Solomon
第8話 回想:自己嫌悪
僕が初めて人を好きになったのは、小学生の時。相手は僕に優しくしてくれた同じ学校の先輩で、男の子だった。
通っていた学校は男の子しかいないから、そのあたりのことを深く考えていなかった僕は、自覚してすぐさまお母さんに話した。
『あのね、ぼく、がっこうですきなひとがいるの』
『そうなの? 学校でってことは、もしかして男の子?』
『そう!』
笑顔で頷いた僕に、お母さんは一瞬驚いたのだけど、僕がその好きになった相手がどんな人か話すのを一頻り聞いてくれた。そして最後まで聞いたあと、困ったような顔をしてこんなことを言った。
『そう、そんなに素敵な人なのね。誰かを好きになるのはいいことよ。……でもね、ソロモン。……それ、人前で言っちゃダメよ』
『どうして?』
僕の純粋な疑問にお母さんは物憂げに言った。
『…………男の子が男の子を好きになるのは、あまりないことなの。周りをびっくりさせちゃうからね、黙ってた方がいいの』
『ふうん』
世の中のことを全然知らなかった僕は、お母さんの言葉を素直に受け取って、びっくりさせたくないから言わないでおこうなんて思っていた。今思えば、お母さんがどれだけ僕に気を使ってくれていたのかよく分かる話だった。
それから数年後。僕、ソロモン・マスグレイヴは街では有名な学校に入学した。全寮制で基本的に家族と離れることになるし、今まで家の色んなことをお手伝いさんにやってもらっていた身としては、日々の生活から慣れない事ばかりで大変だった。でもこういうところで過ごすと、一通りのことはしっかりと身につくから、結構いいものだと思う。
ルームメイトともいい関係を築きながら過ごしていたが、秋から冬に変わりつつある頃、ルームメイトが突然変わることになった。理由は転校。家の事情で、折角入学したのに早々に転校しなければならなくなったのだとか。
たかが三ヶ月程度とはいえ、共に居た人がいなくなるのは寂しい。寂しさに浸るが、そうなると僕だってのんびりしてられない。
この学校の寮は基本的に二人で一部屋だ。だから僕もどこかの部屋に移動するか、もしくはこっちに来るのを待つかしなくてはならない。先生とも相談の上決まったのは、僕と同じく何らかの事情でルームメイトがいなくなった人の元に移動することだった。
『マスグレイヴと合うかどうか不安なんだけどな……』
先生が見せてくれた写真に写るのは、色素の薄い髪と少し濃いめの肌の少し目つきが悪い少年だった。あと、どうやら随分と体格がいいらしい。制服の上からでもわかる体格の良さは、兄さんたちに比べて筋肉が付きにくい僕としては羨ましい程だった。
先生は言う。『彼は少々弄れているし、他人に冷たい態度をとるからあまりルームメイトに相応しくないかもしれない』と。だけど先生の不安とは裏腹に、僕はその人を、心底かっこいい人だなと思っていた。
彼の名前はウィリアム・キース。西欧の国ヒスパニア王国の生まれという、外国人だった。
それから数日後。寂しさを胸に元ルームメイトを送り出した僕は、荷物を纏め新しい部屋にやってきた。他の部屋となんの違いもない木製の扉の前に立ち、静かにノックをすると、微かに声が聞こえたのでゆっくりと部屋に足を踏み入れる。そこに居たのは、写真となんら変わりのない……いや、写真よりかっこよく見える金髪褐色肌の少年だった。写真と実物は全然違うなと思いながら、とりあえず僕は挨拶をする。
「……あ、えっと、初めまして。この度一緒の部屋になった、ソロモンといいます。フルネームは、ソロモン・マスグレイヴです……」
極たまに壮大すぎる名だと笑われるが、名前を口にせねば始まらない。とりあえず名乗って相手の反応を待つが、彼は特に反応することなくこちらを睨んだままだ。もしかして警戒されているのだろうか、初対面なのにどうして、と考えて思い出す。彼が『外人』として避けられていた光景を。
同級生と諍いになっている彼が『外人のくせに』と罵られる場面や、本人がいないところで文句を言う場面など。男でも陰湿なものは陰湿だ。そこに性別は関係ない。そして彼はどうしようもないことで罵られる経験などをしたからこそ、初対面の人間にも警戒心が強く現れるのだろう。
だが、どのような理由であれお互い名前くらいは言っておくべきだろう。どうすれば彼に忌憚なく話してもらえるか考えていたその時、彼の口が徐に開いた。
「…………“Mucho gusto.”」
「えっ」
「…………“Soy Guillermo.”」
『初めまして』『俺はギリェルモだ』――確かに彼はそういった。
――ちゃんと、返してくれた。……嬉しい。
僕は正直にそんなことを思った。警戒しただろうに、彼はきちんと言葉を返してくれた。なんだかそれだけで信じられないくらいに胸が高鳴ってしまったのだ。
一頻り胸の内で喜んでから、ふと、なんでヒスパニア語なんだろうと考える。先生よりヒスパニア人であることは聞いた。それでもこの学校に入学しているのなら、この国の母国語であるブリタニア語は出来ているはずなのだけど、でも、もしかしてブリタニア語は苦手なのだろうか。そんなふうに思って、僕も慌ててヒスパニア語で返す。
すると彼は目を丸くしてこちらを凝視するものだから、なにかまずかっただろうかと不安だけど、なんとか言葉を続けた。
