第30話 死へと挑む1
数刻ほどの間をおいて、アイザック等は再び屋敷の前に集まっていた。
各々に戦いの準備を済ませ、魔王へ挑むために。
「転送の魔法は私が起動させよう。その前に、作戦を確認しておいたほうがいいかな」
三人を前して、ロレンズがそう言った。
ヘレナがうなずいて答える。
「転移先は魔王の目の前。であれば、私たちの取る手段は奇襲一択ですね」
「当然だな。魔王が状況を理解する前に三人で先制攻撃を行い、一撃で始末する。それがベストだ。ただ唯一の不安材料は、俺たち自身も転送先の地形や状況が分からないということだが」
「うーん、最悪のパターンだと敵の軍勢のど真ん中ってこともあるものね」
アイザックの言葉にカタリナは思案顔をするが、これにロレンズが口を挟さむ。
「それは最悪のパターンではないね。最も悪い状況というのは、魔王が既に人間の街に潜伏していた場合だ」
「……憑依状態にあるなら、人間になりすまして行動していることも十分考えられますね」
「でも、ルカって人は勇者パーティーのヒーラーなんでしょ? 有名人だし、教会にも追われているはず。その状態で人間社会に溶け込むなんてできるかしら」
「追ってると言っても、教会の手が届かないところもあります。それに魔法なりを使って本気で変装していれば、流石に見つけるのは困難です」
「――その場合は、なおさら一撃で仕留めることが重要になるな」
アイザックが鋭い目でつぶやく。
ルカの身体を利用して、という想像は彼にとってあまり気分の良いものではない。
「幸い、俺たちの魔法は全て回復魔法がベースだ。街中で使っても人への被害は最小限に抑えられる」
「……そうですね。最悪の想定というのは必要ですが、あまりそれに引きずられても良くないでしょうし」
「では、そろそろ始めようか」
ロレンズがそう言い、スクロールを取り出す。
三人を取り囲むように魔力が収束し、地面に魔法陣が描かれる。転移は比較的複雑な魔法なので、発動するまで多少の時間がかかるのだ。
今の内にとアイザックが手をかざし、ヘレナもステッキを掲げる。
「『リジェネーション』、『リアクト・ヒール』!」
「『タフネス』『クイックネス』『ストレングス』『フォーカス』!」
アイザックが継続回復魔法と反応回復魔法、ヘレナは三種身体強化魔法に魔力強化魔法を発動しておく。
気休めだが、これで有事の際の対応にも幅が出るだろう。
そしてちょうど魔法陣が完成し、円の外がぼやけ始める。
「アイザック君、カタリナ君、ヘレナ君。君たちの無事と、そして何より勝利を願っている」
転移発動の直前、ロレンズは激励の言葉を送る。
陽炎のように揺れ動く彼の姿に、三人は力強いうなずきを返した。
そしてすぐ、その姿も見えなくなる。
転移の魔法とは場所と場所とを距離とは別の概念で繋ぐ術。
一瞬だけ"どこでもない場所"を潜り、目的地で浮上する。
外の世界が見えなくなってから数秒程度で、すぐ転移座標の光景が広がった。
――だがその様子を見る間もなく、アイザック達を強烈な魔力波が襲う。
「……っ!」
攻撃を受けた。
三人が理解できたのはそれだけだった。
まったく未知の、しかも耐え難い不快感が彼らを襲う。
三人に張られていたリジェネーション、リアクト・ヒールが即座に発動するが、込められた魔力が一瞬で枯渇して効力を失う。
どういうことだ、これは。
アイザックには、自分の回復魔法を強引に剥がされたかのような感覚があった。さながら川の濁流が、橋や土手を削り取っていくように。
だが幸いにも、二つの回復魔法がこの攻撃を相殺してくれた。
魔力はかき消され、圧力から解放される。
アイザックはすぐに顔を上げ、警戒態勢を取る。
見たところここは、山岳地帯のようだ。隆起した岩肌がそのまま地面になっており、少々足場が悪い。正確な地理は分からないが、彼方には村らしきものも見えた。
「敵はどこ!?」
ヘレナが叫ぶ。そう、自分たちは魔王の目の前に出現したはずだ。だが何故かその姿が見えない。
さっきの攻撃はおそらく罠魔法の類いだろう。陣地そのものに配置してあったか、あるいは敵の魔法に
焦りがアイザックの頭をよぎる中、ふと何かに足で触れてしまい視線を下げる。
「これは……」
手に取ってみると、それは杖だった。
ただの杖ではない。これは確かルカが訓練の時に使っていたものだ。簡素な木の棒に掘り込みを入れたもので、アイザックの使っていた杖とほぼ同じデザインになっている。
この杖があるということは、間違いなくルカがいるということ。そして、その彼に憑依している魔王もまた確かにいるはずだ。
「ね、ねえ。もしかして……アレじゃない?」
ふと、カタリナが声を上げる。
彼女は戸惑いの表情のまま、視線の先を指で示す。アイザックとヘレナは最初、向けられたその先に何があるのか分からなかった。
だがすぐにそれを理解し、全身を毛立たせる。
地面とほぼ同じ色と質感なので、隆起した岩肌と区別がつかなかったのだ。
だがそれは決して自然物ではない。膝をつき、うなだれるような姿勢で硬直した石像。
その顔はルカそっくり――というよりも、本人としか思えない似姿だ。人がそのまま石になったのでなければ、この精巧さはありえない。
「まさか、石化しているの?」
ヘレナが呟く。
それもまたある種の呪いだった。人を生きながら石に変える魔法、レイスと化した魔王ならば使えておかしくはない。
石像の背後から気配を感じ、アイザックはとっさに杖を構える。
「誰かいるな!? 出てこい!」
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