第16話 屋敷の中へ

「コハル、エルミナの匂いを追えるか?」

「うん、任せて! こっちだよ!」


 屋敷に入った佑吾たち四人は、コハルの先導に従って屋敷の中を走っていた。

 時折、使用人らしき人たちとすれ違ったが、こちらを見ながら驚くだけで邪魔はされなかった。

 佑吾たちはそんな使用人たちに構わず、コハルを先頭に屋敷の奥の方まで走り抜けると、一際大きな扉の前でコハルが足を止めた。


「コハル、ここなのか?」

「うん、ここからコハルの匂いがする!」


 コハルにそう言われ、佑吾たちは扉を開けてその部屋へと入っていった。

 部屋の中は一段と広く、佑吾は辺りを見回した。


「すごいなこりゃ……」

「うえっ、趣味悪ぅ〜」


 部屋には、様々なインテリアが所狭しと置かれていた。

 佑吾は審美眼なんてものは持っていないが、そんな彼でも一目で分かるほどに、部屋にあるインテリアは高級品ばかりだった。

 しかし、ニアが趣味が悪いと言うのもよく分かる。

 なぜなら、並べられたインテリアには統一感が無く、とにかく派手で高級そうなものばかりが並べられていたからだ。


「ここ、もしかしてデネブの部屋か?」

「だろうね〜。あいつらしい、悪趣味な部屋だよ」

「二人とも無駄話してないで、さっさとエルミナを探すわよ」


 サチに叱られ、佑吾たちは部屋の中を探し始めた。

 しかし、部屋の中を見渡してみても、エルミナが居そうな場所は少なく、すぐに目ぼしい場所は探し終えてしまった。


「ふぅ。本当に、この部屋にいるのか?」

「コハルはそう言っているけど……ってコハル、どうかしたの?」


 佑吾とサチが話していると、サチがコハルの様子がおかしいことに気づいた。

 そのコハルはと言うと、部屋の中を探さずに、部屋にある真っ白な壁をペタペタと触っては「う〜ん」と唸っていた。


「コハル。あんた一体何してんの?」

「この壁の向こうからエルミナの匂いがするんだけど……どうやったら行けるんだろう?」

「はぁ? 壁の向こう?」

「うん」


 難しい顔をして唸り続けながら、コハルは壁を触り続けた。

 佑吾がコハルの触っている壁を見るが、扉も窓も無い、何の変哲もないただの壁だった。


(壁の向こうなら隣の部屋か? いや、それならコハルは最初からそこに向かったはず……一体どういうことだ?)


