第13話 路地裏の悪事3
「こんな理不尽を受けた俺の、俺たちの気持ちがお前に分かるか!?」
「そのガーゴイルの群れというのは、十九年前の冬に起こった西方高原の戦いのことか?」
「なっ……!?」
男は思わず目を向いた。まさしく図星だったからだ。
アイザックの風貌は精々二十歳前後、自分が赤子だったかどうかの時代のその戦いを、なぜ言い当てられるのか。
「別に驚くほどのことじゃないだろ。ガーゴイルは擬態能力を持つ特異な魔物だ。それが群れで現れるような戦いなんて限られている」
「……魔王が生きていた時の出来事だぞ? この時代のヒーラーがなぜそれを学ぶ必要がある」
「今アンデッドを生み出しているのも魔王だ。逆に学ばない理由がない」
アイザックはきっぱりと言い切った。
人類がアンデッドと戦い続けることの延長線上には、必ず魔王との再戦という結末がある。アイザックにとってそれは明白な事実だ。
だがこの男は、そしておそらくもっともそれを考えるべき教会もそこから目をそらしている。
このままアンデッドを滅していけば、少しずつ平和が取り戻されていくという幻想を抱いているのだ。復活を宣言した魔王は、まだ何の行動を起こしていないというのに。
「確かあの戦いでは、この国の魔法騎士団が最前線に立ったはずだ。上空からの攻撃を障壁魔法で牽制し、全てのガーゴイルが撃ち落されるまで不動を貫いたとか。結果として騎士団には少なからず死傷者が出たが、冒険者を含めた傭兵たちの被害は小さかった。……魔法使いでもないなら直接ガーゴイルに攻撃を加える機会もなかっただろうし、お前が上げた成果なんてないんじゃないか? ただ流れ弾的に攻撃を貰っただけで何が勲章なんだ?」
「あ……う……」
「教会にはその程度の傷なら治してくれるやつがいくらでもいるだろう。なのにお前はそれをせず、この傷が勲章なのだとごまかす。自分で言った通り"名残り"だからだ。今の自分とは違う、輝いていた時代の残滓。お前はずっと過去に引きずられていたんだな」
「う……うるせえっ!」
男は叫びながらマシェットを振りかぶる。さっきの言葉でひどく怒りと羞恥心を駆り立てられたらしい。元戦士とは思えないような、あまりにも精細を欠いた攻撃だった。
アイザックは半身になって攻撃をかわし、同時に足払いをかけて男を転がした。そのまま流れるように武器を蹴り飛ばし、腕をひしぎ、足を捻じ曲げる。一寸の身動きもできず、苦痛だけを感じる体勢へと男を追い込んだ。
「いっ……痛てぇっ! 痛っああああ!」
「こういうのを関節技って言うんだけどな、こんなものはアンデッドにはまったく効果がない。痛覚がないからな。さっき急所狙いしか能がないみたいなことも言われたが、アンデッドには急所がないからこれも無意味だ。お前の言葉を借りると学ぶ理由のない技術だ。けれど俺は修行の中であらゆる体術を覚えさせられた。なぜだか分かるか?――アンデッドはある意味誕生したばかりの魔物で、これから先が見えない存在だ。回復魔法の一芸だけじゃ敵の成長に追いつけず、お前みたいに無力な立場に陥ることもある。だからあらゆる状況に対応するため身体技術の合理を学び、それに準じて魔法を発展させる、そういう柔軟な基盤が必要だった」
アイザックが喋り続けている間、男はずっと悶絶してかすれた声をあげていた。涙を流し、苦悶の表情で苦痛を訴えた。しかしアイザックは気にせず力を込め続ける。
「俺はお前たちを考慮しない。辛さを考慮しない、無念を考慮しない。この時代を生きる者たちに唾を吐くような真似をしたお前たちには、その価値がない。その代わりに思い知ってくれ。アンデッドには通用しないこの痛みの感覚をもって、俺たちがお前たちを反面教師に成長していってるってことを」
