9: SUZUKI GN50E 下
「ふう……やっと終わった」
土曜の早朝、午前五時。
有川内紀は、深夜道路工事のバイトを終えて愛車GN50Eで家路に着いていた。
「この半年、キツかったなあ……でもこれで目標額に届いたし、ようやく中免を取りに行ける!」
あの軽井沢経由松原湖ツーリングから半年。
内紀は必死のバイトにて中型限定二輪免許――略して中免の取得費用と、中型バイクの購入費用を稼ぎ出す事に成功したのだ。
深夜の道路工事アルバイトは確かにキツかったが、他のバイトに比べて収入額が格段に良い。実際、内紀はこの半年でギリギリ三桁に届く程度の額を手に入れた。
「中免費用が10万……いや、一応時間オーバーも考慮して12万として、バイク購入費用に80万は使えるか。バイクはやっぱRZ350かなあ。でも、
内紀が傾倒する漫画『我が名は
GN50Eと言う原付アメリカン・バイクで幕を開け、Z400LTDIIと言う中型4気筒アメリカン・バイクで幕を下ろした『我が名は狼』。
主人公・
「まあ、とりあえずは上野で実車見て考えるか。それよりも……これで、堂々とあのペンションに行ける……」
内紀は苦い思いと同時に、舌に残った味も思い出す。
そう、軽井沢駅前で出逢ったマリアンヌとの顛末の後、辿り着いた松原湖畔のペンションで起きた出来事。
内紀にとって、思い出したくも無いあの記憶。
だが、その中に残ったあの味を
「中型バイクを手に入れたら、またあそこへ行こう……」
そう呟きつつ、内紀はしばしあの時の記憶を辿った。
「お、ここが予約したペンションだな」
軽井沢駅前で出逢った金髪美少女、マリアンヌを旧三笠ホテルまで連れて行くために原付である愛車・GN50Eにタンデムした数分後、ものの見事に捕まってしまった内紀。
反則金と免許減点はもちろん、マリアンヌを乗せての軽井沢ランもお釈迦となり這う這うの体で走り出した後、なんとか気を取り直してツーリングの最終目的地である松原湖畔のペンションに辿り着いた。
「さて、美人の三姉妹でも居ないかな?」
内紀が傾倒する漫画作品である『我が名は
内紀が予約したこのペンションにも、友人知人などの口コミから数人の美人アルバイトがいるらしいという情報を得ている。
だが、それも飽くまでも彼らが訪れた時の情報であり、内紀が宿泊する今日現在はどうなっているかは解らない。
この時代、インターネットなどは存在しないので、そう言った口コミか旅行情報誌くらいしか参考になるものは無かった。
ただ、それは不便なだけではなく、むしろ面白い宿や人との予期せぬ出会いが有ったりもした。
ネットにより詳細な情報や口コミが自室にいながらあっという間に手に入る現代とは、また違った楽しみが有ったのだ。
「とりあえずチェック・インするか」
内紀はペンション前に立てられている
『オートバイはこちらに停めて下さい』
と書かれた白樺で出来た看板の付近にGNを停め、ザックから財布を取り出した。
午後3時ちょっと過ぎと時間が早いせいか、まだ他の客のバイクや車は居ないようだ。
白いペンキで塗られたペンションの玄関ドアを開くと、取り付けられたカウベルがからんころん、と長閑な音を奏でるが、玄関に設えられたカウンター内には誰もおらず、近くに人の気配もしない。
「すみませーん!」
内紀は少し大きめの声で、奥に向かって呼び掛けてみる。
「はーい!」
と、直ぐに女性の声で元気な返事が返って来て、パタパタとスリッパの音を響かせつつ階段を降りて来る音がして。
「こんにちはー! お泊りの方ですか?」
姿を現したのは、妙齢の美女。
齢は20代後半から30代前半くらいだろうか、ボブカットにした黒髪と勝気そうな釣り目、そしてエプロンを押し上げる豊かな胸が印象的な美人さんだ。
「はい、予約した有川ですけれど」
「あーはいはい、有川さんですね! 承ってますよ!」
女性はにっこりと微笑むと、カウンターの中に入って宿帳を取り出した。
「ここに住所とお名前、電話番号を書いて下さい。もし良ければ何か一言書いて下さいね!」
「あ、はい」
差し出された大学ノートには、昨日までの宿泊者の名前や住所、電話番号と共に宿泊者が書きこんだ一言コメントがズラリと並んでいる。内紀がパラパラとページをめくると、中には1ページ使ってイラストを描いている者までいた。
