第1話 勇者みたいなやつがきた


 例えばその日、俺はラーメン屋のバイトで疲れていた。


 例えばその日、俺は「このラーメン一杯と時給が同じなのか……」と悶々した感情を抱きつつラーメンを作っていた。


 例えばその日、俺は自分の人生なるものについて考え始めていた。


 そして、俺は草臥れたサラリーマンのような足取りで自宅アパートへと帰った。


駅近5分の1K。


6畳ほどしかない俺の部屋。


シングルベットと冷蔵庫とクローゼットとテレビと本棚が所狭しと並んでいた。


相変わらずつまんねぇ部屋だなと我ながら虚しく思いつつ、ベッドに腰を下ろしテレビのリモコンを手に取った。


 その時だった。


「こんばんわ、勇者です」


 一瞬、頭がフリーズしたね。しばし固まったあと声の鳴る方へ振り返ってみた。するとどうだろう。掛け布団から頭だけをひょっこり出した銀髪の女の子が、ジッと俺を見つめていた。見なかったことにした。


「疲れてんのかな、俺」


 気を取り直してテレビへと目線を戻す。今夜も相変わらずお馴染みのお笑い芸人たちがひな壇でトークをしている。普通だ。


「とりあえず、風呂に入るか」


「お背中流しますが」


「いや結構だ」


「なら頭を洗って差し上げますが」


「だから結構だ」


 いや待て。なにかおかしい。


「なに普通に会話してんだ、俺は」


 改めて、振り返ってみる。やはり銀髪の君は無垢な瞳を俺へ向けたままだった。掛け布団を剥いでみる。うん、なんかやっぱり女の子だ。


 艶やかな長い銀髪にエメラルドグリーンの双眸にきめ細やかな白い肌。


身長は推定140センチほどだろうか。えらく小さい。服装はなんというか、ファンタジー? 皮鎧に草色の肌着に橙色のスカート。


腰には銀ピカ鞘の剣を装備している。


総じて、俺の妄想から生まれたとしか思えない美少女がそこにいた。えらく様になったコスプレ女と呼べなくもない。


「どうも、勇者です」


「あ、ども。乾です」


 なに普通に自己紹介してんだ、俺は。

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