間違って進み始めた歴史

【海に散りゆく桜の花①】

[194×年沖縄の小禄おろく飛行場滑走路上]



滑走路には航空機のエンジンの音が低く響いていた


一式陸攻いっしきりっこう四式重爆よんしきじゅうばく零戦ぜろせんや、零戦の後継機である紫風しふうなど様々な航空機が駐機している


しかし、その航空機の多くは発動機が動いてる状態だ


出撃命令が出れば、すぐに飛び立つ事が出来る


それに一式陸攻には、とある兵器が搭載されているのだ




それは特殊滑空機の桜花おうかである


敵の艦隊付近までは一式陸攻にぶら下げた状態だが、射程圏内に入ると切り離し、桜花に乗った操縦士が敵艦に向けて操縦桿を操作して体当たりする強力な兵器だ



桜花に乗った操縦士は勿論だが脱出出来ない


つまり決死の攻撃なのだ


しかし、この桜花は一式陸攻の搭載量ぎりぎりで、桜花を抱えた一式陸攻は回避行動どころか、飛行するのが精一杯である


何故かって?




桜花の全長の半分は爆弾だからだ


つまり爆弾の中に乗り込んで操作し、敵艦に突っ込む人間爆弾である


陸軍は恐ろしい非人道的な兵器を作ってしまった


しかし、上層部は一撃必殺の兵器として量産体制に入ったようだ


そして小禄飛行場には各地からかき集めた様々な航空機と、構造が簡単で量産しやすい桜花が集結していた


アメリカ軍がまもなく沖縄に上陸し、占領するという情報が既に入ってきている



「何としてでも沖縄を死守するのが帝国軍人としての責務である。たとえ最後の一兵になろうと、勇敢なる皆はここを守り抜く覚悟がある事だろう。もし銃が無かったら軍刀を、軍刀が無ければ己の拳で一人でも多くの鬼畜米兵を葬るのだ!」



飛行場には八雲やくも司令官の声が響いた


八雲司令官は元陸戦隊の隊長でもあり、今回は小禄飛行場の司令官に抜擢されたらしい


ここには航空機が400機以上、守備隊約500人、航空兵約1200人以上の兵力が駐屯するため、沖縄の中でも最大級の飛行場である


今は、いつ敵の機動艦隊が現れても良いように物資の貯蓄に追われていた



「上層部はどうかしている。あんな非人道的兵器を使用してまで、この馬鹿げた戦争に勝とうとしているのか」


「…とは言われましても、今更作戦の取り止めは難しいです」


「それに、軍部からは作戦決行の電報が届いてますし…」



小禄飛行場にある執務室では、八雲司令官の愚痴にため息を付く二人の男がいた

彼は今井いまい中佐で、小禄飛行場の海軍航空隊を取り仕切っている


もう一人は佐倉さくら大佐で、守備隊の隊長と陸軍飛行戦隊を取り仕切っている



「なら、二人は自分の部下達をむざむざと見殺しにするのか?」


「いえ…」


「そういうわけでは…」


「そうだろう。しかし、上層部は君達の部下を無駄死にさせようとしてるのだぞ」


「「は、はぁ…」」



二人は桜花を兵器として利用する事を別におかしいとは思っていなかった


大日本帝国が勝つにはそれしか無いと言われていたからだ



「良いか?人間は道具なんかでは無い。別に工場で生産なんて出来る訳が無いし、熟練の航空兵に育て上げるまでには金も時間も労力も掛かる。それなのに、育て上げた大切な航空兵をたった一回の攻撃で失わせるのか?馬鹿にも程がある」


「ですが、そこまでしないと我々日本軍は劣勢に立たされてしまいます」


「その通りです。それに桜花は一撃で敵空母さえ撃沈させ…」


「電報です!敵の機動艦隊が現れました!」



息を切らして執務室に入ってきたのは通信兵の野上のがみ中尉だった


どうやら米艦隊を発見したようだ



「そうか…しかし我が飛行場からの桜花による出撃を一切認めん。すぐに一式陸攻を雷装に兵装転換を行え。そして桜花を解体、全て放棄しろ。特攻など馬鹿げた攻撃は決して行なわない!」



