第14話 誘拐

 サチがライルへと通信魔法を飛ばし、ニアの仲間たちを宿に連れてくるようにお願いした。

 佑吾たちがしばらく宿屋の外で待っていると、ライルがニアの仲間たちと一緒に戻ってきた。


「佑吾、無事で何よりだ。だが、何かあったのか? 言われた通り、ニアの仲間たちは連れて来たが……」

「はい……その事で、皆さんにお願いしたいことがあるんです」

 

 佑吾は、ライルの後ろにいるニアの仲間たち全員の顔を見て、事情を説明した。


「実は俺たちが留守にしている間に、俺の娘──エルミナがデネブの手下に誘拐されたんです……俺たちだけじゃ、奴からエルミナを取り戻すのは難しくて……だから皆さんに、エルミナを助けるのを手伝ってもらいたいんです! お願いします、俺たちに力を貸してください!!」

「「お願いします!!」」


 佑吾が頭を下げると、それにならうようにコハルとサチも頭を下げた。

 すると、事情を聞いていたニアの仲間たちの一人が、佑吾に問いかけた。


「デネブの手下にさらわれたって、間違いないのか?」

「……はい。襲われた宿屋の主人がそう言っていました。それに、デネブは前に俺たちの村に来た時に、エルミナを金で買いたいと言っていたので」


 それを聞いたニアの仲間たちは、一斉に怒りをあらわにし始めた。


「あのクソ野郎、そんな事までやってやがったのか!!」

「おい!! 今からアイツの屋敷に乗り込んで一暴れしてやろうぜ‼︎」

「ああ!! もう、あいつに好き勝手されるのはうんざりだ!!」

「もう、みんな落ち着いて‼︎」


 怒りに任せて今にも駆け出そうとした仲間たちを、ニアが大声で止めた。


「みんな、協力してくれるのは分かったから、一旦落ち着いて」


 ニアに諭された仲間たちは、大声で騒ぐのは止めたが、まだ怒りが収まらないようだった。


「でも、ぐずぐずしてたらその子が危ないだろ!」

「そうなんだけど、デネブが自分の屋敷に連れて行った保証はないんだ。もしかしたら、あいつが持ってる他の建物に連れて行かれた可能性だってある」

「なら、手分けして探せばいい!」

「でも、それで見つけたとして……どうやって他の奴に知らせるんだ?」

「保安官を呼べばいいんじゃないか?」

「バカ。保安官の多くは、今は俺らの計画通り倉庫の調査にかかりっきりで、街の警備をしてるやつは少ないんだ。そいつらが、証拠もないのに持ち場を離れるかよ」

「それじゃあ──」


 ニアの仲間たちが、どうすればエルミナを見つけられるか、ああでもないこうでもないと話し合い始めた。

 しかし、色んな意見が錯綜して、一向に方針は決まらなかった。

 そんな中、コハル一人が変な動きをしていた。


「ちょっとコハル? あんた何してんの?」


 それを不審に思ったサチが、コハルに話しかけた。

 そのコハルはというと、色々な方へ顔を向けて、まるで匂いを嗅ぐように鼻をスンスンと鳴らしていた。

 そしてしばらくの間そうしていると、何かに気づいたのか、ピタリとある方向へ顔を向けた。

 そして、確かめるようにその方向の匂いをかぐと──


「見つけた!! みんな、こっちだよ!!」


 ──そう言って、突然どこかに向かって走り始めた。


「ちょ、ちょっと、コハル!? あんたどこ行くの!?」


 慌てて追いかけるサチの声を聞いて、その場にいた皆も気づき、コハルとサチを追いかけ始めた。


「コハル、一体どうしたんだ!?」

「こっちから、エルミナの匂いがする!!」

「匂い!? 本当か!?」


 そう言えば、獣人になってしばらく経っていたから忘れていたが、コハルは元々犬だ。犬譲りの嗅覚は健在という事か。

 コハルの先導に従って街を走り続けると、大きな門を構える屋敷の前へと辿り着いた。

 コハルは門の前で立ち止まると、スンスンと門の向こうの匂いを嗅いだ。


「うん、間違いない! エルミナはここにいるよ!」

「はぁ、はぁ……この家は……?」

「ぜぇ、ぜぇ……デネブの、屋敷だね……」


 コハルの全力ダッシュに、必死で着いてきた佑吾は、両膝に手を突いて息を整えた。そんな佑吾の疑問に、同じように息切れをしていたニアが答えてくれた。


「……ここに、エルミナがいるのね」

「……ああ、入ろう」


 佑吾は躊躇う事なく門を押し開き、屋敷の中へと足を踏み入れた──




──そんな佑吾たちを、屋敷の二階から見下ろしている男がいた。


「何だぁ、あいつら……おい」

「はい!」


 男は、側にいた自分の部下を呼びつけた。


「全員、念のため戦闘準備しておけ。お客様をお出迎えするぞ。さぁて、どうなるかねえ」