 佑吾が悩んでいると、サチが壁にトコトコと近づき、自分の耳を壁に当てて、コンコンコンとノックするように壁を叩いた。


「……なるほどね。多分、コハルの言っている事は間違ってないわ。音の反響してる感じからして、この奥に広い空間があるわ」

「広い空間って、まさか隠し部屋!? じゃあ、この壁のどこかに隠し扉が……」

「いや、そんな物を探してる暇はない、サチ、隠し部屋の場所は分かるか?」

「ええ、ここよ」


 サチがコンコンと壁を叩いて、隠し部屋の場所を示した。


「じゃあコハル、俺がコハルに<腕力増強アレムスト>をかけるから、殴って壁をぶっ壊すんだ!」

「そっか! そうすればいいんだ!!」

「ちょっ、ちょっと!? 壁を殴って壊すつもり!?」


 ニアが慌てて止めに入る。

 しかし、コハルの身体能力を信頼している佑吾は、あえてニアの制止を無視した。


「コハル行けそうか?」

「うん、まっかせてー!!」

「よし頼んだ。 <腕力増強アレムスト>!」

「どおおおっりゃあああああ!!」


 コハルに<腕力増強アレムスト>の魔法をかけると、コハルが思い切り部屋の壁を殴りつけた。

 コハルの一撃を受けた壁は、バガァンと轟音立てて砕け散り、ガラガラと崩れ落ちていった。

 舞っていた砂埃が消えると、崩れた壁の先には、暗く先の見えない、地下へと続く石造りの階段があった。


「この先に、エルミナがいるのか……」

「ここから先は、あまり大きな声で話しちゃダメよ」

「全く、君たちは無茶苦茶するなぁ……」


 サチが人差し指を唇に当てて、静かにするようにジェスチャーをする。

 佑吾たちはそれに頷いて、静かに階段を降り始めた。

 ニアも呆れながら、その後に続いた。

 感覚にして二階分を降りたほどだろうか、階段の終わりには、木製の大きな扉があった。


「よし、じゃあ開けるぞ」


 佑吾は取手に手をかけて、ゆっくりと扉を開けた。

 ギィィィ、と音を立てた開いた扉の先には、さっきいたデネブの部屋よりも遥かに広い直方体の形をした、石造りの部屋があった。

 部屋の中は、天井にある照明のおかげで地下とは思えないほど明るかった。

 その明かりは、部屋の中にある物をくっきりと照らしていた。


「何だよ、これ……」


 部屋の中にある物に四人は絶句した。

 佑吾たちが入った部屋の中にあったのは──鉄製の檻。

 それが、一目では数えられないほどたくさん、壁際に並べられていた。

 檻の中には、見たこともない動物、魔物。そしてサチやコハルのような獣人、そして──人間の姿もあった。


「何だ貴様ら! どうやって、ここに入って来た!」


 佑吾たちが異常な光景に呆然としていると、部屋の奥から聞き覚えのある声が響いた。佑吾たちが声のした方に顔を向けると、今回の騒動の中心人物──デネブの姿があった。

 そして、デネブの後ろにある檻の中に、佑吾たちが必死に探していたエルミナの姿があった。


「エルミナ!!」

「お父さん! コハルお姉ちゃん! サチお姉ちゃん! 助けて!!」

「待ってろ! すぐに助ける!」


 突然誘拐され、こんな場所に連れて来られてずっと怖かったのだろう。

 エルミナの目には、涙の跡があった。

 佑吾の心の中に、デネブへの怒りが吹き荒れる。


「デネブ!! エルミナは返してもらうぞ!!」

「貴様らはこのガキの……クソ、あのゴロツキどもは何をしている! 安くない金を払っているというのに!」

「入り口にいた奴らなら、あらかた倒したよ。それに──」


 デネブの疑問にニアが答え、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「──デネブ、あんたはもう終わりだよ。もうすぐあんたの倉庫から、あんたが隠し持ってた麻薬が見つかるからね!」

「何だと!? 保安局の連中め、私を裏切ったな!! あれだけ金を渡してやったというのに!!」


 デネブの顔が怒りでまだらに染まり、感情に任せて後ろの檻に拳を叩きつけた。ガシャンと金属音が響き、その音に、エルミナがびくりと身をすくませて怯えた。


「デネブ、お前はもう終わりだ! 大人しく投降しろ!」

「投降だと? ハッ!」


 佑吾の言葉に、デネブが嘲笑を浮かべた。


「投降なんてする訳がないだろう! 他国へ逃げて、この娘を売って手に入れた金で、また商売を始めればいいだけだ!」

「確かに、綺麗な子だと思うけどさ。人身売買程度で手に入るお金じゃ、他国で商売するのは、無理なんじゃないかな? 大人しく諦めなよ」

「これだから無知な貧乏人は! この娘にどれだけの価値があるのか分かっちゃいない!」


 ニアの言葉を無視して、デネブが鼻息荒く言葉を続けた。


「この娘はな、人間じゃない! あの龍人なんだよ!」

「えっ…………?」


 そのデネブの言葉にショックを受けたのは、他でもないエルミナだった。


(……私は、人間じゃないの? 私は、お父さんの娘じゃないの?)


 そんなエルミナの様子に気づかず、デネブは言葉を捲し立てた。


「強大な力を持つ龍人を捕らえるのは難しい! だからこそ、高値で売れる! さらに見目麗しく、不思議な治癒能力を持つ龍人だ! 好事家どもに、破格の値段で売れるだろうさ!」

「……もういい。お前の勝手な言葉には、もううんざりだ」

「何?」


 佑吾が、静かに言葉を発した。

 言葉の通り、佑吾はもうデネブの言葉に、行動に全てにうんざりしていた。

 自分の大切な家族を物のように扱い、狂ったように金を求め、そのためには他者を不幸にする事を厭わない。

 どこまでも身勝手で、許しがたい人間だった。


「そうね佑吾。こんなゴミ野郎、さっさと片付けるわよ!」

「みんなで、早くエルミナを助けよう!」


 佑吾に続き、サチとコハルもそれぞれの武器をデネブへと向けた。

 しかし、そんな状況でも、デネブは嘲笑を崩さなかった。


「フン! そんな風に目先のことに捕らわれているから、お前たちは馬鹿なんだ! ワシがただ、無駄話をしていただけだと思ったか!」

「何? どういうことだ!」


 佑吾がデネブの言葉を訝しんでいると、先ほど佑吾が通った石造りの階段から、ゴツ、ゴツ、と誰かが下りてくる音がした。

 そう、デネブはただ無闇に話をしていたのでは無い。

 逃走の際の自分の護衛として、この場所に呼んでいた男が到着するまでの時間稼ぎをしていたのだ。

 佑吾たちは振り返り、階段を下りてくる人物を息を呑んで待った。

 やがて、その人物が扉の前に着いたのか、階段を下りる足音は止んだ。

 そして木製の扉がけたたましい音とともに吹き飛ばされ、その人物が姿を現した。

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