エピローグ 佑吾、父となる

「ええっと……」


 突然現れた少女に戸惑いつつも、佑吾は少女を抱きかかえて地面に立たせた。

 少女の身長は、佑吾のお腹ぐらいまであった。佑吾が少女を地面へと降ろす間、少女も大人しく佑吾の行動にされるがままになっていた。


「わぁー綺麗な子だね!」

「……この子、いま壁から出てきた? 魔物には見えないけど……」


 少し離れた場所で事態を見ていたコハルとサチも、佑吾の元へとやって来た。


「……………………」


 コハルとサチが少女へ近づこうとすると、少女は突然自分に向かってくる二人を警戒するかのように、佑吾の後ろへサッと隠れた。

 少女の両手は、守って欲しいと訴えるかのように、佑吾のズボンの裾をギュッと握っていた。


「サチ、とりあえずライルさんを呼んでくれるか?」


 突然の事態に戸惑っていた佑吾だったが、後ろにいる少女の怯えた様子を見て、何とか安心させてあげなければと思い、幾分か落ち着きを取り戻した。

 そして、とりあえず今起きた事を相談するために、サチに通信魔法でライルを呼ぶように頼んだ。


「……ええ、分かったわ」


 突然現れた少女に対して多少の警戒を滲ませながら、サチが少しその場から離れて通信魔法を使い始めた。サチ自身も、ライルを呼んだ方がいいと思ったのだろう。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「なま……え?」

「そう、名前! 私はコハル! こっちは佑吾で、あっちにいるのがサチ! あなたは?」

「…………エル、ミナ」


 俯いて思い出す素振りを見せた後、少女──エルミナが答えた。


「エルミナ! 可愛い名前だね!」


 にかーっと、コハルが笑いかける。

 そのコハルが自分に向けて笑いかける様子を見て、エルミナはコハルを無害と判断したのか、少し緊張を解いたようだった。

 コハルがエルミナに色々と話しかけているうちに、サチが通信魔法を終えて三人のもとへと戻ってきた。

 そして、間も無くしてライルが佑吾たちの元へとやって来たので、佑吾たちは何があったのかを詳細にライルへと説明した。


「……壁から子どもが出てくるとは、中々に面妖だな」


 ライルは頭痛をこらえるかのように、目頭を手で押さえた。

 俄かに信じられない話ではあったが、佑吾たちが無意味に嘘をつくような人ではない事を、この八ヶ月間で知っているライルは、その話を信じる事にした。


「それで、この子を一体どうしたらいいんでしょう?」


 佑吾が、本題を切り出す。

 佑吾が元いた世界でなら、迷子を見つけたら交番に連れて行ったり、どこかの施設内ならアナウンスをしてもらうなどが、対処法として挙げられる。

 しかし佑吾が知っている限りでは、アフタル村には交番のような場所も、遠方との通信機器も存在しない。そのため、どのように対処するのが正しいのか分からなかったため、ライルへと相談する事にしたのだ。


「うぅむ……帝都なら迷子は役場へと連れて行けば良いんだが、この子は迷子かどうかも分からんしな……いや、それでも連れて行くべきか?」


 ライルが悩みながらうんうんと唸っていると、それを聞いたエルミナが怯えたように佑吾の背へと隠れ、服の裾をぎゅうと強く握り締めた。


「お嬢ちゃん、どうした?」

「……や、……な……ない」


 消え入りそうなほどか細い声で、エルミナが喋る。


「うん? すまない、もう一度言ってくれるか?」

「……いや、お父さんと、離れたく、ない」


 たどたどしくも、それはしっかりと意思のこもった言葉だった。


「ふむ、そうか…………」


 エルミナの言葉を聞いて、ライルは顎に手を当て考え込む。


「君のお父さんとお母さんは、どこにいるか分かるかい?」

「お父さんはここ、…………お母さんは分からない」


 ライルの質問に不思議そうにしながらも、エルミナが佑吾を指差しながら答えた。

 しかし、なぜ佑吾の事を「お父さん」と呼ぶのかは、未だに分からない。

 エルミナの答えを聞いて、ライルが再び考え込む。

 そして、結論が出たのかゆっくりと立ち上がって佑吾たちを見据えた。


「この少女は、村で預かろう」

「えっ!? 帝都の役場に連れて行かなくていいんですか?」

「ああ、この子の意思を尊重したい。それに親が帝都に居るとは限らないし、洞窟の壁から出てきたなんて知られれば、調査とかで色々と面倒事になるやもしれん。それは、子どもにとって大変だろう」

「でも、帝都に親が絶対にいないって訳じゃないんでしょ。その確認はすべきじゃない?」

「ああ、それはサチの言う通りだ。だから今度帝都に行くときに、子どもを探している親がいないか調べてくる。この子のことや事情は伏せてな。それなら、サチの心配も無くなるだろう?」

「……そうね、それならまあいいわ」

「私もこの子と一緒に生活したい!」


 コハルはいつのまにそこまで仲良くなったのか、エルミナをぎゅーっと強く抱きしめながら、満面の笑顔でライルの意見に賛成した。

 そして、みんなが最後の一人の意見を伺うように、佑吾の方をじっと見た。


「……分かりました、ライルさんがそれで大丈夫というなら俺もそれに従います。この子を村に連れて行きましょう」


 黙ってみんなの話を聞いていたエルミナは、佑吾の言葉を聞いて安心したように笑った。


「それで、この子は誰に預かってもらいますか?」


 佑吾がライルにそう問い掛けると、ライルは彼にしては珍しく、ポカンと口を開けた間の抜けた表情になった。

 他の二人も、サチは何を言っているんだと言いたげな呆れ顔になり、コハルは不思議そうな表情で首を傾げた


「何を言っているんだ、お前さんの家に決まってるだろう」

「………………え?」


 今度は、佑吾が間の抜けた表情になる。

 それを見たサチが、これ見よがしに「はぁ」とため息をつく。


「その子──エルミナだっけ? 理由は分からないけど、佑吾の事を父親だと思ってるんでしょ。小っちゃい子どもを親から引き離すなんて、できるわけないじゃない」

「そーだよ!! エルミナと一緒に暮らそうよ!!」


 追撃するように、コハルがそう続けた。

 そしてその意思をはっきりと示すかのように、コハルは再びエルミナをぎゅっと抱きしめた。

 どうやら、佑吾以外のみんな、エルミナは佑吾が預かるものと思っているようだ。


「い、いや、でも──」


 佑吾が言葉を続けようとして、はたとエルミナと目が合った。

 エルミナは不安そうな表情でこちらを見上げ、その宝石のように綺麗な目には、うっすらと涙が溜まっていた。

 その涙は、佑吾の答え次第で今にも溢れ出しそうだった。


「…………分かりました、俺の家で面倒を見ます」


 結局、佑吾は幼気な少女の涙に勝てなかった。

 佑吾たちの異世界暮らしに、また一人、新たな家族が増えることとなった。

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