第9話 探索に向けて

「俺たち……? コハルとサチも連れて行くんですか?」


 佑吾が不安げに問いかける。

 佑吾は出来れば、二人を危険な場所には連れて行きたくないと考えていた。


「ああ、というよりも二人の方から、お前さんを連れて行くなら自分たちも連れて行け、とそう言ってきたんだ」


 ライルが困ったように笑う。

 佑吾もそう言われると、無碍に付いて来るなとは言いづらい。彼女たちはきっと、自分のことを心配してそう言ってくれただろうからだ

 しかしそうは言っても、佑吾はやっぱり大切な家族である彼女達を、魔物がいる危険な場所に連れて行きたくはなかった。


「安心しなさい。こう見えても魔法の勉強は順調よ。攻撃魔法だって覚えたわ!」


 ずっとこちらの話を聞いていたのだろう、料理の準備をしていたサチが、二人の会話に加わってきた。

 サチは自分の顔の前で人差し指を立てて、指先に小さな火の玉を作り、それを空中で弄ぶ。その表情には自信が満ちていた。


「あんた一人じゃ頼りなさそうだから、あたしとコハルが助けてあげるわ」


 ふふん、と自信ありげにサチが言った。

 サチの言葉に佑吾は驚き、そして嬉しくなった。サチも、そしてここにいないコハルも自分のことを家族だと思ってくれている事を感じて。

 その気持ちは佑吾の顔にも出ていたようで、急に嬉しそうにし出した佑吾をサチが不審げに見ていると、玄関の扉が勢いよく開いた。


「ただいまーー!!」


 バンと扉が開く大きな音とその大声がした方を向くと、ニコニコと満面の笑顔をしたコハルが立っていた。


「全員、揃ったようだな」


 コハルが戻ってきたことで、ライルが再び魔物討伐の話へと戻す。

 コハルは「何のこと?」と首を傾げていたが、サチに促されてとりあえずテーブルの席へと座った。


「それでだ、やはり俺としてはコハルとサチにも討伐を手伝ってもらいたいんだが……」


 ライルがそう切り出すと、サチと何の話かをようやく理解したコハルが、じぃっと佑吾の方を見つめた。

 佑吾はしばらく考え込んだ後、二人の視線に根負けし、はぁとため息をついた。


「ライルさんに確認したいんですけど、二人は魔物と戦えるんですか?」

「ああ、問題ないと思うぞ。お前さん同様に、俺がある程度の戦闘技術は教えたし、二人は村近辺に迷い込んだ魔物をよく討伐しているからな。更に付け加えるなら、獣人種である彼女達は、人間種である俺らよりも基本的な身体能力が高い」


 確かに、と佑吾は納得した。

 村での力仕事を手伝っているコハルはもちろん、体を動かすのが嫌いなサチでさえ、普通の村人より俊敏性などの運動能力は優れている。


「それに洞窟で巣を作る魔物は、大抵が小型の魔物だ。いくつか気をつけるべき点はあるが、それさえ注意しておけば、お前さんたち三人でも問題なく倒せるだろう」

「そうですか……そういう事なら二人にも手伝ってもらいましょう」


 佑吾の判断に、コハルとサチが嬉しそうに頷く。

 ライルも安心したように息を吐いた。


「決まりだな。明日からはいつもの仕事の量を減らして、洞窟探索に向けての準備を始める。その時に、探索で気をつけるべき点についても話していこう」


 ライルがそう締めくくると、グゥ〜〜と気の抜けた音が鳴る。音の発生源はコハルと佑吾だった。


「えへへ、お腹空いちゃった」


 少し恥ずかしそうに笑いながら、コハルが両手をそっとお腹の上に置く。


「そう言えば、俺も仕事終わってから何も食べてなかったなぁ」

「そういう事なら、ちゃっちゃと晩ご飯にしましょうか。ライルも一緒にどう?」


 サチが椅子から立ちあがり、再び台所へと向かう。


「うん? 俺もいいのか?」

「ええ、魔法教えてもらってるし、お肉や野草もよく分けてくれるでしょ。そのお礼の一つよ」

「ふむ、そういう事ならご馳走になろう」


 それを聞いてから、サチは再び調理に戻った。

 サチが調理する音を聴きながら、ライルは皆に向けて明日からの段取りを説明した。コハルは晩御飯の方に意識が向いていて話を聞いていないようだったので、その分、佑吾がしっかりとライルの話を聞いた。


 明日から行う洞窟探索の準備は、主に武器と薬草の調達だった。

 村にはヴァルトラ帝国の兵士が使うような立派な剣は無く、刃物と言えるのは解体に使うナイフや調理用の包丁、木を切るための斧や鋤などの農具くらいだった。

 農具は、当然武器として使うことができない。

 殺傷能力は確かにあるものの、洞窟内で振り回すには長過ぎるし、魔物を攻撃した際に刃が欠けたり、壊れてしまった場合に、今後の農作業に支障が出てしまう。

 ナイフや包丁であれば武器としては十分だが、刃こぼれはもちろん、魔物の血や脂などで切れ味も鈍くなってくるため、それ一本で戦い続けるのは不可能だ。故に、この二つも武器の候補から外した。

 そのため、今回は動物や魔物の骨、もしくは硬い木から作った棍棒と、石斧や石槍といった石武器を準備することになった。

 これらの武器はナイフよりも長持ちしやすいし、何より材料さえあればその場で作れるというメリットがある。

 また、殴打武器は素人でも扱いやすいという理由もある。


 また、薬草の準備の大切さは言うまでもない。

 洞窟内で怪我を負った場合、その場で治療しなければ、怪我の度合いによっては死に至る場合がある。洞窟内に毒を持つ害虫や魔物が存在する可能性もあるので、毒消しの準備も必要である。

 魔法による治療も可能ではあるが、アフタル村で治癒魔法が使えるのはライルを含めて三人しかいない。

 そのうちの一人は今回の討伐には参加できないので、討伐に参加する中で治癒魔法が使えるのは、二人しかいないということになる。

 魔法は無限に使えるわけではないし、魔法を使えない状況になる場合も想定して、薬草を準備するのだ。


 討伐の準備に関する話し合いをしているうちに料理が完成したようで、サチが料理を運んできてくれた。そこでライルと佑吾は話し合いを止めて、料理の方を向いて手を組み、神への祈りを述べた。この世界におけるいただきます、のようなものだ。

 祈りを終えると、明日からの準備の話はやめて、今日あったことを話しながら食事する。ワイワイと楽しく食事しながら、夜はふけていった。

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