第17話 ライル vs. フィックル

 佑吾たちが屋敷に入った後、ライルとフィックルは、未だ終わらぬ攻防を繰り広げていた。

 その間も、フィックルはニヤニヤとした軽薄な笑みを浮かべ続けていた。


「しっかし助かったよ。さすがの俺でも、五対一は無理だからな〜」


 激しい攻防の合間に、フィックルが軽口を叩く。

 それとは裏腹に、フィックルの攻撃はどんどん激しさを増していく。


「あんたも、一般人にしては中々やるみたいだけどさ〜。そろそろ死んでくれないかな、っとぉ!」

「ぐっ!?」


 言葉に合わせて、フィックルがレイピアによる鋭い突きを放った。

 ライルは大剣で弾いて、何とかその突きの軌道を逸らそうとした。

 しかし、レイピアの速度が速いせいで完全に逸らすことができなかった。レイピアの切っ先が、わずかにライルの頬を切り裂く。


「ほらほら、まだまだ行くよ!」


 自分が優勢と見たのか、フィックルが、次々に斬撃と突きを混ぜ合わせた連撃を繰り出していく。

 ライルはそれらの攻撃を何とか防ごうとするが、全てに対処する事はできず、フィックルが攻撃するたび、体のあちこちに手傷を負っていった。

 フィックルのレイピアが、ライルの体を少しずつ切り刻んでいく。


「ふっ!」


 ライルは一方的にやられまいと、フィックルの攻撃の合間に大剣を振るうが、フィックルはそれを軽やかに後ろに跳んで回避した。


「はぁ〜しぶといなぁ。いい加減、死んでくれよ〜」


 フィックルが、レイピアの切っ先をクルクルと回しながら、面倒臭そうに呟く。

 しかし言葉とは裏腹に、その顔には弱者への嘲笑と、それをいたぶる愉悦が浮かんでいた。




 フィックルは、かつて帝都の保安官だった男だ。

 しかし、彼には犯罪者を捕まえて街を平和にするなんていう保安官としての正義感は全くなく、日々を怠惰に過ごしていた。

 そんな彼が、保安官の職務の中で唯一好きだったのが剣術訓練だ。

 努力せずとも、周りの保安官より強かったフィックルにとって、優越感に浸れる剣術訓練は、怠惰な彼にとって良い娯楽であった。


 そんなフィックルに、転機が訪れる。

 それは大勢の保安官を動員して行われた、とある盗賊団の大規模討伐任務だった。いくつかの班に分かれて街道沿いの林を探索していたところ、フィックルの班が盗賊団を発見した。

 発見した盗賊団は、ちょうどある商人の馬車を襲撃していたところだった。

 馬は矢で射抜かれ、馬車は横転して中身を盗賊たちに荒らされ、商人は斬り殺され、商人の妻と娘らしき人物が盗賊たちに組み伏せられ、今にも乱暴される寸前だった。

 そんな犯罪行為を目撃したフィックルの心中に浮かんだ感情は、犯罪に対する義憤でも盗賊たちに対する侮蔑でもなく、純粋な羨望だった。

 盗賊たちが楽しげに行う犯罪行為を羨ましいと、何て楽しそうなんだと、子どものように目をきらめかせて、そう思ったのだ。


 俺もあんな風に生きたい! 俺が生きる道はこれだ!


