第10話 洞窟探索

 五日間の準備を終えて、遂に魔物討伐の日となった。

 佑吾と村人たちは大森林を歩き、洞窟が発見された大樹の元に到着した。

 佑吾は二回ほど巡回で訪れたが、いつ見てもこの大樹の大きさには圧倒される。鬱蒼と茂る森の中に、一つだけ場違いなまでに大きい大樹が、森を見渡すようにそこにあった。

 そしてその大樹の奥には切り立った岩壁があり、岩壁の根元には高さ三メートル程度の洞穴があった。それが、今回探索する洞窟の入り口だ。


「それじゃ、洞窟に入る前に最終確認だ」


 討伐に参加する人が洞窟の入り口前に集まると、ライルが声を上げた。

 今回はいつもの狩人のような動きやすい服装ではなく、丈夫さを重視した格好をしている。

 またいつもの弓も持っておらず、右手に石の手斧を持ち、腰には予備武器の棍棒と短剣、そして薬草などが入っている少し大きめのポーチを付けていた。

 他の村人もライル同様の装備で、佑吾を含む数人がそれらの装備に加えて、木製の盾を武器と反対の手に持っていた。

 この中で、異質なのがコハルとサチだった。

 コハルは武器や盾を持たない代わりに、丈夫そうな革のグローブを両手に付けていた。驚くことに、コハルは素手で魔物と戦うのだ。

 というのも、コハルは身体能力は高いものの武器の類が全くと言っていいほど上手に扱えなかったからだ。それを見かねたライルが、格闘術ならどうかと言って教えてみたら、これが非常にコハルに合ったようだ。

 サチの方は、コハルと違って魔法を主体に戦うようだ。

 腰に指揮棒のような木製の杖──ワンドと呼ばれる魔術師用の武器──を装備している。

 このワンドは、魔法を使う際に様々な補助を行ってくれるそうだ。


「事前に説明したように、三人一班とし、行動する際は基本的に二つの班が固まって行動する。班長は、班員がちゃんと居ることを逐一確認してくれ」


 コハルとサチの装備に意識が行っていた佑吾は、慌ててライルの注意喚起の方へ意識を戻す。

 今回の魔物討伐に参加したのは、佑吾たちを含めて全部で十二人なので班の数は四つである。

 最初は数が少ないのではないかと思ったが、洞窟の道はそれほど広くなく大人数で入ると逆に戦いづらくなるそうだ。

 ちなみに佑吾の班は、当然佑吾、コハル、サチの三人である。


「班員は何かを発見した場合は班長に報告し、班長は各々の判断で班員に指示をするように。それでは今から洞窟に入る、全員気を抜くなよ!」


 ライルの言葉に、全員が静かに頷く。

 そして、静かな足取りで洞窟の中へと進んでいった。


  ◇


 洞窟内は佑吾が思ったよりも広く、天井までの高さは大体三メートル程度、幅は大体五メートル程度で、さらに脇道が多くあった。

 ライルを先頭に、各班がなるべく離れないように気をつけながら、しらみ潰しに探索を進めていった。

 時折、三、四匹程度の弱い魔物の集団を発見するが、被害は数人が軽傷を負う程度で済み、難なく倒すことができた。

 道中、佑吾も黄蜘蛛ゴルパダ──硬い黄色の甲殻を持つ蜘蛛のような魔物──を棍棒で数匹倒し、コハルとサチもそれぞれ、コハルは自身の肉体で、サチは魔法で魔物を倒していった。


「ったく、思った以上に数が多いわね」


 サチが、やれやれといった具合にハァとため息をついた。

 そのサチがいる少し先には球体獣ボルログと呼ばれている魔物──ボウリングの球のような丸い体に小さな手足が付いた小型の魔物──が倒れており、火の魔法にやられたのか、プスプスと小さな黒い煙が上がっていた。


「そう──だねっと」


 サチのぼやきに、コハルが魔物に回し蹴りを叩き込みながら答える。

 回し蹴りを食らった骸骨獣ボーンドル──動物の骨などに魔力が蓄積されて動き出したもの──は、吹っ飛んで壁に叩きつけられ、激しい音を立てながらバラバラになった。

 蹴りを放った後も警戒していたコハルは、骸骨獣ボーンドルが動かないのを確認すると、構えを解いてサチの方へと近づいてきた。


「サチー、大丈夫? 怪我とかしてない?」

「私は大丈夫よ、それよりも──」


 サチが視線を横に向ける。コハルがそれにつられて視線を追うと、


「くっそ、この、ちょこまかと」


 視線の先には、魔物に苦戦している佑吾の姿があった。

 その佑吾の周りを、イタチのような魔物が洞窟の壁や天井を足場に縦横無尽に跳び回っていた。

 そして、前足に生えた爪で佑吾を執拗に引っ掻こうとしていた。

 佑吾もその魔物目掛けて棍棒を振り下ろすが、あまりにすばしっこいため佑吾の攻撃はかすりもしていなかった。


「こんのぉ!!」


 ちくちく引っ掻かれる苛立ちと焦りから、棍棒を大振りに振り下ろした。

 当然そんな隙の大きい一撃はイタチの魔物に当たらず、イタチの魔物は振り下ろす際に体勢を崩した佑吾の首元へと飛びかかってきた。


「佑吾避けて!」


 コハルの声に反応して、佑吾は何とか体を転げるようにしてイタチの魔物の攻撃を避けた。

 イタチの魔物の牙は空を切り、その隙にコハルが魔物へと駆け寄り、手刀で魔物を叩き落とした。

 ギャウと小さく悲鳴を上げながら、魔物は地面へと叩きつけられてそのまま動かなくなった。


「ありがとうコハル、助かったよ。イテテ……」


 尻餅をついた佑吾が、傷の痛みに顔をしかめる。

 大怪我こそ負っていないものの、小さな引っ掻き傷をたくさん付けられて地味に痛む。


「全く、なにあんなちっこい魔物に手こずってんのよ」


 サチが軽く悪態をつきながら、佑吾のもとへ来る。


「流石にその傷全部を治療するのは包帯が勿体無いわね。<初級治癒キュアル>使ったら?」

「ああそうするよ、<初級治癒キュアル>」


 右の手のひらを自分の胸に当てて、呪文を唱える。

 若緑色の光が佑吾に纏わり、体のあちこちに付いた引っ掻き傷を全て治した。


「すごーい! 魔法って本当に便利だね!」

「そうだな、使えるようになるまでは苦労したけど、それに見合う分だけの価値があったよ」


 コハルの素直な感想を受けて、佑吾がしみじみと言った。

 サチと違って、佑吾は<初級治癒キュアル>一つしか魔法を使えないが、その<初級治癒キュアル>を覚えるのにすら、佑吾は四ヶ月ほどかかった。

 ライルとサチの指導のもと何度も訓練を重ねて、初めて魔法が発現した時の感動は今でも思い出せる。

 ちなみにサチが最初の魔法を使えるようになるまでにかかった時間は、二週間程度なので、佑吾がいかに苦労したかが伺える。

 サチの魔法のセンスがズバ抜けている、というのもあるが。


「感動してるところ悪いんだけど、傷が治ったんならさっさと行きましょ」

「そ、そうだな」


 少し呆れた様子のサチに佑吾は慌てて立ち上がり、周囲の探索を再開した。

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