3-8 敗北

 巨人の一人は、無人と化した駐車場に来ると、そこに捨てられたままになっている車を拾っては投げ、拾っては投げた。投げられた車は巨人の心を表すかのように勝手気儘な方向にすっ飛んで行き、ある車はスーパーの中に突っ込み、またある車はビルの壁面に突き刺さり、またある車は家屋の上に落ちその家を屋根から押し潰してしまった。また、同じように投げられた一台のトラックなぞは走って逃げようとしていたある母子の間を掠め、一瞬の内にして子供から母親というものを奪い去ってしまった。

 ある巨人は己よりも高いビルを認めると、そちらの方へと歩いて行った。そのビルの中には逃げ遅れた幾人かの人々が、巨人が見過ごしてくれることを祈っていた。しかし、そのビルの前に巨人が立ち、両手を伸ばしてビルを押し始めた。ビルは大きな音を立てながら段々とたわんでいき、やがて根本から折れ、地面に倒れ込んでしまった。崩落するビル内部において幾人もの人々が机や戸棚といったものに押し潰されてしまったことは言うまでもなく、倒れ込んだビルの下敷きとなった家や、商店や、ビルの内部にも、命の断末魔がこだましていた。

 またある巨人は身をかがめ集合住宅の窓からその中を見た。ここにもやはり逃げ遅れた人間、隠れてやり過ごそうとしていた人間などがいた。ある部屋にはベッドに寝たまま管を繋がれている老人がおり、これなどは家族に見捨てられた例であろう。またある部屋には多くの模型に囲まれ祈っている男の姿があり、これなどは命よりも財産を捨てる事を軽蔑した例であろう。またある部屋には裸で抱き合いがたがたと震える男女の姿があり、逃げる間に愛が裂かれる事を恐れた例であろう。巨人はそれら一つ一つの部屋に向かって拳を突き立て中にいる人間を丹念に潰していった。

 路上の上で、車の間を縫いながら逃走を図る人間の一団を認めた巨人は手ごろな小さなビルをへし折りその一団目掛けて投げつけた。必死で街を駆けるその一団は何人いたであろうか、背後から迫りくる死の追手に気付くこともなく叩き潰されてしまった。彼らの痕跡をこの世に留めるのは、ビルと地面の隙間から染み出た血の河のみである。

 こうして数多のビルが押して倒され、数多の家々は倒壊し、数多の機械がスクラップとなっていった。やがて何処からともなく火の手が上がり、そこかしこに延焼していった。

 炎と巨人の破壊の手が瞬く間に都を焦土に変えていった。逃げ惑う人々はやがて何処かへと消え去り、後には静寂と巨人達の存在だけがそこに残っていた。

 Cは思い知った。愛もまた救いとならないことを。あの集合住宅の中にいた裸の男女などは最もそれに近かった筈である。しかし、彼らのその最期の表情は、幸福の色など何処にもなく、ただ恐怖ばかりがあるのを、Cは遠目にもはっきり認めたのである。

 Cの思考は完全に停止した、巨人の足元に横たわる瓦礫の街のように。幾ら目を瞑ろうと、何らの景色も浮かんではこなかった。

 Cの理性は、最早働くことを拒否し、ただ二つの文字、即ち敗北の二文字のみを示していた。

 そして、巨人達の頭上に一本のミサイルが現れた。


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