第6話 拒絶の理由

「確かに俺たちはアフタル村から来たけど……君は?」


 突然話しかけてきた見知らぬ少女に、佑吾が不審げに答えた。

 ライルや他のみんなも、料理を味わう手を止めて視線を少女の方に向けた。

 まだ幼さの残る顔には似合わない鋭い眼差しをした少女で、シャツにポケットの付いたジャケット、腰にはウエストポーチ、短パン、髪はポニーテールで1つに纏めているという、いかにも動きやすそうな格好だ。

 少女は、佑吾の答えに嬉しそうに手を叩いて喜んだ。


「やっぱり! あんたたち、どの商店も相手にしてくれなくて困ってるでしょ?」

「何でそれを!?」

「ふふふ、その事でちょっと話があるんだけどいいかな?」

「……少し待ってくれ。話があるのはいいが、まずは君が誰かを教えてくれないか?」


 佑吾と少女の会話に、ライルが口を挟んだ。

 すると、少女は申し訳なさそうに頭をかいた。

 

「ああごめんね。あたしの名前はニア、そこ座っていい?」


 ニアと名乗った少女が、佑吾たちが座っているテーブル席の空席を指差した。

 どうぞとライルが手で示すと、ニアは遠慮なくどかっと座り、近くを通った店員に自分の分の料理の注文をした。


「えーと、どっから話そうか」


 注文を終えたニアが佑吾たちの方を向き、うーんと腕を組んで考え込む。

 やがて内容がまとまったのか、顔を上げて説明を始めた。


「まずはね、デネブ・グレーデンってやつ知ってる?」

「どこかで聞いたような……」

「エルミナの事で村に来て騒いでいた、あの超失礼なやつでしょ。なんか帝都で商会をやってるっていう」


 佑吾が記憶を引っ張り出そうとしていると、サチが答えてくれた。

 サチの方を見ると、彼女はもう料理を食べ終えており、腕を組んでこちらの話に参加していた。

 コハルも食べ終えていたが、彼女は満腹になったせいかうつらうつらと眠そうに船を漕いでいた。そう言えば、昔からご飯を食べた後は眠そうにしてたっけ、と佑吾はなんだか懐かしくなった。

 エルミナはまだ残っている料理を口に運びながら、佑吾たちの話を聞いているようだった。


「そうそう知ってるみたいだね。あんたたち、そいつ怒らすようなことした?」

「ああー……した、かも」


 エルミナを金で買うという、ふざけた要求をつっぱねたら理不尽に怒ってったっけ、と佑吾は思い出していた。

 どう考えても、怒りたいのは佑吾の方だというのに。

 あの出来事を思い出したせいで、佑吾はまた不快な気分になった。


「なら、それが原因だろうね」

「原因? まさか──」

「そう、商店があなた達を相手にしてくれない原因」


 ニアが注文していた料理が来て、ニアは一旦話を切った。

 そして皿に載っているソーセージに豪快にフォークをぶっ刺して、口いっぱいに頬張り、美味そうに咀嚼して飲み込む。


「ぷはっ、三日前くらいにね、デネブの手下たちがここらにある店にやってきたんだ。んで、『アフタル村から来たやつからは、何も買い取るな』って、脅してきたのさ」

「脅しただと?」

「うん、『もし言うことを聞かなかったら、お前の店を潰してやる』ってね。あいつはここらじゃ一番でかい商会持ってるから、誰も逆らえないのさ」

「なるほどな……それなら他の店に行ったところで、どこも相手にはしてくれないか」

「そうなるねー」


 話すべきことは話したのか、ニアはまた食事を再開した。


「商店に根回ししたのがデネブなら、村に行商人が来なかったのも、奴の差し金でしょうか?」

「ああ、そう見て間違いないだろう」

「でも、嫌がらせにしては遠回りすぎない? 何が狙いなのかしら?」

「……多分、エルミナを手に入れるためだと思う」

「俺も佑吾と同じ意見だ。恐らく、商売ができなくて困窮した俺たちが、エルミナをあいつに手渡すのを待っているんだろう」

「……なるほどね。とことんムカつく野郎だわ」

「ねーねーところでさ、あんたたち、あいつに何したの?」


 佑吾たち三人が話しているところに、ニアが割り込んできた。

 どうやら、料理を食べ終わったらしい。

 ニアの質問を聞いて、佑吾はライルとサチに目配せした。この子にこちらの事情を話しても大丈夫だろうか?

 二人とも話しても大丈夫だろうと、頷いてくれた。


「少し長くなるけど──」


 そう始めて、佑吾はニアに事の顛末を伝えた。

 エルミナの治癒の力の事は伏せて、デネブがエルミナを買おうとしたとだけ伝えた。

 これは村を出る前に、ライルたちと相談して決めた事だ。

 あのデネブのように、エルミナの力に目を付ける輩が出ないように、エルミナの治癒の力は村の外では極力使わないようにして、誰にもその事を話さないようにしようと。

 佑吾が話し終えると、ニアはうつむき、テーブルの上の手は強く握り締められてプルプルと震えていた。


「あんのクソデブ……そんなふざけたことまでやってんのか……」


 ニアの声は、佑吾たちにかろうじて聞こえるほど小さかったが、その声は怒りに震えていた。


「お、おい、お前さん大丈夫か?」

「……ごめん、大丈夫。そんで、あんたたちはこれからどうすんの?」

「うーん、保安局に訴えに行くとか?」

「それは無駄だね。デネブは、保安局の上層部に多額の賄賂を流してるみたいだからもみ消されるよ。脅されてる店も、デネブが怖くて証人になってくれないしね」


 佑吾の提案は、即座に却下された。

 保安局というのは、佑吾がいた世界での警察署に当たる組織だ。

 ヴァルトラ帝国では軍を機能ごとに分けており、保安軍は国内の治安維持に務めている。

 そして、各所に保安局という支部を配置して、国内の警備を務めているのだ。

 保安局に頼る以外での問題解決の方法を考えてみたが、佑吾、ライル、サチの三人は、誰も良いアイデアを思いつくことができなかった。

 真剣に考える三人を、ご飯を食べ終えたエルミナが心配そうに見つめていた。

 ちなみにコハルは話について行けずに、完全に寝ていた。


「……ねえ」


 佑吾たちに漂っていた八方塞がりな空気を破って、ニアが話しかけて来た。


「あんたたちさえ良かったら、あたしの手伝いしてくんない?」

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