第13話 帰還

 佑吾たちがディダを無力化した後、倉庫の外から再び誰かが走って近づいてくる音が聞こえた。

 新手かと思った佑吾たちは、油断せずに武器を構え直し、入り口へと視線を向けた。

 そして扉の陰から人影が飛び出し、佑吾たちは一斉にそれに武器を向けた。


「うわっ!? ちょちょ、あたしだってば!?」

「ニア? 無事だったか!」

「何とかねー。そっちも大変だったみたいだね」


 足音の主は、ニアだった。

 ニアは地面に倒れ伏すディダと倉庫内の戦闘跡を見て、苦笑した。


「そうだ、そんな事より! 三人とも、さっさとここからずらかるよ!!」


 何を思い出したのか、ニアは両手をパンと合わせて、佑吾たちを急かし始めた。


「どうしたのー? そんなに慌てて」

「あたしたちが探してた倉庫で、デネブの麻薬が見つかったんだよ!!」

「何っ!? 本当か!?」


 どうやら、ニアの計画──デネブの犯罪の証拠を発見することは達成できたようだった。

 しかし、ニアが焦っている理由が分からない。

 サチも、佑吾と同じ疑問を持ったようだった。


「良いことじゃない。一体、何を焦ってんのよ」 

「実は倉庫で警備兵とやり合った騒ぎで、仲間じゃない街の人が、もう保安局に通報したっぽいんだ! だから早く逃げないと、あたしたちまでしょっぴかれちゃう!!」

「なっ!? ヤバイじゃないか!?」

「そーだよ、ヤバイんだよ!! ほら、急いで急いで!!」


 ニアに促されて、佑吾たちは慌てて倉庫から逃げ始めた。

 倉庫の近くにある路地へと、急いで駆け込んで隠れる。

 その直後、大勢の保安官がさっきまでいた倉庫に集まり始めた。

 危うく見つかる所だった。佑吾たちは、ホッと息を吐いた。


「他のみんなは大丈夫かなー?」

「うん。みんなは先に逃がしたからね。あたしたちが最後だよ」



 保安局に見つからないように、大通りを避けて人の少ない方へ走りながら、コハルの独り言にニアが答えた。

 保安官をやり過ごしたあと、佑吾たちはエルミナが留守番をしている宿へと向かっていた。


「ニア、あんたの計画は上手くいったの?」

「うん、ばっちり!! 麻薬のあった倉庫には印を付けているから、あたしたちの仲間の保安官が乗り込んでくれてるはずだよ!!」


 サチの問いに、ニアが得意げな表情を浮かべた。

 その顔は、達成感でいっぱいになっていた。


「これで、デネブの悪事が明らかになれば、あたしたちも前みたいに自由に商売できるよ!」

「アフタル村との取引も再開されるか?」

「うん、もちろん!」

「そうか、良かった……」


 ニアの答えに、佑吾はホッと胸を撫で下ろした。


(これでまた、いつもの生活に戻れるな)


 計画を無事に終えた佑吾たちは、達成感からかエルミナが待つ宿屋へと戻る足を早めた。

 しかし、人目を避けるように移動したせいで、結局宿屋に着くのにそれなりに時間がかかってしまった。


「ライルは、まだ戻ってきてないみたいね」

「多分、ニアの仲間たちを隠れ家まで送っているんじゃないかな? とりあえず、宿屋に入って待って──なっ…………」


 佑吾が入り口の扉を開いて中に入ろうとして──目の前の光景に息を呑んだ。

 宿の入り口は、誰かが暴れた跡のように荒れていたからだ。

 更に少し離れた場所で、宿屋の主人が、うつ伏せでボロボロに倒れていた。


「大丈夫ですか!?」


 佑吾はすぐさま駆け寄って、宿屋の主人をゆっくりと抱き起こした。

 宿屋の主人はひどい暴行を受けたのか、顔のあちこちが擦り切れ、痛々しいアザを作っていた。


「<初級治癒キュアル>!」

「う、うう……」


 佑吾が治癒魔法をかけると、宿屋の主人は苦しげに呻きながらも、ゆっくりと目を覚ました。


「大丈夫ですか? 一体、何があったんですか?」

「ああ、あんた……大変だ、あんたの……娘、さんが……」


 宿屋の主人の途切れ途切れの言葉に、その場にいた全員が息を呑む。


「エルミナに何かあったんですか!?」

「男たちがいきなり押し、掛けてきて……あんたの、娘さんを……さらって、いきやがった……」

「その男たちってもしかして、デネブの手下たちなんじゃあ……」

「そう、だ……他の店を、脅してた奴らだったから……間違い、ねえ……」


 佑吾たちの事情を聞いていたニアが、ポツリと呟くと、その言葉を聞いた宿屋の主人は、ゆっくりと頷いた。

 宿屋の主人の言葉を聞き終えた佑吾は、彼の治療を終えると、優しく壁際まで運び、無言で立ち上がった。


「佑吾……?」

「ちょっと、どうしたの……?」


 コハルとサチが、心配そうに呼びかける。

 佑吾のいつもとは違う雰囲気を感じたのか、その言葉はどこか弱々しげだ。


「エルミナを助けに行く」


 佑吾の言葉は静かではあったが、並々ならぬ怒りが込められているのが見て取れた。佑吾が足早に宿屋を出ようとしたが、ニアがそれを遮るように佑吾の前に立った。


「落ち着いて。そもそもデネブの屋敷の場所知らないでしょ」

「ニアは知ってるんだろ? 案内してくれ」

「ダメだよ」

「どうしてだ!?」


 取り繕った冷静さが剥がれ、怒りのままに佑吾は乱暴にニアの両肩を掴む。

 掴まれたニアは、痛そうに顔を歪めた。


「痛っ……」

「っ! ご、ごめん……」


 痛がるニアの顔を見て、少し冷静さを取り戻した佑吾は、すぐに両肩から手を離した。


「気にしないで。でも、あんた一人を行かせるわけにはいかない」

「でも、早く助けに行かないと!!」

「一人で行ったって、どうにもならないよ。デネブの屋敷には、荒事に慣れた手下たちがわんさかいるんだ。何の策も無しに突っ込めば、最悪殺されちゃうよ。あんた一人じゃ、エルミナを助けるのは無理だよ」

「ぐっ……」


 ニアの辛辣だが確信のこもった言葉に、佑吾は反論できなかった。

 無力感に苛まれながら、だらりと両腕を下げてうつむく事しかできなかった。


「とりあえず、あたしの仲間たちともう一回合流しよう。あんたたちの連れの──ライルだっけ。その人も戻ってきてないし。大丈夫、みんなならエルミナを助けるの手伝ってくれるよ」

「……そうだな、そうしよう」


 すぐに助けに行くことができないじれったさに、佑吾は血が出そうなほど両手を強く握りしめた。

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