第4話 対話

 ソロモンから愛の告白のようなものを受けてから、彼の様子は明らかにおかしかった。クリスマスパーティーの時も、どこかよそよそしさが抜けておらず、周りには喧嘩を疑われる始末。ソロモンのおかげで少しは楽しいものになると思われたパーティーだったのに、なんともしまらない終わり方をしてしまった。


「それでは、また。学校で会いましょう」

「あぁ、またな」


 夕食も終えた夜、ソロモンは迎えの車に乗って帰っていった。来た時も恐らく運転手に乗せてきてもらったのだろう。俺でも分かるような立派な車に運転手がついてるなんて、ほんと富裕層は凄いものだ。

 しかしそれよりも何よりも、あまり顔色が良くないまま別れる羽目になったのが、なんとも悲しかった。



 そこから日は経って、長いクリスマスが終わった。また俺は寮に戻り、同部屋でソロモンと過ごさなくてはならない。決して嫌ではないし、なにかされるとも思っていない。まだ、あんな怯えた反応をされたら嫌だなとは思っているのだけれど。


 学校が始まる二日ほど前に寮に戻ると、既に沢山の同級生が戻ってきていた。多少話せるようになった同級生と冬休み何してたかなんて話をした。同級生と別れ部屋に足を踏み入れると、既にソロモンの荷物が綺麗にしまわれていた。

――あいつ、どこに行ったんだろ。

 漠然と思いながら、俺も持ってきた荷物を順番に閉まっていく。新しい日用品に衣服、本などを閉まっていると、小さな音を立てて出入口の扉が開いた。


「あぁ、寒かった」


 呟きながら入ってきたのは、我がルームメイトであるソロモンだ。彼は俺がいることに気づいてあからさまに動揺するが、そんなこと気にせず、俺は声をかけた。


「よう、マスグレイヴ。久しぶりだな」

「…………はい、お久しぶりです、ビルキースさん」


 今までに見たことがないくらい下手くそな笑みを浮かべて、彼はコートをクローゼットにしまう。この前のことを意識しているのはバレバレだが、俺は特に触れずに話題を振る。


「パーティー、来てくれてありがとな。うちの親も喜んでた」

「……そうですか」

「あぁ。またうちで催しがあるときは、遠慮なく来てくれよ」

「……はい」


 話をする俺と、短く返事をするソロモン。まるでいつもと逆だ。何を話しても短い返事しかしないので、俺は一旦話題を振るのを辞める。会話のしがいがないというのもあるが、きっと久々に顔を合わせたからどうしたらいいか分からないだけだろう。そのうちまた前みたいなソロモンに戻るはずだ。そんなことを思って、俺は極力今までどおりに過ごすことを心がけた。

 しかし、どうやら俺の考えは非常に甘かったようだ。


 学校が始まって一週間以上経過した。俺はここ最近まともにソロモンと話していない。学校ではもちろん、部屋でもなにか用事があって話しかけても最低限の返答しかないし、向こうが俺に、話しかけることはほぼないという状況だった。

 つまりは学校で避けられ、その上部屋でも大した会話ができていないのだが、この状況は非常に不愉快だった。

 何故、ここまで避けられないといけないのだろう。あの愛の告白のような言葉は確かに驚いたが、気にするなというなら俺は気にしないし、そもそもあいつが俺をどう思ってても変なんて思わない。そう伝えた筈だ。気持ち悪いなんて明言したこともないし、態度も変えていない筈だ。それなのに、何故こんなにも避けられるのだろう。なんだか、そう考え出したら確かめずにはいられなくなった。

