第4話 二人の少女
「ええ、その通りよ」
佑吾が、二人をそれぞれ指差しながら確認すると、黒髪の少女──サチがしっかりと頷いた。
「その、一緒に暮らしてた証拠、みたいな物あるかな? 何か覚えている事とかでもいいんだけど」
「はい! 私はよく佑吾が家に帰ってきた時に、お出迎えしてたよ! そしたら、佑吾も私のこといっぱい褒めて撫でてくれたよ!」
白髪の少女が尻尾をブンブン振り、ビシッと挙手しながら元気よく答える。
その様子を見て、佑吾は苦笑する。白髪の少女が座って尻尾をブンブンと降っている様は、まさに帰ってきた佑吾を玄関で迎えてくれたコハルの姿そのものだったからだ。
「あ、あとよく佑吾と一緒にお昼寝してたし、夜もお布団で一緒に寝てたよ」
「うっ……」
白髪の少女の言葉に、佑吾は赤面する。確かにコハルとはよく一緒に眠っていた──実際は佑吾が寝ているところにコハルが潜り込んで来ていたというのが正しい──が、綺麗な少女から「一緒に寝ていた」と言われるのは、何というか気恥ずかしいものがあった。
「それからほら、首輪! 佑吾がくれたやつ!」
白髪の少女が嬉しそうに、両手で自分の首辺りを指差す。
状況把握にいっぱいで気付かなかったが、確かにコハルの首元に見覚えのある黒い首輪が巻かれていた。その時、首輪に付いている名札のようなものを目にして、佑吾の目の色が変わった。
「ごめん! ちょっとその首輪見せて!」
「えっ? うん、いいよ」
佑吾は急いで白髪の少女に駆け寄り、首輪を引っ張らないように気をつけながら名札のようなものを手に取った。そしてその中から、金属のタグと文字が書かれた紙を取り出した。
「それ何?」
「これは鑑札と迷子札だよ。これを見れば、君達が本当にコハルとサチなのかが分かる」
「かんさつ? まいごふだ?」
コハルは鑑札と迷子札が分からないようで、首を傾げていた。
鑑札というのは、市区町村に飼い犬の登録をした際に発行されるもので、登録番号や県名などが記されている。
迷子札というのは、ペットが迷子になった時のためのもので、ペットの名前、飼い主の名前や連絡先などの情報が、記載されている。
つまり、その二つに佑吾たちの情報が記載されていれば、この二人は佑吾と一緒に暮らしていた犬のコハルと猫のサチで間違いないということだ。
首を傾げるコハルの様子を微笑ましく思いながら、佑吾は急いで鑑札と迷子札に書かれた情報に目を走らせた。
「……うん間違いない。どうやら君は本当に俺と一緒に暮らしていたコハルのようだ」
結果、鑑札の登録番号は佑吾が記憶していたものと一致し、迷子札には犬の名前の欄にコハルと書かれていた。更にその下には佑吾のフルネーム、住所、電話番号が記されていた。
「やったーーー!! 信じてくれたんだね!!」
そして白髪の少女──コハルが、嬉しさのあまり佑吾に抱きついてきた。
そう言えば、コハルは感情を全身で表現する子だったよなと、コハルに揺さぶられながら、佑吾は懐かしむ。
「それじゃあ、君の方も──」
「はい」
黒髪の少女の方を振り向くと、彼女は自分の首輪––––これも佑吾が見覚えのある白い首輪だった––––から迷子札を自分で取り出して、佑吾に手渡した(猫には鑑札の制度が無いため、迷子札しか取り付けていなかった)。
ありがとうと礼を言って、佑吾が迷子札に書かれている内容に目を走らせる。これに書かれている情報もコハルの時と同様に、佑吾が記憶していた情報と一致した。
「うん、コハルの迷子札と書かれているのは一緒だね」
つまり、黒髪の少女が佑吾と一緒に暮らしていたサチである事もほぼ間違いないだろう。ただ念の為、コハルにしたように記憶の方も確認しておいた方がいいだろう。
