第3話 プレゼント
ソロモンと約束をしてから数日が経過し、遂に長い冬休みへと突入した。数ヶ月を過ごした学び舎を離れ、暫くソロモンにも会えなくなる。少々の寂しさを胸に、厳しい寒さの中防寒着を着込んでバスに乗った。あまり邪魔にならないように隅に座って、白くなりつつあり、クリスマスに合わせた装飾が映える街中を見つめた。
僅かに揺れるバスの中、弟妹に渡すプレゼントを確かめながら、俺は静かに目を閉じた。
一時間近く経って漸くバスは目的地に辿り着く。学校がある都会よりは落ち着いた町。都会よりは地味でもしっかりと店先には装飾が施されたツリーが置いてあった。そんなのを確認しながら、ぼんやりと道を歩く。数ヶ月ぶりに見た景色は以前と殆ど変化していない。そんな程度の短期間で変化はしないか――そんなことを思いながら俺はのんびり実家へと向かった。
歩くこと数分。久しぶりに見た懐かしき我が家の前には、小さめではあるがツリーが飾ってあった。学校の近くで見た見上げるほどにおおきなものの四分の一以下か。それでもこうして飾ってあるとちょっと気分も違う。
なんて思っていると、これまた少し懐かしい声が耳に届く。
「あらギリェルモ、よく帰ってきたわね」
「兄ちゃんおかえり!」
「……ただいま」
振り返った先にいたのは母さんと弟だった。俺のルーツである金髪の髪を後ろで一つにまとめて、厚手のコートを羽織った母さんは、食材が詰まった紙袋を手にこちらにやってくる。それに続いて弟もやってきた。まだ10歳で元気な弟は、父と同じ赤っぽい短髪に手編みの帽子を被り、手袋を付けた手で俺の服の裾を掴む。
「兄ちゃんおかえり! げんきだった?」
「あぁ、まぁな」
「あまり手紙も返してくれないから心配してたのよ。でもよかった、元気そうで」
「……悪かったな。荷物、持つよ」
「あらありがとう」
母さんが抱える紙袋を受け取って、俺は適当な会話をしながら家へと向かう。紙袋の中身は様々な果物が入っていて、ケーキや菓子パンに使うんだろうなと予想する。
母さんから最近の家の様子を聞いたり、弟から学校の話を聞いていると、母さんが当然のように俺の学校生活を聞いてくる。以前なら何も無いと言うしかなかった俺だが、今回ばかりはそれだけでは無いのだ。
「……割と楽しいよ。ルームメイトとも仲良くしてるし」
安心してくれと言う気持ちでぽつりと言った俺の言葉に、二人は面白いほどに目を丸くし、大きな声を上げた。
「ええっ、本当!?」
「あの兄ちゃんが!?」
大袈裟すぎる反応に少し嫌な気持ちになるが、まあある意味仕方ない。これまで友達の話なんかしたこと無かったし、俺の態度が問題視され親に連絡が行ったこともある。それを考慮すれば、ルームメイトと仲良くしていると知れるだけでも大層なものなのだろう。弟の言い方にはイラつくところはあるが、そんなのはスルーして、どんな人かを気にする二人に、簡単な説明をする。
「マスグレイヴっていう、正真正銘の坊ちゃんの優等生だよ。外人だからってなんか言ってくるやつじゃねえし、真面目で、良い奴」
平静を装って言う俺に、二人はまだ動揺しているようだ。なんだその反応はと問えば、相手が正真正銘の坊ちゃんのということで、あらぬ心配をしているらしい。
「……それ、ほんとに友達? なにか下僕みたいに使われてたり、お金騙し取られたりしてない?」
「兄ちゃんだいじょうぶ?」
「何心配してんだよ、ねぇよそんなこと! マスグレイヴは良い奴だよ!!」
こっちは確かにさほど裕福でもない家だから、格差から下に見られる可能性もある。だけど、今までそんなことはあまりないし、もしあったとしても俺ならきっと突き放せる。それに、ソロモンにならまぁ少しくらいこき使われる程度、いいのかもしれない。
――いやいや、それはねーわ。どうした俺。
唐突におかしくなった自分の思考に若干引きながら、俺は家族の待つ家に向かい、久々の我が家を満喫することにした。
そこから賑やかにクリスマスは過ぎていく。24日には家族で集まり、兄姉の恋人家族とも集まったり一応教会にも足を運んだり。25日はそれこそプレゼントが貰える日だ。親や親戚からのプレゼントは、欲しかった運動靴だとか本だとかそういうので、そりゃあありがたいものだった。こういう時でなければ貰えないプレゼントなのだから大事にしようと思う。
そんなこんなで日は過ぎて27日の午後。姉との用事から戻った俺は、玄関先で父さんと話すソロモンを見つけた。防寒具を着込んで被っていた帽子を手に持つ彼は、人好きのする笑みを浮かべる。やっぱりどこからどうみても優等生だ。受け答えもしっかりしてるし、同い年なのに凄いやつだ。
少しずつソロモンに近づいていくと、父さんとの会話も聞こえるようになってくる。
「――お土産、よかったらどうぞ受け取ってください」