 だから、ソロモンがトレーニング中の俺を見て逃げ出そうとした時、思わず引き止めてしまったのだ。


「待てよ」

「……っ、なんですか」


 玄関へと方向転換したソロモンの腕を掴む。思ったより細くないな、なんて余計なことを思いながら、俺は言葉を続けた。


「なぁ、なんで最近俺のこと避けてるんだ」

「……避けてません」

「嘘だろ。どう考えても、冬休み前と態度が違う」

「…………っ、気のせい、です」

「そんな風には思えない」


 こちらに顔を向けないまま、ソロモンは俺の言葉を否定したが、俺はすぐさまその言葉に反論する。

 今まで些細なことでも俺に話してくれていた奴が、ここ最近ずっとなにも話してくれない。それだけでも気のせいなんて言えないだろう。

 戸惑うソロモンの腕を引いて、俺は聞いた。


「……やっぱり、俺に『好き』とか言ったの、気にしてんのか」


 すると、ソロモンは分かりやすく肩を跳ねさせたあと、か細く弱々しい声で肯定した。

「……そうだよ……」――その声があまりにも弱々しいものだから、なんだか罪悪感が渦巻いてしまう。でも俺はその罪悪感を無視して口を開く。


「……なぁ、俺は別に変ともなんとも思ってないぜ? 少しびっくりしたけど、本当にそれだけで、なんとも思ってない」

「…………ほんとですか」

「……あぁ、本当だ。だから、避けるようなことは辞めてくれよ。なにか思うことがあるなら全部喋ってくれよ。その方がいい」

「……わかり、ました。……でもその前にその、…………服を着てください」


 耳まで赤くなっているソロモンにしどろもどろにそう言われて、漸く俺は自分が半裸だったことを思い出した。


 部屋に鍵をかけて、ワイシャツと適当な上着を羽織る。それぞれ普段使っている椅子に腰掛けて体ごと相手の方へ向けると、自然と向かい合う形になった。漸くソロモンの顔から赤みが引いたが、代わりにあるのは青い色。なんだろう、彼はやっぱり何かを恐れているらしい。

 丸い眼鏡越しに見える金色の瞳が不安げに見えて、嫌だなとぼんやりと思った。


「……えーっと、どこから話そうか」

「……ビルキースさんは、僕のこと、気持ち悪いとか、思わないんですか」

「率直だな。別に思わないけど」


 ゆっくりと吐き出された質問に即答すると、枯葉ほんの少しだけ目を見開いた。嘘でしょう、と口が小さく動く。


「なんで嘘だって思うんだ?」

「だって、僕、男ですよ」

「そうだな」

「……勢いとはいえ、男に、好きだって言われたんですよ。どう考えても変でしょう」

「……別に。そう思ってたらあの時言ってるっつーの」


 俺は極力不安にさせないように言葉を返していくが、言っていることに嘘偽りはない。何故か分からないが、俺は本当にソロモンに好かれていても嫌だとか変だとか思っていないのだ。自分でも不思議だが、それが事実なんだから彼には信じて貰うしかない。


「……あんたが本当に俺に恋愛感情を向けてるとするなら、確かに世間ではおかしいって思われるだろうな。病気って判断されてもおかしくない」

「……そうです、その通りです。僕は、貴方のことが……好きです。……だから、僕は少なくとも病気扱いされて当然です。なのに、なんで……変じゃないとか、そんなこと言うんですか」

――マジでこいつ、俺のことそういう意味で好きなのか……。


 今のところはまだ可能性だと判断できたかもしれないことを、ソロモンが自分で確定させてしまった。好きだと言った彼の苦しげな表情から見るに、本当は言いたくなかったのだろうとわかって、やはり申し訳なくなる。でもそんなことはいい。俺は、早くソロモンの疑問に答えるべきだろう。


『どうして変だって思わないのか』――何故だろうと、ソロモンに断りを入れて改めて考える。

 俺からすれば、ソロモンは初めてできた友達で、それだけで俺にとっては特別だ。外国人だからと下に見ることも無く対等に接してくれた初めての相手。それは、思っていた以上に俺にとっては大きな存在になった。だから変だと思いたくないのかもしれない。

 そう思ったが、何故かその感覚がしっくり来なくて俺は頭を捻る。大事な友達だから、拒絶するようなことを言いたくない。それは間違っていないと思うのだが、どうして違うと思うのだろう。

 そんな中、俺はふとここ最近ソロモンに抱いた感情を思い出す。

 変な奴と思いつつも、俺はソロモンに対する好意は変わらなかった。その好意は勿論友達として、だと思っていたが、友達相手に胸が高鳴るような感覚は起こりうるのだろうか。俺にはよく分からない。だが、総じて見れば、おかしな感覚は何度もあったのだ。

――もしかして、俺がソロモンのこと拒絶しないのって、もしかして……。


 それに気づいた瞬間、胸がすくような感覚が起こって、直後に顔が熱くなる。一気に、信じられないほどに熱くなって、思わず片手で顔を覆った。きっと赤くなっているのだろう顔はやけに熱い。


「……ビルキースさん? どうしたんですか?」


 俺のまさかの行動に不安げにソロモンが訊ねる。そりゃ疑問に思うのも当然だと思う。さっきまで顰めっ面を晒していた相手がいきなり顔を覆いだしたのだから。


「……ちょっと、頭を整理するから、少しだけ待ってくれ」

「あ、はい……」


 ソロモンに断りを入れて、俺は混乱する脳内をなんとか整えていく。俺が今までにあいつに対して考えたこと、あいつといてどう思ったか、そういうのをぐるぐると考えて、俺はソロモンのことが好きなんだと結論を出した。不思議とその結論に嫌悪はない。

 ソロモンと出会うまで友達もおらず、かといって誰かを好きになったこともないから、これが本当に恋愛感情と呼べるものなのかは分からない。もしかしたら勘違いかもしれない。だけど、それが一番俺の中でしっくりくるのだから、恋と判断してしまってもいいのではないかと考えた。そう思うと、胸の内が温かくなると同時に、複雑な気持ちにもなる。色々と憂慮することはあるが、とにかく今は漸く理解出来たかもしれない気持ちを伝えようと思って、口を開いた。


