第4話 所詮、造り物の命なのだ

「む、何だ君たち」


 職員室の扉を開けると、何人かの教師が机に座っていた。朝のホームルーム真っただ中の今、職員室にやって来た二人の生徒。不審に思わないはずがない。


「いや、ええと」


 僕は再び、わかりやすく慌てていた。想定外のことには弱いたちなのだ。

 どうすれば良い? と雫に目線で訴えるが、彼女も「てへ」と自分の頭をコツンと叩くだけで答えない。


「シズマ! ケンジ君! 時間稼ぎよろしく!」


 唐突にそう言い残し、雫は一直線に走り出した。彼女の視線の先にあるのは三年生の学年主任の机。その机にあるコンピュータが管理システムなのだ。


「時間稼ぎって、どうしろと!」


「進路妨害!」


 すでに二人の先生が雫を追っている。内一人はシズマが妨害をしていた。もう一人に視線を向ける。


「おりゃ!」


 僕はその先生が進む先をめがけて思い切り机を倒した。


「うわ! 何をするんだ!」


 驚いている隙に回り込む。先生を通せんぼする形となった。やってることが小学生みたいだ。


「ど、どきなさい!」


「い、嫌です」


「どきなさい」


「嫌です」


 果ては取っ組み合いに発展した。どけ! 嫌! どけ! 嫌! とそんな無駄な問答を繰り返しているとシズマが背後に現れる。


「オ疲レ様デス」


 そう言ってゴツンと先生を殴る。先生は白目をむいて、その場で倒れてしまった。


 周囲を見ると他に残っていた先生も倒れている。たぶん、いや絶対にシズマがやったのだろう。先生の状態を見るに、さすがに屋上のドアをぶち壊した時ほどの力は振るわなかったようだ。


「脅威ハ、スデニ殲滅せんめつシマシタ」


 言い方が怖い。だが有能だ。シズマがいなければこの計画とやらは失敗していたに違いない。ああ、だからこそ雫はシズマを味方につけたのか。


「雫! そっちはどう?」


「うーん、もうちょいで……来た! オッケー、オッケー。ロックかかった!」


 はしゃいで飛び跳ねる雫に歩み寄る。


「ロックかかったって、閉じ込めたってこと?」


「その通り! えっと、後はここをこうして」


 何やら管理システムをいじっているらしいが、何をしているのかその詳細まではわからない。

 すると突然ポケットからイヤホンを取り出し、それをパソコンに挿入する。


「あーテステス」


 その声は職員室中に響き渡る。どうやらイヤホンをマイク代わりに校内放送でもするつもりらしい。管理システムをいじくって、それを可能にしているのだろう。


「こんにちは。羽田雫です。この度この学校を占拠しました。皆さまにはしばらくの間その狭ーい教室に閉じ込められてもらいます。この愉快な時間をごゆるりと堪能してください。なんてね。以上!」


 ブツリと放送が切れる。すると間をおいて、あちらこちらから怒声が響いてきた。


 普通にホームルームを過ごしていたら自分が教室に閉じ込められたとは気づかない。今の放送で生徒並びに先生たちは自分の状況を確かめ、システム的なロックがかかったことを認識したのだろう。


「あはははは! 愉快愉快!」


 雫は大声で笑う。完全に悪役ムーブだ。……いや考えてみればやっていることは完全に悪役のそれだ。言い訳のしようがない。


「いやー、シズマ、ケンジ君、本当にありがとね」


「まあ良いけど、それで? もう終わり?」


「うーん、もうちょっとやることがあってね」


 やること? 彼女はこの学校を占拠したいと言い、それは概ね達成された。これ以上やることってなんだ?


「何を考えてるの?」


「……まあ、すぐにわかるよ。ほら、あれ見て」


 雫が指をさしたのは、僕らが職員室に入った扉だった。うっすらと、それは影をあらわす。


 シズマに近い白色のボディ。しかしそれはシズマに比べてあまりにも大きく、そして強靭きょうじんだった。シズマと違い足があり、より人間に近い見た目をしている。いや、人間というよりは巨人、あるいはゴーレムみたいな見た目と言った方が良い。身体中に走っている赤いラインが光っていて不気味だ。


「あれは?」


「サトリ」


 一瞬、理解が追い付かない。その名前は普通にゲームをしていたらまず遭遇しないものだった。警備統括プログラム「サトリ」。警備プログラムの指揮はもちろん、多くの権限を有した上位存在。そのサトリがどうしてここに?


 しかしその疑問は簡単に氷解する。当たり前だ。不正をしてここまでログにない行動をとり、あまつさえ管理システムまでいじくっているのだ。サトリが動かない方がおかしい。


「ケンジ君、シズマ。あれをダウンさせる」


 雫が僕を見る。本気で言っているのは、目を見ればわかった。


「無理だよ」


「私カラモ意見ヲ提示。実行ハ不可能ニ近イカト」


「別にぶっ壊すとは言ってないよ。ダウンさせるだけで良い」


 それでも難易度はさして変わらない気がした。無謀。その一言に尽きる。それでも彼女はやると言うんだろう。そして彼女がやるのなら僕はそれを手伝わずにはいられない。


「わかったよ」


「……ありがとう」


 シューという駆動音が響く。その発生源に視線を向けると薄かった影は存在感を増し、サトリは実体化を終えたようだった。


「はい、これ!」


 雫は慌てた様子で何かを僕に押し付け、いったん距離をとる。


「私は暴力を望みません。対話を希望します」


 !


 警備プログラムもシズマも対話はできるが、ここまで流暢な言葉は操らなかった。シズマと違い足もあるし、より人間的に設計されているらしい。


「対話? それじゃあ、あなたの所有物をひとつもらいたいんだけど」


 雫の言葉にサトリは首を振る。


「所有物? それは回収済みの違反物のことでしょうか。それは出来かねます」


「じゃあ対話は無理ね」


 回収済みの違反物? それが雫の目的なのか?


「残念です」


 そう言ってサトリはシズマに視線を移す。


「どうやらシズマの管理権限が移動しているようですね。どうしたのかはわかりませんが、後で調べるとしましょう。

 それよりもわからないのは、あなたです」


「え、僕?」


 サトリは僕の方を指さしていた。


「ええ。NPC?」

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