祈りが持つ力
「まぁ、当然混乱するよなあ」
当然のように現実を受け入れられなかった少年は混乱した。
自分を名乗る男に気遣われる自分。
言葉にするとさらに混乱を深めそうだったので少年は深く考えるのをやめた。
それよりも、
「うん? 何故祈るのを止めなきゃいけないのか、だって?」
今まで、その祈りを「やれ」と言われたことはあっても、「やめろ」と言われたことはなかった。
受け止めようにとっては、理不尽とも言える要求に対して感じたのは、怒りよりも疑問である。
その質問に対して、男は少し腕を組んで考える。
「そうだなぁ、君は祈りとは何だと思う」
解答の代わりに返された質問が、はぐらかされたように感じて、少年の感情が僅かに揺らいだ。
その揺らぎに気づいてか、「まぁ、答えてくれ」と口にしてから、少年に解答を促す。
「……」
そうは言われても、彼にとって祈りとは習慣であり、日常であり、当たり前のことである。
それでも……いや、だからこそその本質というもの追求しようと思ったことはなかった。
「まぁ、君は……『私』はそうだろうな」
やや、自嘲的にそう言うと、そのままの口調で語り出す。
「祈りとは、何のことはない。ただの自己満足に過ぎないのさ」
その言葉は祈りそのものを侮蔑しているような、そう詰る自分に対しての自虐であるようにも受け止められる。
「祈りには何の力もない。
祈ったからと言って誰も救われない。
誰かを空腹を満たすこともなければ、誰かの危険な芽を摘むこともない。
誰かの病を癒すこともなければ、誰かの死を否定することもない」
卑屈とも取れるような言葉の奔流に少年はたじろいだ。
「だが、それは悪いことではない。
それは当然のことだ。みな、それを前提として受け入れている」
その質問にはたまらず少年も否定する。
少年は先に述べたように神学を学んでいる。
その最初の授業で言われたのだ。
祈りは神に捧げるものであると。
しかし、目の前の男は鼻で笑う。
「そんなものはいない。いや、いたとしてもそれは万人を救うことはない」
吐き捨てるようにそう言った。
「しかし、君は数年後に何の力もないはずの祈りに『力』を宿すことになる。
誰かを空腹を満たし、誰かの危険な芽を摘み、誰かの病を癒し、ついには誰かの死を否定した」
それは魔法みたいなものなのか?
そんな少年の質問に対して、男は静かに首を振る。
「確かに魔法と似ている。しかし、それは似て非なる力だよ。魔法よりも高度かつ強力で、デタラメなものだ」
神様の奇跡に似ている、と説明した。
神の不在を訴えながら、神の奇跡に例えるのは皮肉である。
それを彼は気づいているのか?
「そして、、その力はやがて暴走していく。
いや、その力に揺さぶられた民衆が、と言うべきか。
人々はやがてその力に呑まれ、たった一人の術者である『私』を狙う馬鹿が現れるのに時間はかからなかった」
なんのために?
そんな言葉は口にしなかったが、顔には書いてあったのかもしれない。
男はその答えを口にした。
「勿論、『私』を殺すつもりはなかったのだろう。ちょっと脅かして願いを叶えてもらおうというのが真相だったのかもな」
その人はどうなったのか、と思わず少年は口にしていた。
その言葉にわずかに唇を噛む。
「その男は当然のように処刑されたよ。
裁判どころか、弁解や弁明の機会も許されなかった。私が『処刑だけは許してやってくれ』と叫んでも無駄だった」
その処置は決して男に危機が迫ったから施した、というわけではないのだろう。。
その“力”を危機に追いやったことに対してのペナルティである。
「そうとも。確かに私を狙ったことは確かに浅はかだったのだ。
だがそれは命を奪われなければならないほどの悪行だったのか?
その男の事情を無視して命を奪わなければならないほどの悪事なのか?」
そんなことはない。
それは彼の答えである。
少なくとも彼がその力で人を救おうとすることはそんなことのためではなかったはずである。
それ故に決して彼は肯定できないのだ。
「全て、私のせいだった。
この歪んだ力がなければ、皆が幸せだったはずなのだ。
幸せでなかったにしろ、無駄な希望にすがる必要なんてなかった」
まるでお前こそが歪だとでも言いたげに言葉をぶつけるのだ。
「だから、君には祈るのをやめてほしい。いや、やめなければならないのだ」
その言葉を、男は怒りと悲しみが溶け合ったような場所でいう。
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