第5話

莉乃は青ざめて声のする方を見た。彼女と同じ年頃の男児が3人、ニヤついて立っていた。彼女の体がみるみるこわばっていくのが鳳龍にもわかった。ちょっと首を傾げて、様子を見ることにした。

「な…に…?」

精一杯の強がりを口にした。そんな彼女の声をかき消すように腕を組んで真ん中に立つ男児は鼻で笑うように言った。3人の中では一番体格がよい。その体と五分刈りにした頭を一緒に見ると中学生か高校生に見えかねない。片側に背負うランドセルが小さく見えた。

「帰りの会が終わった途端にいなくなったと思ったら、こんなところで逢引かよ。お前もやっぱり女だよな〜。彼氏に助けを求めたか」

「こわ〜い!助けて〜!って」もう1人が女っぽい仕草をしながら野次った。

「もう私、耐えられない〜」

「かっ、彼氏じゃないし、そんなこと言ってないわよ!」

莉乃は祈っていた手を解くとランドセルのベルトをぎゅっと握りしめた。

「おーおー、顔真っ赤にして怒るあたり、図星か」

鳳龍はやりとりを聞いて、怪訝そうな顔をした。おおよその見当はついた。莉乃は彼らに日頃からいじめられているのだと。身に覚えのない嫌がらせをされているのだと。彼女の両膝にあった怪我は転んでできたものではない。おそらくは転ばされてできたものなのだ。きっと、

「勝手なこと言わないでよ!」

「勝手かどうか決めるのはお前じゃない!俺らだ!」

「そうだ!お前なんか泣いてればいいんだよ、このブス!」

「いつもみたいに泣けよ!」

「ほらっ!泣け!」

1人が近ずいてきたかと思うと莉乃の前髪の毛を力一杯引っ張った。彼女は下を向かされた。

「痛!」

「ごめんなさい!嘘です!って言えよ。そしたら許してやるよ!」

莉乃は前のめりになって、膝をついた。

「いやいや、どこまで保つか賭けない?」

「あ、それいい。当たったヤツがジュースおごるっていうのは?」

「いいね〜。乗った!」

その言葉を聞いた鳳龍が音もなく莉乃の髪の毛を握った男児に近づき、その手首を右手で握った。握ったままゆっくり莉乃の体を起こしてやった。

「! フェイくん?」

「……」

鳳龍は何も答えず男児の顔を見つめていた。

ぐっと握る手にさらに力を入れた。あまりの痛みに彼は手を離さざるを得なかった。手が離れると同時に、鳳龍は男児と莉乃の距離を離し、彼女を自分の背後に下がるようにと促した。

「痛えな!なんだこいつ」

掴まれていた右手を左手で抑えながら、2人のところに戻ってきた。鳳龍に掴まれた手首にはくっきりと指の跡が残っていた。

「お?ついに彼氏がキレて助けに入ったぁああ!」

「いいねぇ、いいねえ。この展開ー」

「なんかムダに楽しくなってきましたね」

騎士様ナイトが動いたんじゃ、みんなでお相手しないと失礼だろう?」

「じゃ、遠慮なく」

そう言うと3人は背負っていたランドセルと側に投げ捨てると鳳龍を取り囲んだ。両腕を拳に変え、構えをとった。当の鳳龍はちょっと俯いて前髪で両目を隠した。構えを取ることもなく、両手をだらりと下げたまま、ゆっくりとした呼吸を続けていた。

「フェイくん!」

「莉乃…ちゃん、、そこから動いちゃダメだよ」

とても静かに落ち着いた声で彼は言った。

「フェ…」

莉乃は後に続く言葉を失った。

「僕は大丈夫だから。いいね…。」

それがいい終わるか言い終わらないうちに、五分刈りの男児が最初の一発を鳳龍の腹部に放った。ドスッ!と重たい音がした。莉乃は両手で顔を覆った。見ていられなかった。自分をかばって割って入った鳳龍が代わりに殴られるなど信じられなかった。

もう1人が彼の足にタックルし、石畳の上に転がした。ザザーっと彼の体が大きくスライドし、莉乃のそばから離れていった。残った1人が足蹴りを何度も繰り出した。鳳龍は腕をクロスさせて、顔の前に置き、体をくの字にして、防御体制をとった。3人の男児は楽しそうに笑いながら、まったく抵抗しない鳳龍をサンドバックさながらに暴力を振るい続けた。

「やめて!もうやめてよう!」

莉乃は泣きながら叫ぶしかできなかった。

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