第31話 死へと挑む2


「誰かいるな!? 出てこい!」


 数秒の沈黙のあと、影になっている場所から何かがゆっくりと姿を現す。


 みすぼらしい服を着た、端正な顔の少年。金髪で、耳がとがっている。

 それは先日の幻視で見たエルフの姿そのものだ。ガルラという名で呼ばれ、エルフ族の魂の依り代とされた少年。


 アイザックは確信した。間違いない、彼こそが魔王ガルラ・ヴァーナなのだ。

 あれから殆ど成熟していないのは意外だったが、彼が霊体レイスならばその肉体は実体を持たない虚像。好きなように姿を変えられるだろう。


「カタリナ、ヘレナ、油断するなよ。こいつが諸悪の根源だ」


 アイザックの緊張した声を二人も察したのだろう。うなずいて各自戦闘態勢を取る。

 ガルラ・ヴァーナはじっくりと彼らを睨め回し、忌々しそうに呟いた。


「なるほど、さっきのは転移の魔法か。人間というのはつくづく不意打ちが好きだな」

「……お前は生前も奇襲で敗れたそうだな。自分のねぐらに罠を張るのは、敗北者なりに失敗を活かしてのことか?」


 いつかルカから教わった話を、挑発交じりに投げかける。

 魔王ガルラはさしたる動揺は見せず、しかしやや不機嫌そうにルカの石像を一瞥する。


「こんなものは手遊びだ。この男のせいで、それぐらいしかやることがなかったからな」

「……どういうことだ?」

「お前らもこの男の関係者か? それであれば少し遅い気もするが……だが我をここに縛り付けたのはこいつ自身だからな。油断ならん奴だ」


 魔王ガルラの言葉は独り言まじりで、どこか要領を得ない。

 しかし縛り付けている、ということは――


「――そうか。ルカは自分で自分を石化したんだな」


 アイザックの呟きにカタリナが首を傾げる。


「自分で自分を……? そんなことして何になるの?」

「カタリナさん、おそらくルカ様は魔王のポゼッション――憑依をあえて受け入れたんです。例え彼に身体を乗っ取られようと、その身体自体が動けない石像になれば無意味だから」


 同じく状況を察したヘレナが彼女に説明し、それをアイザックが引き継ぐ。


「そうだ。憑依状態では肉体の支配権が剥奪はくだつされるが、動けない肉体ならば逆に足かせになる。その様子では憑依も解除できないようだし、お前はまんまとルカの術中に嵌ったわけだ」


「ふん……だが逆に、この男から精気を得て力をつけさせてもらった。アンデッド共に命令を下すだけなら、この場から動けなくとも十分だ」

「……一つ聞きたい。なんで最初にルカの身体を狙ったんだ」

「それはこの人間が至上の素体だからだ」


 魔王ガルラがルカの石像を小突く。

 アイザックにはその行動すら不快なものだったが、ぐっと堪えた。


「この男は回復魔法の権威だそうだな。我々とは異なるアプロ―チだが"生命の流れ"を感じ取り、最もその神髄を理解している人間だ。なにより、その感性が我々エルフのそれによく似ている」


「お前らに似ているだと?」

「そうだ、無論我らにとっても意外なことだったが……だがおそらくこの男以上に我と同調できる人間はいないだろう。アンデッドとして征服者になるために、この男の身体が必要だった」


 自分の恩師が敵である魔王に似ているなんて、ぞっとしない話だ。

 だがまったく理解できないわけではなかった。ルカが過去に見た幻視、それが本当ならば、はっきりと縁を結べるほどこの魔王とルカは近しい存在なのだと言える。


 ――そして魔王の過去を見たアイザック自身も、それに次ぐ精神の持ち主だと。

 一瞬、魔王ガルラがアイザックの心を読んだかのように、鋭く射抜くような視線を送った。

 ドキリとする。しかし魔王はすぐに視線をそらし、三人それぞれに目を向けた。


「我が魔力は今もこの男の心身を蝕み続けている。長く、随分と長くかかったが、時とともに石化の効力も弱まってきた。肉体を自由に操れるようになれば、各地で数を増していたアンデッドたちにも直接指揮を執ることができる。苦痛を感じぬ不死の軍勢だ。もはや人類に逃げ道はないぞ」


「でしたら、今ここで貴方を討伐します。ルカ様の肉体が完全に支配される前なら、貴方も一介の魔物――アンデッドに過ぎません」

「討伐? 貴様らがか?」

「その男――ルカは俺の師匠だ。師の残した災禍の種は、この俺が摘む」

「ほう……弟子か。なるほどな」


 あからさまに嘲笑していた魔王ガルラが、アイザックの言葉を聞いて得心が行ったというふうに頷く。

 しかしそれも一瞬で、すぐさま突き放すように笑い飛ばした。


「うぬぼれるなよ人間。例えこの場を動けずとも、我がこの男に憑依していることに変わりはない。力の差を思い知らせてやろう」


 そう言ったガルラ・ヴァーナの肩あたりから、ごぼっという音とともに大きなこぶが湧き出る。

 否、瘤というのは正確な表現ではない。かぎのような鼻に深いしわの入った口元。そして白髪の生えたその肉腫は、まるで老婆の顔のようだ。


 一同はその光景に絶句するが、彼の変質はそれで終わらない。

 続いてもう片方の肩からも顔のような瘤が生える。今度は精悍な男の顔をしていた。


 瘤の形成は次々に起こり、肩から背中、そしてこぶ同士の境目にも伝播していく。

 男、女、老人、子ども、痩せた顔、傷のある顔。様々な顔が生まれ、どんどんと膨れ上がり、いびつな風船のように姿を変えていく。


 元々の身体だった少年の肉体は、顔瘤のかたまりに精気を失われたように干からびていき、やがてゴミのように張り付いているだけのものになった。


「我こそは死を以て生命を統べる者――ガルラ・ヴァーナ。真なる魔王の姿、存分に拝謁せよ」

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