「……マスグレイヴ」

「はっ、はい……」


 顔を曇らせた彼がビクリと肩を跳ねさせる。そんなソロモンに、俺はゆっくりと気持ちを伝える。


「なんで変だって思わないか、考えたんだけど、聞いてくれるか」

「……はい」


 顔の熱はまだ冷めず、それどころか更に熱くなっているような気さえする。心臓がドキドキとうるさく鳴って、言葉を口にするのがとても緊張した。手に汗が滲むけれど、なんとか振り絞ってソロモンに伝える。


「多分、なんだけど」

「……はい」

「……俺も、お前のことが好きなんだと思う」

「…………はい?」

「うん、その反応もわかる」


 ソロモンが動揺に目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。続けて、金の瞳を僅かに揺らした彼は、『信じられない』と微かに声を発する。……そりゃそうだろう、俺だって信じられない。でも、多分きっと、そういうことなのだ。

 どこか清々しい気持ちの俺とは逆に、暗い顔で目を泳がせたソロモンが、眉間に皺を寄せて朧気に問う。


「……勘違いじゃ、ないんですか」

「かもしれない。でも、今の俺は自分の気持ちを勘違いだって思いたくない」

「……っ、病気とか、言われますよ」

「他人に言わなきゃいいんじゃないか」

「……普通じゃ、ないですよ」

「今に始まったことじゃねぇな。つーかなんだよ、あんた、俺の気持ちを信じてくれないのか」

「っ、信じたい、ですけど、でも……」

「でも、なんだよ」

「……っ、わ、わかりません……」


 いっぱいいっぱいな様子でそういった彼の目には、いつの間にか涙が溜まっていた。丸い瞳からぼろぼろと溢れ出すそれは、妙なことに綺麗に見える。そんなふうに思うのも、相手が好きだからだろうか。

 俺の向かいで、ソロモンは眼鏡を外し袖口で目元を拭う。乱暴に拭うと目が赤くなってしまいそうなのが嫌で、彼の片手を掴んだ。目元を赤く腫らし鼻をすするソロモンと視線が合う。


「なっ、なん、ですか……」


 みっともないところを見られたくないのだろう、俺から顔を逸らしたソロモンは、涙ながらにそう言った。そんなにも感情が込み上げるほどの俺に対する気持ちがあるのか、それとも混乱しているだけなのか分からないが、好きかもしれない相手がこんなにも感情を表に出しているというのは、決して悪くないと思った。

 何も言わずに俺はソロモンを抱きしめる。背の割に細い体に手を回して、ぽんぽんと頭を撫でた。……俺に嫌悪感はない。これまで大したスキンシップもしていなかったから分からなかったが、抱きしめることはどうやら俺は平気らしい。……だがソロモンは、どうなんだろう。目を向ければ、ソロモンは顔を青から赤へと変化させて硬直していた。

 ゆっくりと眼鏡をかけ直したソロモンは、徐に喉を震わせる。


「ビルキースさん、あの、どうして……」

「ハグしたくなった」

「……嫌じゃないんですか」

「嫌じゃないな。寧ろいい感じだ。あんたは?」

「……嫌な、わけ、ないです……、嫌な訳……」


 静かにそう言って、ソロモンはだらりと下ろしていた腕を上げた。背中から伝わる体温に俺は心を落ち着かせる。ソロモンの体温は低い筈なのに、あったかいな、なんてぼんやりと考える。

 ソロモンもなにか頭で考えているのだろうか、俺の背中に手を回すだけで特に何かを言うことも無く、静かに穏やかな時間が過ぎていった。

 それから数分が経過した。漸く落ち着いたソロモンは、ゆっくりと俺から離れて、申し訳なさそうに眉を下げる。


「……すみませんでした。みっともないところをお見せした上に、貴方の気持ちを否定するようなことを言ってしまって」

「いや、大丈夫。俺も信じてもらえないだろうなって思いながら喋ってたから。……というか、その、いきなり抱きしめて、悪かった」


 思い返せば俺は結構恥ずかしいことをやっていたのではないかと思い謝罪をするが、どうやらソロモンはさほど気にしていなかったようだ。寧ろ、嬉しかったなんて言ってくれる。更にこんなことを言った。


「僕、貴方に好いてもらえるなら、本当に嬉しいなって思ったんです。ですから、勘違いしている間だけでも、一緒にいてくれませんか?」

「――あぁ、もちろん。一緒にいてやるよ……ソロモン」


 わざわざ『勘違い』というワードを出さずともいいのに。そんなことを思いながら、俺はソロモンの言葉を受け入れた。

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