第一節 ◆遺跡保護区禁域地帯アリオト/プロメテウス遺跡

 元エリュシオン領、遺跡保護区禁域地帯アリオト。

 過去の大戦にて爆心地となったここアリオトは、いまや荒野と化していながら、敵国エリュシオンが残した数々の建築物がほぼ当時と変わらぬ姿を保つ。

 一体どのような建築技術だったのかは、戦によって闇に葬られたものの、アリオトを人ひとり残さず一夜にして滅ぼしたユピテル帝の粛清兵器「ケラヴノス」を乗り越えてみせた稀有な場所だ。

 戦争における負の遺産——戦争遺跡群として、この地は国によって保護区に指定されている。

 そんな残照が映えるこの物寂しい荒野に、土煙が舞い上がる。かつての街道だった広い道を、馬と共に駆けてきた十名程度の小部隊がプロメテウス遺跡に集結した。

 そのうちのリーダーと思しき一人が馬から降りる。きびきびとした足取りの、鋭気に富んだ体格の良い青年。メラクの民に多い、暗めの金髪と茶の瞳。砂埃で曇った黒色の鎧の上に浅葱色の羽織をまとっている。青年は周囲に誰もいないことを確認すると、左右対称二本の円柱が構える入り口へ赴き、遺跡内に潜んでいた人物になるべく小さな声で話しかけた。

「……閣下」

「アケルナルか」

 遺跡より現れたのは、白髪交じりの金髪に赤銅色の瞳を持つ壮年の男。


 ——叛逆者、ザウラク公。


 大柄な男は、穏やかで芯のある声とは裏腹に、ろくに眠れていなかったのか。以前より顔が窶れており、眉間の皺がこれまでの苦労を物語る。

 彼らは互いに眼で頷いた後、アケルナルと呼ばれた青年は、着ていた浅葱色の羽織を脱ごうと襟に手をかけた。

 しかし、それをザウラクの背後から制止する者が現れる。

「待たれよ、アケルナル部隊長殿。未だ油断は禁物なれば」

「カノープス部隊長……! 貴方もご無事で!」

 ——年配の老将、カノープス。

 白く褪せた髪と、口にたくわえられた髭。

 古い無数の傷跡と顔に深く刻まれた皺が、手元の蝋燭の灯りで鋭い輪郭と共に浮かび上がった。こうして見ると年相応の貫禄があるが、伸びた背筋からはなかなか老いを感じさせない老人だ。彼は、既にアケルナルよりも先にザウラクと合流していたようだった。 

「我々は皇帝にとって反逆者。……いつ、命を狙われてもおかしくはない。ゆえに、まだそれを脱ぐのは先ですぞ」

「我輩が皇帝の暗殺に失敗したばかりに……。——迷惑をかける、二人とも」 

 謝るザウラクに対し、アケルナルは静かに首を横に振る。

「とんでもない……! 我らは貴方様の義と信念に同じ志を抱いたのであり、自分自身の意思でついてきたまで」

「左様、アケルナル部隊長殿のおっしゃる通り。この老いぼれ、行き着く先がたとえ荒野であろうとも。……ザウラク閣下、最後まで御伴いたします」  

 にこやかに微笑むアケルナルとカノープスに、ザウラクは強く頷いた。

「まあ、実際に我輩たちはこうして荒野にいるわけだがな」

 口元が緩んだ。

 ——こうして笑えたのはいつ以来か。

 ふと外に目をやるザウラクは、荒涼とした大地を見渡すうちに、何とも言えない不安が胸に押し寄せてきた。

 ……世の中はとっくに春だというのに。

 ——このアリオトには大地を彩る草花も、春の訪れを謳う小鳥のさえずりも、暖かさに浮かれて賑わう民衆の姿も無い。ただ無人の廃墟たちの間を、時折吹く風の音が物悲しく響く。

 この色彩のない土地だけが、すっぽりと時間が切り取られていた。 

 ”——輝かしい栄華を極めた大国でさえ、やがて向かえた末路がこれか。” 

 ザウラクはおもむろに腰へ手を伸ばす。

 ……亡き妻が愛馬の革帯。愛おしそうに、御守り代わりのそれにやさしく触れ、無常を嘆く。

 

 ザウラクは、自分がこれから成そうとすることへの覚悟の揺らぎと決別した。

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