(うーん、何か気の利いた事でも書きたい所だけど……
内紀はそんな事を考えてみたが、狼はペンション側の人間であるので宿帳を書く状況など無かったし、女の子とイチャコラするのもペンションの部屋がほとんどだったので何も思いつかない。
結局、内紀は名前と住所と電話番号をちまちまと書き込んた後、何を思ったか『狼見参!』と意味不明な事を書いて女性に渡した。
「では、料金をお願いしますね。一泊二食で、6500円になります」
内紀は財布を取り出し、7000円をキャッシュトレイに置く。
「はい、では500円のお返しになります。お部屋は2階の『白樺』で、これがキーです。お出かけの際もキーはお持ちになって頂いて結構ですので。あと、ロビーに置いてあるコーヒーとか紅茶はご自由に召し上がってくださいね!」
「はい、お世話になります」
女性の元気な対応に少々押されつつも、内紀は微笑み返してキーを受け取った。
「では、ごゆっくり! あ、夕食は6時からですので、遅れないように食堂に来て下さいね」
そう言って、女性はパタパタと二階へ上がって行く。どうやら、まだ掃除の途中のようだ。
「とりあえず、荷物置いてその辺少し走って来るか」
内紀はGNから荷物を降ろして部屋に運ぶと、部屋の鍵と財布だけを持って再びGNで走り出した。
「湖に行ってみるか」
内紀はペンションからほど近い、松原湖のほとりへとハンドルを切る。
数分も走ると、美しい風景を見せる松原湖畔に辿り着いた。
「うん、漫画の雰囲気そのままな感じだ!」
『我が名は狼』の作中で見た覚えの有る風景に、内紀は感無量となる。
――今、俺は『我が名は狼』の舞台となった場所に居るんだ……
湖のほとりにGNを停め、内紀はしばらく風景を眺めつつ自分に浸った。
と、賑やかな排気音と共に、数台のバイクが内紀の後ろを走り去っていく。
我に返った内紀が振り向いてその後ろ姿を確認すると、車種は国産の中~大排気量車のようだ。
「俺も早く中免取って、RZ350かZ400LTDⅡを買いたいなぁ……」
世間一般の大学生がそうであるように、内紀の懐も決して豊かではない。
また、中型バイクが欲しいから免許取得費用とバイク代を出してくれなどと実家にお願いしようものなら、恐怖の姉たちからどんな目に遭わされるか解ったものでは無い。
「……東京帰ったら、バイト頑張るか」
内紀は前向きに考えると、そろそろ戻ろうかと愛車GNに跨った。
内紀がペンションに戻ると、駐車場には数台のバイクが停まっている。
「VTにCB250RS、GPz250……これは女の子かな? あとはXJ400DにZ400GP、CBX400FにCB750F、これは1100……いや750カタナか」
さっそくバイクチェックに勤む内紀。
カタナには、本来750には無いスクリーンとチンスポイラーが着いており、アップ・ハンドルではなくセパレート・ハンドルだったので一瞬1100かと思ったのだが、メーターを見ると180Km/hスケールであったので750と判断出来た。
しかし、それよりも……
「と、こ、これは……!?」
だが、停められているバイクの中に、一際目を引く1台が有る事に気付きゴクリ、と唾を飲む。
「これは……CB1100R!!」
そう、そこには国産モーターサイクル、いや外国車を入れても間違いなくバイク・ヒエラルキーのトップに立つモデル。
ホンダ・CB1100R-Cが堂々と鎮座していたのだ。
1980年代、国内では750㏄以上のモーター・サイクルは正式に国内販売が出来なかった。世界最大・最高峰の二輪車生産国である日本であるにも関わらず、だ。
それはクソくだらない政府や役人どもの、クソくだらない自主規制強要によるものであった。
しかし、それでもオーヴァー750を求めて止まないライダーたちのために、日本国内で製造されたモーター・サイクルを一旦海外へ輸出し、そこから日本へとんぼ返りさせる逆輸入と言う方法で国内に供給する業者が現れてからはほぼ有名無実化したのだが……
その代償として、逆輸入車はかなりの高価格で取引される事となったのだ。
もちろん、その手間暇を考慮すれば、決して業者が暴利を貪っていたという訳ではない。だが、もし正式に国内販売されていれば、数割は安く提供出来たはずである。
