第13話 vs.赤巨人②

 しかし、佑吾のその行動は悪手だった。

 赤巨人レッドエノルマスは、突然攻撃してきた佑吾に対して、怒声を上げながら丸太を横薙ぎにして反撃してきた。

 その反撃に対して、佑吾は反射的に左にくくりつけた盾で防御した。

 しかし、赤巨人レッドエノルマスが持つ巨大な丸太を、木製の素朴な盾で防げる訳もない。佑吾が装備する盾は呆気なく割られて、丸太が佑吾の左腕に直撃した。


「がっ!?」


 ボギッと鈍く低い音が左腕から聞こえて、佑吾は軽々と吹き飛ばされた。

 空中に弾き飛ばされた佑吾はそのまま背中から地面に落ち、勢いそのままにゴロンゴロンと回転しながら、体が投げ出された。


「ごっ……はぁっ…………」


 佑吾は地面に伏したまま、少しも体が動かせなかった。

 全身から、体の内側を金槌で殴られているような鈍い痛みが響く。

 攻撃を受けた左腕に至っては確実に骨折しており、青く腫れ上がってひどい痛みを訴えていた。

 怪我を治療しようと<初級治癒キュアル>を唱えようにも、ヒュッ、ヒューと不規則な呼吸音が口から漏れるだけで、言葉を発することができなかった。


「「佑吾!?」」


 コハルとサチが、悲鳴じみた声を上げる。

 コハルが佑吾のもとへ駆け寄ろうするが、赤巨人レッドエノルマスの攻撃に阻まれて近づくことができない。

 石槍でもって赤巨人レッドエノルマスに善戦していた二人の村人は、吹き飛ばされた佑吾を見て、怯えるように後ずさりした。


「<初級治癒キュアル>!!」


 絶望的な空気が蔓延し始めたところに、広場の入り口の方から走ってくる足音と、少し慌てたような低い男の声が響いた。

 そして男の声とともに、佑吾は自分の体に若緑色の光が降り注ぐのを目にした。

 <初級治癒キュアル>による治癒の光を受け、佑吾は全身から少しだけ痛みが引くのを感じた。


「……ラ、イル……さん」

「大丈夫か、佑吾!?」


 佑吾の側に治癒魔法を掛けてくれたのは、サチが魔法で呼んだライルだった。

 自分たちを襲いくる魔物を退けて、佑吾たちの元にいち早く駆けつけてくれたのだ。

 横たわる佑吾に、ライルが駆け寄ってくる。

 ライルの<初級治癒キュアル>によって、声がかろうじて出せるほどに回復した佑吾が、痛みに耐えながら何とか声を絞り出した。


「す、すい、ませ……おれ」

「大丈夫だ、喋らなくていい、傷に響く。治癒魔法は唱えられそうか?」


 ライルの問いに、佑吾は頷くことで答えた。

 それを見たライルが、安心したように息を吐く。


「良かった……頑張ったな佑吾、後は俺に任せろ」


 ライルはすっと立ち上がり、腰につけていた刃渡り四十センチメートル程のショートソードを抜いて構え、赤巨人レッドエノルマスへと近づく。


「お前さんの相手は、俺だよ」

「グルルルルルゥゥゥ……」


 赤巨人レッドエノルマスは、新たに現れたライルへと警戒心をむき出しにし、威嚇するように唸り声を上げた。

 しかし、それを全く意に介さずに近づいてくるライルを見て、赤巨人レッドエノルマスは雄叫びを上げながら丸太を振り下ろした。

 ライルはその攻撃を、ギリギリのところで躱した。

 危機一髪のようにも思えるが、ライルのその回避は、佑吾のように躱すのが遅れたわけではない。

 最小限の動きで避けて、即座に攻撃に移るための回避だ。

 丸太を避けたライルは駆け出し、一気に赤巨人レッドエノルマスとの距離を縮めた。そして、赤巨人レッドエノルマスの懐へ潜り込むと、その首筋をショートソードで斬りつけた。


