3-6 愛

「もういいだろう。」

 巨人はCを手で庇うのを止めた。

 Cの目に地上の光景が飛び込んできた。潰されひしゃげてしまった戦車、あらぬ方向に折れ曲がった野戦砲、そして原型を留めぬ人間の破片。そこら中から火の手が上がり、血の川が出来ている。これぞ神に挑んだ巨人の力、人間が僅か数千年の間に築いた文明等儚いもの、我ら人間等、おお我ら人間等――。

巨人達は元通りの隊列に戻り再度行進を始めた。最早彼らを止める者等いない。巨人達は山を越え、川を跨いで悠々と進んでいった。

 何という無力、何という無力か。人の力はここまで、ここまで陳腐なものであったのか。過去にも、そして未来にも救いはないのか、それならば、この今に救いはあるのか、無力なる我らに、不条理に喘ぐ我らに救いはあるのか。人の世に何が残されているというのか。おお、それでもなお! Cの肉体を破壊から逃したもの! それは巨人達の愛ではないか。大いなる友情、大いなる愛。数多の銃弾を防ぎ、砲火を防ぎ、Cの肉体を守り通したのはそれ即ち愛ではないか。

 愛、愛あればこそ。Cは再び過去を回想し、愛の在りし日を思い返した。数多の抱擁、無限の承認、価値無き、果てしなく弱き自分に向けられる無限の肯定、愛あらば、愛さえあれば我らは救われる。そう、この現世においても!

 愛こそ、愛こそが救い、過去でも未来でもない、愛こそが救いなのだ。

「友よ。」

 Cは巨人に向かって言った。

「我らの救いは愛である。愛によりて我らは救われよう。愛こそが不条理を打ち砕く力を持つのではないか。」

「次なるは愛か。否、我らは信じぬ、愛の力など決して。大いなる不条理は愛さえも押し流すのだ。お前が一人で我らの元に来たことこそその証明、愛に強固なる力など存在しない。」

「いいや、それでもなお、我らの救いは愛なのだ。愛を持ってその破壊の手を止めよ、愛を説くのだ、それこそ救済への道となろう。」

「友よ、ならばあの時より幾年が経ったのか。愛が説かれてから何年の月日が経過したのだ。おお、停滞しきった人類、愚かなる人間達よ! 我らは愛の終わりを告げに来たのである。黙って見ているがいい、この旅の終わりが見えてきた。」

 Cの目に、巨大なビルの群れが映った。あれなるはこの国の首都、幾千年の果てに人々が築き上げた栄華と繁栄の象徴である。

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