もっとも、そうなれば今度はやはりクソッタレな国内馬力規制などで本来の魅力を削がれてしまい、結局は逆輸入車が求められるようになるのは、40年後の現代でも変わらないのだが。
そして、そんな逆輸入車の中でも、元々の価格が高かったCB1100Rシリーズは、今よりも貨幣価値の低かったこの時代においても300万円を優に超えるプライスタグを着けられており、まさに高値の華と言うべき存在であった。
「スゲェ……実車なんて上野で飾ってるのしか見たこと無いぜ」
内紀はため息を吐きつつ、CB1100Rを眺める。
耐久レーサーRCBの技術をフル・フィードバックされて造られたその車体にはある種のオーラが漂い、他のバイクたちとは一線を画する雰囲気を持っている。
「……とりあえずはそろそろ夕食だろうから、戻らないとな」
しばらく見惚れていた内紀だったが、ペンション内から聞こえて来る賑やかな声に我に返り、CB1100Rのオーナーと話が出来たらいいな、などと考えつつ玄関のドアを開けた。
「それでは、本日のメニューを説明します」
この当時のペンションは、色々とこだわりのあるオーナーによって経営されている事が多かった。内紀が泊まったこのペンションは、オーナーが元々フランス料理のシェフだったという事で、夕食はフルと言うほどではないがコース料理が供された。
メイン・ディッシュのニジマスのパイ皮包みの美味さに驚きつつ、内紀は満足感に溢れた夕食を終え、一旦部屋に戻り休息し、風呂に入ってから談話スペースに足を向ける。
そこには既に先客が溢れており、楽しげに談笑していた。
「こんばんはー」
賑やかな空間に一瞬気後れした内紀だったが、雰囲気に負けじと挨拶をしつつソ開いているスペースに座る。
この談話室は絨毯敷きとなっており、椅子やソファなどは置かれておらず、テーブルもロータイプのもので、床に直接座って寛ぐタイプの部屋であった。
「こんばんはー!」
「どうもー」
先客も全員が内紀に向かって挨拶を返してくれ、内紀は内心でホッと息を吐く。
この状況で無視でもされたらいたたまれないものがあるが、そんな事態にならなくて幸いであった。
「何か飲みますかー?」
「あ、すみません。じゃあコーヒーを」
と、部屋の奥に座っていた女性から声を掛けられて咄嗟に応えると。
そこには、先ほど受付をしてくれたスタッフと思われる美人がにこやかにほほ笑んでいる。
「お砂糖とミルクはどうします?」
「あ、ブラックで」
本来ならば甘党の内紀は砂糖もミルクもたっぷり欲しいのだが、ここはカッコを付けてブラックを所望した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
湯気を上げるコーヒー・カップを女性から受け取った内紀は、カッコを付けて静かにコーヒーを飲む。
かつて、学生のたまり場となっている喫茶店で、熱々のコーヒーに無造作にくちを付けて
「あっちちっちちちち!?」
となり、友人たちの爆笑を受けてから散々練習したその所作は中々堂に入っており、内紀に視線を飛ばしていた数人の女性にちょっとイケてるかも、と思わせる事に成功していた。
「君もバイクで来たのかい?」
と、一人の男性が内紀に声を掛けて来る。
齢の頃は30歳前後だろうか、19歳の内紀からすれば充分大人な雰囲気を漂わせた男だ。
「ええ、バイクです」
現代的感覚で言えば、年齢差が有るとはいえ、初対面の人間にタメ口で声を掛けるなど失礼というものだが、この当時はそれほど珍しくも無い。
もし
「あんたに答える義務はないね」
などと言いそうでは有るが、内紀は律儀に答えるしかない。
「そうか、僕たちもクラブのツーリングで来ていてね。僕はCB750Fに乗ってるんだ。」
男は少し酔っているようで、上機嫌で語り出した。
「こっちの
自慢げに話す男の向こうでは、苦笑する女性メンバーの1人が内紀に向かって拝むようなジェスチャーを向けている。
それは、語り出した男性の事を詫びているのだろう、と判断した内紀は手を振りつつ苦笑を返した。
そのまま、しばらくは男の語るクラブの活動だとか、ツーリングの心得などを聞かされる羽目にはり、内紀は内心閉口しつつもコーヒーを飲みながら話を聞く。
