祈りの価値
あらゆらい
その祈りを止める男
今ではない、ここではない場所。
剣と魔法を中心に世の中が動く。
魔物がいて、幻獣がいて、神様だっているかもしれない。
ここはそんな世界である。
※
神学校に通う少年にとって祈りとは、習慣であり、日常であり、当たり前のことであった。
日が出るよりも前に起き、聖堂に安置された巨大な神像の前で跪く。
昼食の鐘がなる頃には、食事が摂れることに感謝しながら手を合わせる。
夜は、晴れてさえいれば星空の下で今日という日を無事に過ごすことができたことに感謝して頭を下げる。
それは一つのサイクルであり、一日も、一回も欠かすことなく続けていた。
それは彼以外の寄宿舎生にも言えることであるが、齢を重ねるにつれ、それを続けることは難しくなる。
幼い頃は大人のことを素直に聞いていても、自我を持つようになれば反発したくなるのが人情というもの。大人たちもそれは承知しているのか、よほどのことがなければ目を瞑ることもしばしばだ。
しかし、彼は違う。勉強も、運動も、特筆して語るほど優秀とも言えない彼であるが、その習慣だけは、誰に何と言われても継続していた。
しかし、そのサイクルをほんの僅かに澱ませることがその日に起こった。
それは、星空の下での祈りを終えて部屋に戻った時のことである。
自室につながる扉を開いた時に、見知らぬ男の声が聞こえた。
「やぁ、少年」
その瞬間、少年はその事実を理解するのに時間がかかる。
場所は寄宿舎の自分の部屋。
去年まではフレッドという大柄な少年と一緒にこの部屋を使っていたが、彼が街の学校へ通うことになったために寄宿舎を出たため、現在は一人部屋である。
当然ながら、少年が訪れるまで人っ子ひとりいないはずである。
「おおっと、ちょっと待った。俺は怪しいもんじゃない。ちょっとお前さんに話があったんだ」
少年が感じた警戒感が伝わったのか、慌てて手を伸ばして少年を止めた。
外から入り込む星の光は、ほのかに部屋の中を照らす。
その淡い光は、僅かに彼の輪郭を闇の中から浮かび上がらせた。
年は白髪と皺が目立つため、歳を経ているように見えるが身体つきはがっしりとしており、弱々しい印象は皆無である。
「……」
はっきり言って、今はそれほど危機的な状況ではない。
目の前の人間に明確な害意を感じ取れないというのもあるが、子供が寝泊まりする寄宿舎といえど大人がいないわけではないからである。
この寄宿舎の寮監であるメアリー女史は、腕っ節でも有名で、愛用の箒を手にして泥棒を追い払った逸話は数知れず。
白髪が目立ち始めた今も、その迫力はいささかも衰えず、寄宿舎生から恐れられている。
それは気の迷いなのか、それとも運命の悪戯か。
不思議なことに、この怪しい男の話を聞こうという気になったのだ。
「まぁ、不躾で申し訳ないと思うんだがね。君にその祈りをやめて貰いたいと思うのさ」
どうして、と聞いた少年に対して男は言いにくそうに言葉にした。
「それは君のためであり、私のためである」
もう一度、どうして、と聞いた少年の問いに対して、さらに言いにくそうに言い放った。
「私は君の未来の姿。私は未来から今にやってきたのさ」
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