第3話 なんて、簡単に壊れるんだ

 警備プログラムを僕は今まで見たことがない。当然だ。僕はゲームで不正をするような人間じゃない。不正するほどの価値を感じていないからだ。


 だから羽田が「伏せて!」と叫んでも、反応が遅れてしまった。

 警備プログラムは右腕を僕に向けていた。その腕の先端が光り、それが徐々に大きくなる。


「ぐへ」


 気付くと僕は真横の柵に寄りかかっていた。しかし警備プログラムに何かをされたというわけではない。羽田雫に蹴り飛ばされたのだ。

 何をするんだ! と抗議しようかと思ったが、すぐにその気も失せる。警備プログラムが腕を向けていた先にある柵を見てしまったのだ。


 柵は一部分が消え去り、消えた部分からデータの消失をあらわすエフェクトが発生していた。つまり、データごと消えている。シズマが扉をぶん殴ったのとはわけが違うのだ。


 ――ああ、やっぱり。


 と僕は思う。こんなに簡単に消えてしまう世界に、価値なんてないじゃないか。


 警備プログラムがまた僕の方に腕を向けた。


「伏せて!」


 今度は羽田の言葉に素早く反応する。僕の頭上をビームが通過した。


「今の何!?」


「データ抹消ビームよ!」


 そのまんま過ぎてビックリだよ!


 返答した羽田は、警備プログラムと目下戦闘中だった。当然のようにシズマも加勢している。

 シズマが警備プログラムをペシャンコにし、羽田はぶっ飛ばす。しかし案外苦戦しているようで、僕の方へ向かう一機には対応できないらしい。


「ごめん! それは君で対処して!」


「む、無理だよ! 制限がけられてる!」


「大丈夫! 君にかかっている制限は外してるから!」


 ああ、そうだった。いろいろと無茶が通っているのも、そのおかげだった。

 警備プログラムがじりじりと僕の方へ向かってくる。


「ど、どうすれば良いの!?」


「ぶん殴ったらとりあえず停止するから!」


 本当に!?

 警備プログラムがデータ抹消ビームの準備を始めた。すぐにでも発射しそうだ。今しかない。今この瞬間なら、隙がある。


「うおお!」


 叫ばないとやってられなかった。

 警備プログラムに渾身の右ストレートをお見舞いする。すると警備プログラムの腕から光が消えた。やったか?


 しかしすぐにまた、ビームの準備を始める。


「うにゃらほらぼ!」


 焦った僕は訳の分からないことを口走りながら、警備プログラムを蹴り上げていた。宙に打ちあがったそれは、地面に落下してついに機能を停止する。


「おー、蹴りとは。ナイスだね、逆巻くん!」


「オ見事デス」


 羽田だけでなく、シズマまで称賛してくれた。彼女たちもちょうど他の警備プログラムを制圧したようだ。


「シズマ、お疲れ!」


 いえーい! と羽田はシズマとハイタッチしていた。

 気が抜けて、僕はその場で寝転がる。


「助かった」


 そう言うと同時にチャイムの音が聞こえた。朝のホームルームが始まる時間だ。


「始まったね」


 羽田が寝転がる僕に近づき、じっと見つめてきた。何だろうか?

 しばらくして、彼女は手を伸ばした。僕はやはり、それをつかんでしまう。


「さあ、計画について話そうか」


「一体何を始めるつもりなの?」


「うん。まずはそれからだね、ケンジ君」


 ……ん? ケンジ君? 坂巻健司。それが僕のフルネームだ。羽田は今、僕の下の名前を呼んだのか? この時期には、あり得ない話である。……まあ、それについては今更だけど。


「あ、気付いた? じゃあケンジ君も私のこと、雫って呼んでね」


「いやでも羽田、それは……」


「羽田?」


「……雫、さん」


「さんは余計だよ」


「そっちは君付けで呼んでるじゃないか!」


「私はそう呼ばれたいの」


「……よ、呼び方なんてどうでも良いだろ」


 思わず顔をそらしてしまう。それを見て羽田はからかうような笑顔を向ける。


「どうでも良いなら、雫って呼んでも良いんじゃない?」


「……わかったよ。……雫」


「よろしい!」


 満足げに羽田、いや雫は笑う。これは慣れそうにないな。


「それじゃあ計画の話ね。具体的に言うと、今ホームルーム中の教室をすべて閉め切ります」


「……はあ? どうやって? と言うか、できたとして内側からは鍵が開けられるだろ?」


 チッチッチ、と雫が顔の前で指を振る。


「そうじゃない。プログラム的に閉め切るのさ」


 まさか、と一つ想像が浮かぶ。この学校には、あくまでゲーム世界上の話だが学校のすべてを管理している場所がある。そこで設定をいじくれば彼女の言ってることもできなくはない。


「職員室に侵入しようって言うのかい?」


 その職員室が、ちょうどシステム管理ができる場所なのだ。


「その通り! 理解が速くて助かるよ」


「でも、職員室に入るのは制限が」


「むむ? やっぱり理解が遅いな? 私が何をしたのか忘れたの?」


 ああ、そうだった。今の彼女にあらゆる制限は無効だった。


「理解したよ」


「うんうん。じゃあ、善は急げだ! ホームルームの時間も長くはないからね」


 雫は屋上の扉――があった場所へ駆ける。こんな短時間しかいないなら、扉を壊してまで侵入する必要もなかっただろうに。でもそんなことを言ったところで「来てみたかったんだもん」とか言いかねない。いや、絶対言う。


 僕はそんな諦念ていねんを胸に抱え「早く早く」と急かす彼女の後を追った。


 職員室は校舎の一階にある。今はどの教室もホームルーム中なので、あちこちから教師の声が聞こえる。今ならば職員室もがら空きだろう。


 階段を急いで降り、職員室まで向かう。目的の場所は階段からだと比較的近い。あっという間にたどり着く。


「よし。行くよ、ケンジ君」


「うん」


 僕たちは職員室の扉を開けた。しかし僕は忘れていた。当然、雫も忘れていた。

 すべての教師が、ホームルームを行うわけではない。

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