「……という訳で、君も良ければウチのクラブに入らないか?」
すると、一応ちゃんと話を聞いていた内紀に気を良くしてか、男がそんな事を言い出した。
だが、まさに名の通り一匹狼である
気心の知れた友人たちとたまにグループ・ツーリングする程度ならまだしも、月一回の定例ツーリングだの、土曜の夜のミーティングだのに半ば強制的な参加を強いられるのはまっぴらごめんだ。
しかし、ここであまりにもはっきりと断ると角が立つかもしれないと考えた内紀が、
「考えておきます」
という日本人らしい消極的な拒否回答をしようとした時。
「中原くん、ちょっと待った」
それまで、静かに缶ビールを口にしていた一人の男から待ったが掛かった。
「あ、
すると、それまでは偉ぶったともいえる態度で内紀に話をしていた男――中原と言うらしい、が、コロッと態度を代え、愛想よく振り返った。
「うん、新しいメンバーを入れるのは別に構わないんだが……そこの彼のバイクがなんだか確認したのかい?」
「え? あ、そう言えばまだでしたね」
その瞬間、内紀は嫌な予感がした。
この流れはまずい。そう感じた内紀は、クラブへの勧誘をすぐに断ろうとしたのだが……
「彼のバイクは、原付だ。悪いけれど、僕たちのペースについて来られないだろう」
時すでに遅く。満金から、内紀にとっては侮辱とも思える言葉が吐き出された。
「原付というか、GN50Eですけど……」
止せばいいのに、愛車GNを貶されたように感じた内紀はつい余計な事を口走ってしまう。
「だから、原付だろう? ちなみに僕はCB1100Rに乗っているんだが……今回みたいに女の子も同行する場合はペースもそれなりに抑えるけれど、さすがに原付がついてくるのは無理だろう。高速道路を使う事もあるしね。まあ、ウチのクラブに入りたければ最低でも250㏄以上のバイクに乗り換えてからにしてくれ」
ある意味、満金の言葉は親切心から来ていると言える。
しかし、今の内紀にとっては侮辱の言葉にしか聞こえなかった。
「あー……誘っておいてなんだが、確かに満金さんの言うとおり原付だと厳しいかな……」
先ほどまでの勢いはどこへやら、中原も頭を掻きつつそんな事をのたまい。
クラブメンバーらしき女の子たちも、気まずげに内紀から視線を逸らす。
「別に、俺からクラブに入れてくれと言った訳じゃないですから構いませんよ。じゃあ、俺寝ますんで」
内紀はそう言い捨てると、微妙な空気が漂い始めた談話室から退出して自室へと戻る。
そして、悔し涙で枕を濡らしつつ、静かに眠りについたのだった。
翌朝、午前5時ジャスト。
内紀は荷物をまとめると、静かに玄関のドアを開けて愛車GN50Eに跨る。
昨晩受けた屈辱に、未だ心はシクシクと痛んでいるが、爽やかな高原の朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、少しは癒されるような気がした。
「行くか……」
ペンションの受付には、鍵と一緒に『用事を思い出したので帰ります』と書いたメモを残して来ている。
朝食を食べないのは勿体無い事この上ないが、あの連中と顔を突き合わせてのほほんと食事ができるほど内紀の神経は太くなかった。
ペンションの近くでエンジンを掛け、他の宿泊者を起こすのも憚られた内紀はGNに跨ったまま足漕ぎして宿の前の道を走り出し、坂道を下って松原湖のほとりまで空走する。
そして、湖を眺めつつもう一度荷物の固縛を確認し、チョークを引いてキック一発。
ビイイン! と元気よくGNのエンジンが掛かり、その音を聞いた内紀はフッとニヒルに微笑んだ。
気持ちの良い2スト・サウンドを奏でるGNを見ていると、昨晩の事が脳裏を過ぎり、再び胸に鈍い痛みが走ってしまう。
あのCB1100Rの男……満金は、内紀の愛車であるGN50Eをバカにした。
だが、内紀にはGNがそこまで遅いバイクだとは思えない。
ハーレーと並んでも負けない堂々としたジャパニーズ・アメリカン・スタイル。
スズキが生んだパワフルな2ストローク50㏄エンジン。
ライダーの意志と共鳴する5速ミッション。
こんな素晴らしいバイクが、どうしてバカにされなければならないのか?