その話を聞いて憤慨したのは第214海軍航空隊隊長である三浦みうら大尉だった


彼はその事実を伝えた今井中佐に詰め寄っていた



「何故、桜花による出撃を認めないのですか?」


「お前たちが貴重な搭乗員だからだそうだ」


「なら尚更、一撃必殺の桜花で敵艦に突っ込む役割は私たちの役目ではありませんか!」


「司令官の命令は絶対だ。私でもどうしようも無い」


「くそっ!」



三浦大尉はやり場の無い怒りに震える事しか出来なかった





しかし、この話には続きがある


小禄飛行場にある約60機の桜花は全て解体され放棄されたかと思われたが、実はそのほとんどが格納庫に残っていたのだ


第214海軍航空隊と、第87陸軍飛行隊である通称『しん』部隊は密かに、部隊の一式陸攻を航空魚雷から桜花に取り替えた


そして、桜花を搭載した両部隊の一式陸攻41機は直衛機ちょくえいきである零戦15機を連れて、八雲司令官などの制止を振り切り小禄飛行場を飛び立った




目標は米艦隊の殲滅だ


そして、桜花による戦果は敵護衛空母三隻撃沈、正規空母を一隻撃沈させ二隻撃破、一隻大破、駆逐艦を三隻大破に追い込むという大戦果を上げたのだ


それに対し、こちらの損害は一式陸攻18機に直衛機の零戦5機と比較的軽微である



ちなみに桜花は動作不良によって射出が出来なかった4機を除いて全て失った


残念な事に三浦大尉の乗機は撃墜されてしまい、帰還した第87陸軍飛行隊の隊長である希村きむら少佐以下の隊員が八雲司令官などにこっぴどく叱られたらしい


しかし、上層部はこの桜花による戦果を褒め、小禄飛行場に上層部から直々の祝電が送られて来るほどだった


桜花による攻撃が有効だと考えた上層部は、小禄飛行場に桜花搭乗員や桜花を含む多数の支援物資を秘密裏に建造した大型空母三隻と商船改造型の軽空母数隻で輸送する事を決定した


さらに大型空母や軽空母には桜花以外にも対艦用爆弾や特攻に使用する様々な機体が載せられた




とは言っても、沖縄は米艦隊が包囲していて近付く事でさえ難しかった


そこで、陽動ようどう作戦を取る事にした


まず、重巡洋艦と戦艦を中心とした囮艦隊を敵にわざと見つけさせる


そちらに気が向いた隙に駆逐艦などの護衛艦艇を含む輸送艦隊を沖縄に突入させるという、極めて成功率の低い作戦だ


しかしこれ以外に作戦が思い付かなかった上層部は、この作戦を決行する事にした




結果的に、作戦自体は成功するのだが、囮艦隊旗艦である重巡洋艦の妙高みょうこうを失ってしまう


輸送艦隊は無傷であり、輸送物資も全て陸揚げ出来たのだが、問題は沖縄から艦隊を脱出させる事だった



沖縄に突入するときは、囮艦隊が居たが今回は違う


護衛艦艇も駆逐艦数隻だけと心許ない


そこで、特攻作戦を早める事にして、輸送艦隊の道を作るという随分と馬鹿げた作戦が立てられた


小禄飛行場には陸揚げされた桜花約90機、その他に航空機が輸送されてきたものを合わせて約470機もの航空兵力が集められた



八雲司令官は特攻に反対していた事から、上層部に左遷されて新しく守矢もりや司令官が着任した


守矢司令官は、特攻作戦を推し進めていて今回の作戦にも積極的だった



そして、大規模な特攻作戦が決行された


桜花を搭載した一式陸攻52機以外にも、爆装した零戦46機に旧式の九七艦攻と九九艦爆合わせて24機、艦攻である天山てんざんが9機、艦爆の彗星すいせいが12機、その他に一式戦のはやぶさ18機と合わせて109機もの航空機が全て対艦用の爆弾をぶら下げて一式陸攻と一緒に小禄飛行場を飛び立った


護衛には零戦が27機、三式戦の飛燕ひえんが15機に紫電しでんが21機で紫電改が8機と合わせて29機、陸軍と海軍が共同開発した紫風が23機と合計で94機と充分とは言えないが、護衛が付けられた


ちなみにこの護衛の中には貴重な一人の女性操縦士の姿も見る事が出来る


彼女の名前は松田まつだ かすみと言い、階級は一飛曹いっひそう


第45陸軍飛行戦隊で女性エースパイロットとして名をせている


小禄飛行場に残った航空機は、発動機の故障で飛べなかったりして、四式戦の疾風はやてなどの飛べる機体は飛行場の防空に回された


合計で253機もの大規模な編隊が組まれる事は、これが最後になるだろう


しかし、その半分近くは自分の命を投げ出してまで、敵艦に突っ込むという悲しい現実が背景にある


飛行場から航空機が全機飛び立ったのとを確認すると、輸送艦隊も抜錨した




一方でアメリカ軍はその行動を見逃すはずも無く、輸送艦隊を殲滅すべく重巡洋艦六隻を中心とした打撃部隊を向かわせた

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同じ空は二度と飛べない 艦本式 @kan_hon_siki

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