「グゥオオオオオ!?!?」


 ライルが斬りつけた傷口から、血しぶきが上がる。

 赤巨人レッドエノルマスが傷口を左手で押さえながら、丸太をデタラメに振り回す。

 ライルはそれをひらりと躱しながら、隙をみてさらに赤巨人レッドエノルマスの肉体を次々に斬りつけていく。


「あたしたちもライルを援護するわよ!」

「うん!」


 ライルの加勢によって、その場にいた全員が気勢を取り戻し、ライルの攻撃を援護し始めた。コハルの拳とサチの魔法、村人たちの石槍が赤巨人レッドエノルマスを攻撃していった。


「グッ……ガァァァ…………」


 やがて、徐々に赤巨人レッドエノルマスの動きが鈍くなり、遂にその巨体が倒れ、赤巨人レッドエノルマスは息絶えた。


「ふぅ……終わったか」

「「佑吾!」」


 ライルが赤巨人レッドエノルマスにとどめを刺すやいなや、コハルとサチが、未だ倒れたままでいる佑吾の元へと駆け寄る。

 ライルから治癒魔法を掛けてもらった後に、佑吾も自分で<初級治癒キュアル>を二回掛けたが、そこで魔力が尽きてしまった。

 骨折した左腕に集中して掛けたため、骨折は治ったものの全身の痛みはまだ残っていて、立ち上がることができずにいた。


「どうしよう、どうしよう……佑吾、しっかりして!」

「早く、薬草を……!」


 コハルは目に涙が溜まっており、あわあわと両手を詮なく動かして狼狽えていた。サチは佑吾の容態を痛ましそうに見て、何か治療道具が無いか、自分のポーチを漁っていた。


「安心しろ。俺が治療する」


 遅れて駆け足でやって来たライルが、二人を安心させるようにそう声をかけた。そして、再び佑吾に<初級治癒キュアル>を施した。

 ライルの治癒魔法によって、佑吾の体からようやく痛みが引き、何とか体を起こせるようになった。


「うわぁぁぁん!! 佑吾……治って、良かったぁ……」

「ごめんなコハル、もう大丈夫だから」

 

 佑吾は、自分を心配して抱きついて泣き喚くコハルを安心させるために、コハルの頭を優しく撫でながら微笑んだ。

 そして、治癒魔法をかけてくれたライルの方へ顔を向けた。


「ライルさん、助けてくれてありがとうございました。ライルさんが来なかったら俺……」

「いや、来るのが遅くなってすまなかった。俺と一緒にいたみんなが魔物を引き付けてくれたお陰で、俺一人だけ先に駆けつけることが出来たんだ。しかし、それでも遅かったようだ。どれ、残りの傷も手当てしよう」


 ライルが、テキパキと佑吾に応急処置を施していった。

 ライルの<初級治癒キュアル>によって重傷は癒えたものの、まだ打撲痕や擦り傷といった軽傷が残っていた。しかし、それもライルの応急処置によって、全て治療されていった。

 佑吾がライルの治療を大人しく受けていると、サチが申し訳なさそうにうつむきながら、佑吾へと言葉をこぼした。


「ごめんなさい……アタシを庇ったばっかりに……」

「気にしなくて大丈夫だよ。みんな無事だったわけだし。格好良く助けられたら、もっと良かったんだけどな」

「……バカ」


 冗談めかすように、佑吾が笑う。

 痛みでぎこちなくなったその笑みを見て、サチもまた苦笑した。

 ひどい怪我をしたのは佑吾の方なのに、自分の方を心配してくれていることがサチには少しだけ可笑しくて、嬉しかった。


「よし、これで大丈夫だ」


 ライルの応急手当が終わり、それとほぼ同じくして、ライルと一緒の班だった村人たちも戻ってきた。彼らもまた、体のあちこちに傷をこさえていた。

 ライルの提案で、彼らの治療と全体の態勢の立て直しを行うために、この広場で少し休息を取ることになった。

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