 盗賊たちの残虐な行為を見て、フィックルはそう確信した。

 そして、フィックルは信じられない行為に走った。

 彼は一緒にいた仲間の保安官をその場で斬り殺し、盗賊たちに話しかけたのだ。


「早く逃げた方がいいよ、大勢の保安官がお前たちを討伐するために探しているからね」


 盗賊たちは、いきなり現れたフィックルの言葉に最初は戸惑っていた。

 しかし、フィックルの側に転がる保安官の死体を見て、その言葉が真実と分かると、盗賊たちの間に動揺が広がった。

 それを見たフィックルは、すぐさま自分を盗賊団へと売り込んだ。

 自分は剣に自信がある。この保安官を殺したのも自分だ。だから仲間にしてくれ。自分がいれば保安局の捜査からも逃げられる、と。

 興奮してまくし立てるフィックルを、盗賊たちはまるで狂人かのように見た。

 そんな彼の言葉を、誰も信じようとはしなかった。

 ただ一人、盗賊たちの頭目を除いて。

 頭目がフィックルを信じたのは、彼の言葉を聞き、その話す様子を見て、彼の性質を見抜いていたからだ。

 この男は、自分たちと同じだ。他人の事はどうでもよく、自分たちが楽しければそれで良いと考えている、身勝手で悪辣な犯罪者だと。

 頭目はフィックルの言葉を信じ、彼の盗賊団への加入を認めた。

 結果、頭目のその判断は正しかった。

 どこにどれだけの保安官が配置されているかを把握していたフィックルが、頭目に戦力の薄い箇所を教えてくれたからだ。そこを奇襲することで、盗賊団は保安局の捜査網を切り抜けることができたのだ。

 その功績から、フィックルは正式に盗賊団に加入することが認められた。


 盗賊団に加入した後、フィックルは気の赴くままにいくつも犯罪を重ね、自慢の剣技を奮って、悪行を楽しんだ。さらに保安官として得た知識を活かし、盗賊団の犯罪の成功率を劇的に向上させた。

 積み上げた実績から、フィックルは現在盗賊団の副団長を任命されている。

 そんなフィックルからすれば、今目の前に立っているライルも、彼の剣技の哀れな犠牲者の一人に過ぎなかった。




 何度目かも分からない剣撃の音が響く。

 ライルとフィックルの戦いは、相も変わらずライルの防戦一方だった。

 ライルをいたぶるのを楽しみながら、フィックルは頭の中で冷静に思考していた。


(もう少し楽しみたいけど、そろそろ決着つけるか〜。あんま長引かせっと、俺まで頭目に切り捨てられかねないからね)


 ここまで騒ぎが大きくなってしまえば、頭目は間違いなく依頼主と共に逃走するだろう。

 もう少しいたぶって楽しみたい気持ちもあるが、時間をかけ過ぎて頭目が逃げるのに間に合わなければ、頭目は迷わず自分を見捨てて、一人で逃げるだろう。

 犯罪をする上では仲間だが、足を引っ張るようなら見捨てる。

 それが、フィックルの所属する盗賊団の暗黙の掟だ。

 だから、さっさとケリを付けなければいけなかった。


「よっと。そろそろ終わりにしましょうかねぇ〜」

「…………」


 フィックルは後ろに跳んで大きく距離を取ると、レイピアを持つ手に力を込め、さらにまるでバネを縮めるかのように全身を縮めて、力を溜めていった。

 次の一撃で、ライルを確実に殺すためだ。

 フィックルのその動作から、ライルも最大の攻撃が来るのを予感し、静かに剣を構え直した。

 いつ攻撃が来ても対応できるように、自らの集中を高めていった。

 最初に動いたのは、フィックルだった。


「シャア!!」


 短い気合を発し、フィックルは溜めた力を爆発させて矢のように踏み込み、ライルの心臓目掛けて、今までで最速の刺突を繰り出した。

 その一撃には、ライルが身につける鉄の胸当てすら貫通させるほどの威力が込められていた。

 しかし、ライルはその攻撃を読んでいた。

 フィックルの構えから繰り出されるのは刺突であり、一撃必殺を目論むのであれば、狙うのは心臓か頭部のどちらかだと。

 攻撃箇所があらかじめ絞られているのであれば、避ける事は可能だ。

 ライルは今まで同様、大剣を右横から全力で当て、フィックルの最速の刺突を弾いた。

 刺突を弾かれたフィックルは、体勢を崩し、ライルの左側へと倒れ込みそうになる。しかも、全力の踏み込みのせいで体勢をすぐに立て直す事はできない。

 ここにライルが反撃を叩き込む事で、勝敗は決する──


(かかった!!)