「一応、君が覚えている事を話してもらっていいかな?」
「そうね……。あたしは、あんたに拾われたのが最初の出会いよ。怪我をしているところをあんたに拾われて、そこから変な匂いのする真っ白な建物に連れていかれたわ。それで真っ白な服着た変な奴に体触られまくって、それが終わったらいきなりあんたに抱きつかれて、本当散々だったわ」
サチは、機嫌悪そうに佑吾との思い出を語ってくれた。
佑吾がサチと出会った時、サチが足にひどい怪我を負っていたので、慌てて病院に連れていったのだ。治療が終わった後、獣医から怪我は無事に治ると伝えられたので、嬉しさのあまりサチに抱きついてしまったのだ。
さらにサチが指折り数えながら、覚えている事を次々に挙げていく。
「あんたとコハルは、まあうざかったわね。毎日毎日、事あるごとにあたしに抱きついてくるし」
サチが腕組みをしながら悪態づく。この素っ気ない感じは、確かに猫だった頃のサチにそっくりだ。佑吾はそう確信した。
ただ、少女の姿で「あんたに抱きつかれた」と言うのは今後控えるように言った方がいいだろう。非常に照れくさいし、他の人に聞かれたら誤解を生んでしまう。
「うん、君も間違いなく僕の知っているサチのようだ」
動物が人間(尻尾と耳付きだが)になったなんて俄かには信じがたいが、彼女たちが、佑吾と一緒に暮らしていたコハルとサチである事は間違いないだろう。
「ええと……二人は何で人間になってるの?」
「んー……分かんない」
「分かるわけないでしょ」
「そりゃそうだよね……」
「そんな事より、ここはどこなのかしら? あたしたちが居たのはもっと薄暗い場所だったと思うんだけど」
サチが周りを見渡している。それに釣られて、佑吾とコハルも周りを見渡す。
佑吾たちが座っている所を中心に三メートルぐらいまでは、足首ぐらいの丈の草しか生えておらず、その先からは鬱蒼と木が茂っていて先が全く見えない。
どうやら佑吾たちは、森の中の、円形に開けたような場所に居るようだった。
ただ、何故こんな場所に居るのかは分からない。佑吾たちがさっきまで居たのは高速道路のトンネルの中で、こんな自然豊かな森の中とは似ても似つかない。
「……まさか、ここが死後の世界なのかな」
佑吾はトンネルでの事故のことを思い出す。あの状況から、自分が助かったとは到底思えない。自分は間違いなく、あの時死んだのだろう。
しかし今、自分は五体満足でここにいる。事故の怪我と痛みなどは、まるで夢だったかのように消えていた。一体なぜ、事故の記憶と現在の状態が違うのか、佑吾には皆目検討もつかなかった。
「狭い箱の中に入れられたから、外がどうなっていたのか分からないのよね。すごい音と衝撃がしたのは覚えてるんだけど」
「ドーンってなって、上からガンッガンッて、うるさかったもんね」
コハルとサチの会話を聞きながら、佑吾が自分の身に何が起きたのかを考えていると、突然佑吾の背後の方からガサガサと木の葉を揺らすような音が聞こえてきた。三人はピタッと会話をやめて、音がした方をじっと見据えた。
「……風の音か?」
「いいえ違うわ、明らかに何か居る。呼吸音と足音が聞こえる」
サチの猫耳が、ピクピクと何かを感じ取るように動いている。
「この匂い……動物、だと思う」
コハルが鼻をスンスンと鳴らし、匂いを嗅ぐような仕草をしている。 三人ともじっとしたまま、音がした方の茂みから目を離さずに警戒する。
やがて茂みを揺らす音が大きくなり、木の陰からぬぅっと姿を現したのは、体高二メートルくらいの黒い毛並みのイノシシのような獣だった。
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