「あぁ、ありがとうございます。しかし、まさかギリェルモにこんな素敵なお友達がいたとは、本当に驚きました。おや、おかえりギリェルモ」
「……ただいま」
「わっ、ビルキースさん、こんにちは。お買い物ですか?」
「よう、マスグレイヴ。……まぁそんなとこだ」
後ろから声をかけられて驚くソロモンに内心笑いながら、とりあえず姉貴と一緒に父さんに買ってきたものを見せる。父さんは話を聞かれていたことに少し苦い笑みを浮かべているが、そんなことは気にしない。酒やらなんやらを父さんに渡せば、折角の友達だから遊んで来なさいなんて言われた。
俺だってもちろんそのつもりだ。とりあえず荷物を片付けた俺は、ソロモンにパーティールームを案内することにした。
それから、弟妹達と遊んだり、豪華な夕飯を食べたりして、楽しいパーティーはあっという間に過ぎていく。そして最後、ソロモンは唐突に俺の部屋を見てみたいなんて言い出したので、自分の部屋に案内した。
帰省したばかりの頃に多少掃除しただけでそんなに綺麗とも言えない部屋だが、それでもソロモンはなんだか嬉しそうに中を見る。地味な机にクローゼット、本棚があり、寮に置いてるものと似たようなものだ。
「何がそんなに面白いんだ」
「うーん、なんとなくかな」
「そうか」
適当に返事をして椅子に腰を下ろすと、それまで本棚に並べられていた本を眺めていたソロモンが、ちらりとこちらを向いた。何かと問えば彼は目線をうろうろと漂わせた後、どこか着恥ずかしそうに口を開く。
「あの、ビルキースさんに、プレゼントがあるんです」
「プレゼント? あぁ、そういや俺達は交換してなかったな」
「えぇ、なので、ここで僕からビルキースさんに、どうぞ」
ソロモンが上着の内ポケットから取り出したのは、綺麗に包装された縦長の箱だった。
なんだろうかこれは。断りを入れて包の紐を解き箱を開けると、中から出てきたのはなんとネックレスだった。
2つの輪を交差させたようなデザインの銀色のネックレスだが、俺にはどう見ても高価なものに見えて、驚きのあまり声も出ずソロモンに目を向けた。
「……こういうのが嫌でなければ、いいのですけど」
「えっ、と……渡す人、間違えてないか?」
「間違えてません! これはちゃんとビルキースさんへのプレゼントです!」
俺の確認を慌てて訂正するソロモンは、『こういうのが似合うと思ったんです』なんて続ける。
どうやら普段から俺がネックレスを付けているのを見ていたらしい。些細なことだが、観察力があるなと感心した。
「その、好みでなかったらすみません。僕が似合うと思って買っただけなので……」
少し照れくさそうに言うソロモンだが、渡されたネックレスは結構俺好みだ。だから気になるのはそんなことより……俺が渡すプレゼントと釣り合ってないとか、そもそもこれは幾らなのかという、そんなこと。だってどう見ても高そうで、子供の小遣いで買えるものとは思えない。
恐る恐るソロモンに聞くが彼は値段に関しては口を噤む。曰く、値段を聞いて気後れするようなことはなってほしくないらしい。
「貴方が思うほど高くありませんから、大丈夫ですよ」
「そう、か……。……なら、付けてみていいか?」
「はい、もちろん!」
笑顔でそう言われて、俺は箱の中のネックレスを取り出す。今首にかけられているネックレスを外して、新たなネックレスのチェーンを外し首の後ろに回した。2つの輪が重なったネックレスが、胸元で光る。
「……結構、いいな」
「よかった……よくお似合いですよ」
「あんたのセンスがいいからだよ。……さて、なら俺もあんたにプレゼント渡さねぇとな」
ソロモンのプレゼントとは比べ物にならんが、俺だって一応プレゼントは用意した。机の引き出しに閉まってあった紙袋を取り出して、ソロモンに差し出す。そんな高級なものではないが、少しでも喜んでくれたら嬉しいなんて思いながら。
ソロモンは少し驚いたあと、頬を緩ませて紙袋を開く。中から現れたのは深緑の手袋とマフラーだ。
「……まだ寒い時期は続くし、どうかなって。悪いな、こんなのしか用意できなくて」
「いえ、とても嬉しいです、ありがとうございます!」
少し申し訳ないななんて思う俺に対し、ソロモンは予想外の反応を見せる。目を輝かせて、心の底から嬉しそうに笑って、しょぼい防寒具をぎゅうっと抱きしめた。
「ずっと大事にしますね」
「お、おう。……喜んで貰えて、嬉しいよ」
そんな仕草が不思議と可愛く見えて、俺は内心その気持ちを取り下げる。男相手にそれは無いと俺はソロモンから目を逸らした。
しかし次の瞬間、ソロモンが口走ったことに、思わずまた彼の方に目を向ける。
「僕、ビルキースさんのこと大好きなんで、こうやってプレゼント貰えて、嬉しいです」
「えっ」
「えっ?」
――こいつ、今、なんつった?