 ──かに思われた。

 体勢を崩したまま、フィックルは罠にかかった獲物を嗤った。

 先ほどの刺突は、ライルの油断を誘うため、あえて弾ける程度の威力に抑えた。

 フィックルの本命の一撃は、次だ。

 彼はレイピアを持つ右手に力を込めると、全力でレイピアを捻じった。

 その結果、有りえない事が起こる。

 真っ直ぐに突きを放っていたフィックルのレイピアがU字型に曲がり、そのまま死角からライルの後頭部へと突きの軌道を変えたのだ。

 普通のレイピアであれば、突きの勢いを殺さぬまま反対方向に曲げるなんて芸当はできない。

 だが、フィックルのレイピアは特別製だ。

 彼のレイピアには、軟化鋼ソフメタルという非常に柔らかい特殊な合金が使われており、その異常な柔らかさがあるからこそできる芸当だった。

 ライルはそれを知らない。だからこそ、この攻撃を予測することはできない。


(取った!!)


 曲げられたレイピアの突きが、死角からライルの後頭部を貫かんとしていた。

 フィックルは、自らの勝利を確信した。

 その直後、フィックルの右腕の肘から先が、斬り飛ばされた。


「…………へっ?」


 何が起きたか分からず、フィックルは呆ける。

 くるくるとレイピアを持った自分の右腕が宙を舞い、べちゃっと音を立てて地面に落ちた。

 呆けたまま、フィックルは自分の右腕に視線をやる。

 そこに自分の右手は無く、ピューピューと狂った噴水のように不規則に血が噴き出していた。


「ギッ、ギャアアアアア!? なん、なんで!? 俺の手がァァァ!?」


 フィックルは、左手で右腕の切り口付近を必死に押さえるが無意味だ。血が流れ続け、際限なく痛みが走る。

 そんなフィックルの悲鳴を意に介さず、ライルは落ちたフィックルのレイピアを無造作に拾い上げた。


「なるほど。軟化鋼ソフメタルを加工したレイピアか」

「お、おま、何で俺の剣、避け、れんだよぉ!?」


 激痛に喘ぎながら、フィックルが問いただす。

 そう、ライルは死角からきたレイピアの刺突を、振り返る事なくかわした。

 その後、フィックルの右腕を斬り飛ばしたのだ。

 なぜそんな事ができたのか、フィックルはそれが知りたかった。


「昔、お前さんのようなレイピア使いと戦ったことがあってな。その時、似た技を受けた。まあ、お前さんの方が出来が悪かったがな」

「何、だとぉ……!?」


 侮辱された怒りから、息も絶え絶えながらフィックルはライルを強く睨みつける。しかし、ライルはフィックルの視線を受けても、どこ吹く風だ。


「剣を使って人と戦うのは久しぶりだった。おかげで苦戦したよ」


 やれやれ、とため息を吐くライル。

 そこに命を懸けた戦闘で生き残った安堵はなく、面倒くさい仕事がようやく片付いた疲労感が滲み出ていた。

 ここにきて、フィックルはようやく理解した。

 この戦闘における本当の弱者は自分であり、目の前の男にしてみれば、自分は命の危険がある相手ではなく、倒すのが少々面倒くさい程度の相手でしかなかったことを。


「悪いがあいつらのことが心配だ。保安官が来るまで、ここで眠っててくれ」


 拾いあげたフィックルのレイピアを放り捨て、<初級治癒キュアル>で体のあちこちに負った斬り傷を癒しながら、ライルは痛みでうずくまるフィックルへと近づいた。

 彼の側まで来ると、ライルは静かに大剣を振り上げた。


「クソ!  クソッ! 俺がこんな所で! ちくしょうがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫するフィックルに、ライルは無慈悲に大剣を振り下ろした。

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