そして、本当に高速道路に乗れないくらい遅いのか?
そりゃ、CB1100Rと比べれば、少しは遅いのかもしれないが……
「そうだ!」
内紀の頭の中にひとつの考えが浮かんだ。
「このまま甲府まで南下し、そこから中央自動車道に乗って東京まで帰ってみよう!」
もちろん、内紀だって『原付は高速道路に乗ってはいけない』という法律を知らないわけじゃない
(だけど、これは俺とGNの挑戦だ!)
「そうだ、もうやるしかない」
そう決めた内紀は、相棒であるGNに跨ると、甲府を目指して走り出そうとした。が……
「有川さ~ん!」
朝もやの中、突然大声で呼ばれて驚いた内紀はクラッチ・ミートをミスってプスン、とエンストする。
同時に危うく立ちゴケしそうにもなったが、そこは軽量かつ足つきの良いGNなのでなんとか踏み止まる事に成功し。
ドキドキしながら何事か、と呼ばれた方向を見ると、そこには手を振りつつ走って来るペンションの女性スタッフの姿が有った。
「はぁはぁ、良かった追い付いて……」
内紀のもとへ辿り着いた女性スタッフは、少しの間息を整えた後。
「はい、コレ持って行って下さい!」
と、戸惑う内紀に向かって包みを差し出す。
「これは……」
反射的に包みを受け取った内紀が問うと。
「朝食の準備をしていたら荷物を持って出て行く有川さんを見たので……ウチの朝食はサンドイッチ・バイキングだから、急いで適当に包んで持って来ました」
作りたてなのであろう、まだほんのりと暖かさを感じる包み。
「どこかで食べて下さい。またのお越しをお待ちしていますね!」
女性は元気にそう言うと、再び走ってペンションへと戻って行く。
その後ろ姿を見送りつつ、内紀は思った。
昨晩の屈辱は忘れられない。だが、あのペンションに泊まった事は決して後悔はしない。
そして中免を取り中型バイクを買ったら、また必ず泊まりに来よう、と。
走り出してから1時間ほど、早朝とはいえ散歩などをしている人もチラホラと見掛ける清里の外れの自販機でコーラを買い。
「美味い……」
GNのシートに腰掛け、もらったサンドイッチを食べていると頭も冷えて来る。
このサンドイッチの味は、きっと忘れられなくなるだろうな……
内紀は、確かな満足感を覚えつつ、サンドイッチを完食した。
そして、帰り道に中央道に乗るなどと言う愚行を思いついた事が途轍もなく恥ずかしく思えて来て、大人しく国道20号を走って帰ったのだった――
「……あの時のサンドイッチ、美味かったなあ」
思い出に浸りつつアパートに帰り着いた内紀は、GNを階段下のスペースに停めると自室へ入った。
男の一人暮らしにしては意外と綺麗に片付けられている部屋の奥のベッドに腰掛け、バイク雑誌を開いて悩み始める。
「ま、とにかく明日は上野行くか」
疲れた肉体が睡眠を求め始めたが、汗と埃にまみれたまま寝るのは勘弁だな、と考えた内紀は手早く支度をし。
「あー、早く中型に乗りたいなー」
そんな呟きと共に、朝から営業している近所の銭湯へと向かったのだった。
fin.
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