驚きとか動揺とかそんな気持ちを抱えながら、俺は反射的に声をあげた。目線の先にいるのは、不思議そうに見開かれた目を向けるソロモンで、彼は何故俺が驚いているのか分からないといった様子で、暫し俺を見つめる。
しかし数秒の沈黙が流れたあと、ソロモンはゆっくりと自分が言ったことを理解していったのだろう。嬉しそうにあげられていた口角はみるみる下がり、顔色が青くなっていく。
そして完全に青白くなった直後、彼は思わず叫んだ。
「うわあああっ、す、すみません、ごめんなさい、今のは、き、気にしないでください!」
分かりやすく後ずさりして、ドン、と棚に体をぶつけて、ソロモンは慌てて口元を覆った。同時に空気が一気に冷たくなっていくような気がする。
――なんだろう、この反応は。
それが俺の率直な感想で、聞いてもいないのに弁明するように、ソロモンは怯えたように口を開く。
「あの、ほんと、今のは、特に意味はないんです。……友達、そう、友達として、貴方が好きというそれだけで、ほんとに、なにも……」
「なぁ」
「いや、あの、ほんとに、気持ち悪いとか変とか思うでしょうけど、特に意味はないんですごめんなさい、ほんと、変なこと言ってしまって……」
「おい、マスグレイヴ」
「……すみません、すみません、ほんと、聞かなかったことに……」
「聞けよ!」
「――っ!」
ちょっと強めの口調で言えば、漸く彼は喋るのをやめた。だけどどう見ても顔が青ざめてて、震えてて、何かを非常に恐れてるようで、どっからどう見ても普通じゃなかった。
なんでこいつは、こんなに怯えてんだろう。少し考えて直ぐに分かった。多分さっきの言葉が本当だからだ。
――なるほど、こいつは、もしかしたら、俺に恋愛感情を向けてる、かもしれないのか。
その可能性を導き出せばこの怯えようも納得が行く。世の中では異性を好きになることが当たり前だ。『同性が好き』ということは『変わっている』だけでなく、病気だったり下手すりゃ逮捕案件だったりする。だからこいつは、今必死に否定しようとしたのだ。
「……マスグレイヴ、なんでそんなに取り乱してるんだ」
「いや、あの、だって……今のは、どう考えても変な発言でしょう」
「……そんなふうに取り乱す方が、俺には変に見えるぞ」
「えっ……そ、それも、そうですよね……」
一瞬顔を上げたソロモンが、泣きそうな顔で目をそらした。
俺はなんと言葉をかければいいのか考えて、とりあえず率直な気持ちを口にする。
「……別に俺、お前が俺のことどう思ってても、変とか思わねぇからな」
「…………」
ソロモンは何も答えないが、そのまま言葉を続ける。
「さっきの言葉がなんであれ、あんたが気にするなって言うなら俺は気にしない。聞かなかったことにするぞ。好きって言ったのに、他意はないんだろ」
「他意、ですか。……そ、れは……その……」
「……肯定しないんだな」
「…………自分の気持ちに、嘘はつけません」
その返答に思わず溜息をつく。それ、答え言ってるようなもんじゃねえか、と内心思った。
沈黙ししゃがみこんだソロモンを、ぼんやりと見つめる。俺は、こいつになんと言葉をかければいいのか分からなかったし、こいつがどんな言葉を求めているのか、それも分からなかった。
でも、例え世の中でどう思われていようと、ソロモンに好意を向けられていること自体は、嫌でもななんでもなかったのだ。
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