……まあ、いたぶんのも飽きてきたし、そろそろ終わらせっか」
「ぐ…………あぁ…………」
ガンズは、傷だらけで立っているのもやっとな佑吾の前に立った。
そして、その顔に醜悪な笑みを浮かべた。
「男はいらねぇみてぇだからよ、死んどけ」
ガンズは、見せつけるようにゆっくりとバトルアックスを持ち上げた。
佑吾は傷だらけで立っているのがやっとで、どうすることもできず、ただ持ち上げられたバトルアックスを呆然と見つめていた。
(ダメ……! お父さんが、殺されちゃう……!!)
ガンズに持ち上げられたバトルアックスを見て、エルミナの脳裏に、かつて森で佑吾が
お父さんが、殺されてしまう。
サチお姉ちゃんとコハルお姉ちゃんとニアさんも、自分のように檻に入れられ、きっとひどい事をされてしまう。
自分のせいで。
もう二度と、みんなの優しい笑顔が見られない。
いやだいやだいやだ。みんなに、ひどいことしないで。
みんなを傷つけないで!!
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
エルミナが絶叫し、佑吾たちに向けて手を伸ばす。
そして、エルミナは伸ばした手から今まで感じたことのない得体の知れない力を感じた。
その力は、壊れた水道のように手のひらから溢れていき、巨大な光の球体を形成していった。
「な、何、これ……!?」
本能的に恐怖を感じて、エルミナは何とか溢れる力を制御しようとしたが、力は止まることなく、目の前の光の球体をどんどん大きさを増していった。
やがて光の球体は限界まで大きくなり、エルミナの意思に関係なく、ガンズに向けて凄まじい速さで放たれた。
「なっ!?」
突然自分に向けて飛来した光の球体にガンズは驚き、とっさにバトルアックスを盾のように掲げて防御を試みた。
果たして光の球体は、バトルアックスに激突した。
光の球体は、激しい音を立ててガンズのバトルアックスを弾き飛ばし、そのままガンズの首元に着弾して爆ぜた。
「ガアアアアアアアアア!? いぃぃ痛ってぇぇぇえええええ!?」
直撃した光の球体は、ガンズの鎧を打ち砕き、ガンズの胸と顔を焼き焦がした。ガンズが身につけていた鎧の上半身の部分は、つなぎ目の魔獣の革が焼き切れて、凹んだ金属板とともに体からダランとぶら下がっていた。
その鎧が守っていたガンズの体は、光の球体が直撃したせいか重度の火傷を負っているようで、皮膚からはプスプスと煙が上がっていた。
その光景を、佑吾は見ていた。
今しかない。
みんなが突然の事態に驚く中、佑吾はそう直感した。
今ここでガンズを倒さなければ、自分の命と大切な家族、その全てを失ってしまうと。
「コハル、サチ! アレをやるぞ!!」
「……っ! ええ、分かったわ! コハル、行ける?」
「……うん、任せて!」
佑吾の掛け声に、突然の事態に放心していたコハルとサチが反応した。
始めに、コハルが痛みに悶えているガンズへと駆け出した。
「サチ!!」
「任せて! <
次に、サチが<
しかしその目標はガンズではなく、当てやすいように腕を伸ばして水平に構えた、佑吾が持つロングソードだった。
<
通常、油などの燃料がなければ炎は燃え続けないが、魔法によって生み出された炎は、込められた魔力を燃料にして燃え続ける。
サチの魔法を受けた佑吾は、先にいるコハルに続いてガンズへと走り出した。
そんな佑吾たちに対して、ガンズは焼けただれる皮膚の痛みに耐えながら、自分へと向かってくるコハルと佑吾をギロリと睨みつけた。
「調子に乗ってんじゃねエエエエエエエ!!」
武器であるバトルアックスを失ったガンズは、右手を握り込んで先に向かってきたコハルへと殴りかかった。
「フッ! てぇぇぇい!!」
「ゴガっ!?」
ガンズの拳が当たるよりも速く、コハルはガンズへと肉薄し、ガンズの右腕の内側から自分の左腕を当てて、攻撃を受け流した。
そして無防備なガンズの顎を、気合とともに右足で綺麗に蹴り上げた。
顎を蹴り抜かれた衝撃で、ガンズの意識が一瞬だけ飛ぶ。
「ハァァァァァァァァァァァ!!」
「グァアッ!?」
その隙を突いて、コハルと入れ替わるように佑吾がガンズへと肉薄し、裂帛の気合いを込めて炎を纏ったロングソードで、ガンズの左肩から右脇腹に向かって斬り裂いた。
佑吾のいた世界で袈裟斬り、と呼ばれる技だった。
「ガ……ァ……」
パックリと開いた斬り傷から、数瞬遅れて血が流れた。
「クソ、がぁ……、テメェ、ら、ぶっ、殺して……」
ガンズは今起きた事が信じられないと言ったように目を白黒させ、斬り傷を手で必死に押さえるが、その意味もなく血は流れ続けた。
やがてガンズはうつ伏せに倒れ、そのまま息絶えた。
「ハァ……ハァ……」
緊張と疲労から立っているのが辛いのにもかかわらず、火が燻るロングソードを構えたまま、佑吾は動かなくなったガンズを見下ろした。
佑吾の中には、強敵を倒した達成感も高揚感も無い。
色々な感情がごちゃ混ぜになった、ただ気持ちの悪い感情だけが残っていた。
佑吾がこの世界に来て、いや、産まれて初めて、自らの手で人の命を奪った瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます