第4話
ランドセルのベルトに両手をかけ、その重みと自分の気持ちの重みの両方を背負ったまま、莉乃はさえない顔でとぼとぼと歩いていた。
学校は予定通り6校時で終わり、帰り足だ。だが、その歩みはようとして前へ進まなかった。
(今頃、フェイくん何してるかな?)
夕食を一緒に食べた鳳龍は、翌日の朝には莉乃の家を後にした。来た時と同じく、礼儀正しく、丁寧に莉乃の母親にお礼を述べて去っていった。
鳳龍と楽しく過ごした夜のことを思い出した。彼の話す外国の話には目を見張った。自分とそう変わらない年齢のはずなのに世界中を飛び回っているらしい。おまけに、大食漢。あの小柄な体のどこにあれだけの量の食事が入ったのか。莉乃の母親は、鳳龍が男の子とあってかなり多めでご飯もおかずも準備した。にもかかわらず、彼はそれはもう美味しそうに、満面の微笑みで、頬にご飯粒をつけながら、ペロリと完食したのだ。そのスピードは莉乃がご飯茶碗1杯を食べる間に4杯というスピードだ。それにはさすがに母親も驚いたようだった。
うれしそうに、また困ったように微笑みながら『男の子の食べっぷりは見ていて気持ちがいいわね!こんなに美味しそうに食べてくれるなら、もっと準備すればよかったかしら?』と言った。
その言葉を聞いた鳳龍は、真っ赤になりながらかしこまって、平謝りしていた。
『ご、ごめんなさい!莉乃ちゃんのお母さんの作ったごはんが美味しすぎて、止まらなくなってしまいました』と。
頭を何度も下げたので、それに反応するように、後ろで編んだ三つ編みがぴょんぴょん跳ねて見えておもしろかった。食卓に笑い声が響いていた。
「うふふふ(๑・̑◡・̑๑)」
莉乃は堪えきれずに、思い出し笑いをしてしまった。ひとしきり笑うと、ふう〜っと短いため息をついて、再び重い足取りで歩き始めた。
しばらく歩くと風にはためく何十というのぼりが見えてきた。神社の参道に沿って、両側に置かれたのぼりだ。白いのぼりには黒い墨字で「勝負の神」と書いてあった。莉乃は、ある「お願い」を胸にお参りをしようとその参道のトンネルを抜けていった。
赤い鳥居が見えてきた。そこをくぐると、次はどっしりとした木製の山門が見えてくる。社殿に着くまでに3本のご神木のそばを通らねばならない。その3本のご神木はいずれも樹齢200年以上経っている立派なものだった。人が2〜3人で手を繋がないと幹全体を囲めないほど太い。
ガラン、ガラン、ガラン、と色鮮やかな鈴緒を大きく左右に振り、銅製の本坪鈴を鳴らした。大きな音が静かに静まり返った境内に響いた。境内には莉乃以外に人はいなかった。いつも観光客でいっぱいになっている神社にしては珍しいことだった。二礼二拍手一礼をして、目を閉じて長い時間手を合わせて心の中で祈った。両手を合わせ、両方の人差し指が唇に触れていた。「沈黙」という言葉が、ずっと聴こえていた。
と、
「あれ?莉乃ちゃん?」
莉乃の目がびっくりして見開いた。聞き覚えのある声だった。声のする方を見上げると、社殿の横にある大銀杏の木の枝に寄りかかっている鳳龍がいた。彼は銀杏の葉をくわえたまま、腕組みをしたまま、くの字に曲げた足だけでぐるりと一回転して枝にぶら下がった。彼の長い三つ編みの黒髪が重力に引かれて垂れ下がった。
「どうしたの?神社にお参りなんて」
「どうしたの?はこっちのセリフよ。フェイくんこそどうしてここにいるの?」
「いろいろと思うところがあってね」
にっこりと優しい笑顔を莉乃に向けた。その笑顔があまりにも眩しすぎて、ドキッとしてしまった。鳳龍はぶら下がった体に反動をつけるとまた一回転して、枝を飛び越えると体をひねりながら地面へと降り立った。枝と地面との間は2〜3mといったところか。その姿を莉乃はまるで体操選手のようだと思った。
「よっと!」
「きゃっ」
あまりにも高さがありすぎて着地が失敗するのではないかと思い、声を上げてしまった。
「そんなドジなことはしないよ」
銀杏の葉をくわえた鳳龍が莉乃の横に立った。彼女は目を丸くする以外になかった。昨日と変わらない姿。チャイナ服を来た鳳龍が目の前に立っていたのだから。自分に優しく接してくれた鳳龍が。
「ひざの絆創膏に血が滲んでいるね。大丈夫?莉乃ちゃん?」
「え?あ?うん。昨夜はズキズキしたけど、だいぶ平気」
「そう、よかった!ちょっと気になっていたんだ」
「気になってた?」
「自分で転んでできた傷じゃないでしょう?両膝、しかもほぼ同じ場所が傷になるなんて変だ。人間は何かにつまずいて転べば必ず防御機能が働いて、手が前に自然と出るんだ。傷の様子を見るとそんな感じもしない」
「それは…」
「莉乃ちゃん、なんか困ってることがあるんじゃない?」
「……」
「僕でよければ、」
そのあとを言いかけた鳳龍の言葉を誰かが大声で遮った。
「昼間っから彼氏とイチャイチャなんてな!なあ、松本ぉ〜?いい度胸してんな、お前?」
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