 そう言って、男は軽薄そうな笑みを浮かべた。




 門を通った佑吾たちは、玄関へと続く長いアプローチを歩いていた。

 アプローチの両側には広大な庭が広がっており、綺麗に整えられた花壇や植え込み、豪華な石組みの噴水など、随所に金を掛けている事が見られた。

 アプローチの半分ほどを過ぎたところで、屋敷の玄関の扉がゆっくりと開き、人相が悪く、無骨な装備を身につけて武装した荒くれ者たちが、ぞろぞろと屋敷の中から出てきた。

 荒くれ者たちの数は十数人ほど──佑吾たちとほぼ同数だった──で、その誰もが警備兵には見えず、暴力を行使するのに何の抵抗もない連中のように見えた。

 そして、荒くれ者たちの一番後ろから、洗練された武具を身につけ、顔に軽薄そうな笑みを浮かべた男が、ゆったりとした足取りで現れた。


「これはこれは大所帯で。私はここグレーデン商会会長、デネブ・グレーデン様の屋敷の警備を担当しているフィックルと申します。本日は、一体どのような御用で?」


 フィックルは、見た目通りの軽薄そうな声で佑吾たちに話しかけてきた。

 言葉遣いは丁寧だが、その言葉の端々には佑吾たちを小馬鹿にするような雰囲気が感じられた。


「……お前たちがさらったエルミナを、俺の娘を返してもらう!」


 そう言って、佑吾はフィックルを強く睨みつけた。

 それに対して、フィックルはわざとらしく首を傾げた。


「さらった? エルミナ? はてさて、何のことだか分かりませんなぁ。おい、お前たちの中で、何のことか分かる者はいるか?」

「いやいや、何の事だか分かりませんねえ」

「きっと、別の家と勘違いしてるんじゃないですかい?」


 フィックルが後ろの荒くれ者たちにそう聞くと、彼らもまたわざとらしくとぼけて、佑吾たちをバカにするようにニヤニヤと笑った。


「嘘だよ! あの家からエルミナの匂いがする。私には分かるもん!」


 コハルがフィックルに指を突きつけ、糾弾する。

 再び誤魔化そうとしたフィックルだったが、コハルの姿を見て顔をしかめた。


(あの女……犬人族か? ちっ、面倒だな)


 そんな思考とは裏腹に、フィックルは笑みを絶やさぬままに言葉を発した。


「そのような事を言われましてもねえ。こちらには心当たりがございませんし……力づくで屋敷に押し入って調べてみますか? 当然、こちらもそれなりの対処を致しますが」


 そう言って、フィックルは左腰に下げているレイピアに触れ、カチャリと音を立てさせた。

 それに合わせて、周りにいる荒くれ者たちも、自らの武力を見せつけるように、武器をチラつかせた。

 その動きに合わせて、フィックルたちは、ニヤニヤと佑吾たちを馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 その笑みは、「どうせそんな事はできないだろうがな」と、佑吾たちを嘲る笑みだった。


「なら、お言葉に甘えて、そうさせてもらおっかな」

「…………何?」


 ニアが佑吾の隣まで歩み寄りながら、フィックルたちに怯えることなく、そう言い放った。

 それを聞いて、フィックルは自分の耳を疑った。


「正気ですか? あなた方のような素人が、我々を倒せると? それに、無理に人の家に入るのは犯罪行為ですよ。お嬢さん」

「それなら、問題ないな」


 今度は、ライルがずいと一歩前に出た。


「エルミナを保護できれば、こちらの言い分が正しい事は証明できる。それに、デネブはもうすぐお尋ね者になる。倉庫にある麻薬が見つかってな。お尋ね者と善良な市民、保安官はどちらの言い分を信じてくれるかな?」

「…………」


 ライルから衝撃の事実を聞いたフィックルは、感情が顔に出ないよう必死に努めた。


(倉庫の麻薬? 今日の警備はディダが担当だったはず……あいつがこいつらに負けたのか?)

「それにだな──」


 動揺するフィックルを余所に、ライルは言葉を続け、しゅらんと涼しげ金属音を響かせながら、背負っている大剣を抜いた。剣先をフィックルへと向ける。


「──大切な子どものためなら、お前らぐらい倒せるさ。そうだろう? 佑吾」

「はい!!」


 佑吾もライルにならってロングソードを抜いて構え、叫んだ。


「エルミナは、絶対に返してもらう!!」

「ちっ、舐めやがって……もういい! 言葉遊びは終わりだ。お前ら、やっちまえ!!」


 フィックルの号令で、荒くれ者たちが雄叫びとともに武器を掲げ、佑吾たちへと向かってきた。

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