そんな僕に対して、彼は相変わらずぽかんとしていた上にブリタニア語で言葉を返すものだから、今度はこちらが驚く番になった。どうやら普通にブリタニア語もできるらしいし、ただ僕を困らせたかったから、ヒスパニア語で話してみただけと言うものだから、こっちが驚いてしまう。
――変なことをする人だ。
相手を窘めつつ、もしかしたら彼は、噂と違い結構面白い人なんじゃないかと思った。
それから僕とギリェルモさん、もといビルキースさんとの同部屋での生活が始まった。彼との生活は落ち着いており、先生が心配していたようなトラブルは全くといっていいほどに起こらなかった。
確かにビルキースさんは少し体が大きめでがっしりしてて、ちょっと目付きも悪いところはあるけれど、そういうところも含めてかっこいい人だ。
蜂蜜色の髪に鋭いタイガーアイ、西欧の人らしい日に焼けた肌、よく通る声。どれをとっても僕には魅力的なものだ。確かに外国人は珍しいけれど、だからといって何故同級生は彼に冷たくするのだろう。こんなにも彼は素敵な人なのに。同級生として対等に関われば、皆彼の良さもわかり良い友人になれるはずなのに。
だから僕は、僕の友人とも交流をもってほしかったために、半強制的にビルキースさんを部屋から連れだし僕の友に会わせた。強引に連れていったことや、少し乱暴なことを口にしたのは反省している。ただビルキースさんは『楽しかったから問題ない』と言ってくれたから、それだけで報われた気分だった。
僕は、ビルキースさんといると嬉しくなったりドキドキしたり温かい気持ちになることが多くあった。きっと、もうこの時点で彼を好きになっていたのだろうけど、この気持ちは良くないと自分で蓋をすることに決めた。でも、いくら己に言い聞かせても無意味。ビルキースさんが半裸でトレーニングに励む姿を直視できないことに気づいてからは、もう言い逃れができなかった。
――やっぱり僕は、そうなんだ。
それに気づいた瞬間、僕は途端に悲しくなった。それは決して簡単に受け入れられるものではない。少し変わってるとかそういうものではなく、異常なものだ。もしバレた時のことを考えると体が震えてしまう。だから、これは絶対に秘匿しようと心に決めた。
それなのに。
そのはず、だったのに。
冬休みのあの日。12月27日のあの日。僕はあまりにも気分が高揚したからか、つい口を口を滑らせてしまった。
あぁ、確かに僕は気分が高まっていた。プレゼントを貰って飛び上がりそうな程に嬉しくて仕方なかった。
――だからって、あれはない。というか、なんで僕は、わざわざ……っ!
頭が真っ白になってい逃げ出したくなるけど足は動かない。だからせめて気持ち悪いとか病気とか思われることだけは避けたくて僕は必死に弁明した。それが余計に変に見えるだろうという考えはその時の僕にはない。
いくら今は呆然としていても、正気になればそのうち頭がおかしいだとか、病気なんじゃないかとか、そういうことを言うに決まってる。好きな人に対してなんだその言い方はと思うけど、それが当たり前なんだから。
そう思っていたのだけど、意外とビルキースさんの反応は穏やかだった。
「……別に俺、変とか思ってねぇからな」
落ち着いた声に僕は口を噤む。どう見ても変な奴にそんなふうに言ってくれるなんて、彼はとても優しいのだと思いながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「さっきの言葉がなんであれ、あんたが気にするなって言うなら俺は気にしない。聞かなかったことにするぞ。好きって言ったのに、他意はないんだろ」
「他意、ですか。……そ、れは……その……」
直ぐに肯定すればいいのに、つい僕は口篭る。『その通りです』とでも言えばこれで終わりそうなのに、それができないから相手を困らせてしまう。
「……肯定しないんだな」
「…………自分の気持ちに、嘘はつけません」
何故またそんなことを言ってしまうのか。こんなの、ビルキースさんが好きなのだと言ったも同然だ。自分で自分がどうしたいのか分からなくなって、泣きそうになりしゃがみこんでしまう。
ビルキースさんが小さく溜息を吐いたのが聞こえた。きっと呆れられているのだろうけれど、暴言を吐かれなかったのは、一番の幸運だったかもしれない。
それからビルキースさんとどう過ごしたのかはあまり覚えていない。迎えにきてくれた運転手が生気のない僕の表情に動揺していた気がするけど、ビルキースさんは悪くないと言う気力もない。どう見ても疲弊している僕を見て、お手伝いさん達はかなり心配してくれていた。申し訳無い気持ちになりながら、僕はなんとか適当にお礼を言って自室のベッドに沈んだ。
ビルキースさんは悪くない。例えお世辞でも『変と思っていない』と言ってくれたそれだけでとても素晴らしい対応だ。悪いのは、僕だ。
沈んだ心とぐちゃぐちゃの頭で、僕はぼんやりと考える。
「…………お母さんなら、こういうとき、なんて言ってくれるかな……」
僕が初めて人を好きになったと言った時に、かなり気を使ってくれたお母さんは、自業自得で凹む僕になんというか。励ましてくれるのか説教をしてくれるのか。分からないけど、でも、少しでも励ましてくれたらいいなと、僕は思う。
――まぁ、励ましか説教か、どっちでもいいし……そもそも、それを確かめる術はないんだけど。
何故なら、お母さんは、去年の春からずっと行方不明なのだから。
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