そこまで言って、アイザックは男から反応がなくなったことに気付く。いつのまにか彼は失神していた。苦痛が我慢の許容量を超えたのだろう。口ほどにもないあっけなさだ。アイザックはため息を吐いて男を開放する。
どうしようかと思案していたところ、不意に路地の角に気配を感じた。
「誰かいるのか?」
角の影からゆっくりと現れたのは、カタリナだった。
彼女はアイザックと、その周りの惨状を見回してため息を吐く。
「どーするのよ、こんな騒ぎ起こして」
「先に手を出したのは相手のほうだ」
「殺してないでしょうね?」
「当然だろ? こいつらには色々と白状してもらわないといけないことがあるからな」
「そ、じゃあ早くこれで縛っちゃいましょう」
そういってカタリナはロープを取り出した。
二人はテキパキと倒れている男たちの両手両足を拘束する。途中、アイザックは何度か彼女の顔を伺った。話が早いのは助かるが、どうにも表情が読めない。
全員を縛り終えて、更に他の者が持っていたニセ免罪珠の束を首にぶら下げさせる。見る者が見れば彼らが違法行為を行っていたののは一目瞭然だろう。
「……なんか、それなりにショックね」
カタリナがつぶやく。
彼女がいつから隠れていたにしても、おおよそ状況は理解できているのだろう。
「どんな組織でも良いやつも悪いやつもいる。そうだろ?」
「うん、でも口ではそう言っといて、自分では理解してなかったのかも。教会は支えみたいな気持ちがあったから、多少横柄でもみんなを守るために大変だからなんだって、でも……」
こてん、とカタリナがアイザックの背に頭を載せる。小さく震えていた。
「こんなやつらが、私たちの、アイザックの活躍を疑って、馬鹿にしてたんだ。なんか今になって腹立ってくる」
「ああ、腹立つとも。だから見返してやった」
「うん、やっぱりアイザックは強いね。私はここで聞いてることしかできなかった。動揺してばっかりで、加勢する気も起きなくて……はは、そんな必要なかったけどね」
「けれど、それはお前にとって何の関係もない話だ」
「え?」
突然の切り返しに戸惑い、カタリナは顔を上げる。アイザックはゆっくり向き直った。彼女の腫れた頬に涙のあとがある。
「お前は、アンデッドになった友達を救ってくれたクレリックに恩義を感じていたんだろ? でもそれは、教会そのものとは関係ない。いや、実のところ友達自身とも関係がない。アンデッドになった時点ですでに故人なんだから、その気持ちを
「で、でも……そうかもしれないけど……」
「誤解するなよ、別に責めてるわけじゃない。むしろもっと勝手になれと言ってるんだ」
ハンカチを手に取って、カタリナの涙を少し乱暴にふき取った。
「友達を救ってくれたという思いの裏には、きっと救われてほしいというお前自身の気持ちがある。初めて組んだ依頼で死にかけた時に言ってたよな? 自分がアンデッドになって人を襲うのは、普通に死ぬことより嫌だって。俺もそう思う。きっとその気持ちは、教会なんて枠組み関係なく、共感できる人間がたくさんいるはずだ。それだけでいいんだよ、戦う理由なんて」
「この人たちは、そんなこと考えてなさそうだったけど」
「そうだな。良かったじゃないか、こんな小悪党と分かりあいたくないだろ?」
「ふふっ……何よそれ、適当ね」
ようやく、カタリナに彼女らしい笑みが戻った。
あの僧兵たちは、免罪珠やそれを買おうとする人間たちを下らないと思っていた。自分の死んだあとの世界なんてどうでもいいだろう、と。
けれど、そう思わない人たちもいる。辛いことの多い世界でも、信頼できる友達や仲間がいて、たとえ自分が死んだとしても彼らには健やかに生きてほしいと思う人々が。
アイザックは、それだけでもこの世界に価値があると思う。
「あーあ、なんだか私も目がさえちゃった。なんだかここら辺寒いし、温かいものでも飲みたいな」
「酒場に行くか。あそこならこんな時間でもやってるだろ」
「よし、行こう行こう!」
二人は暗い路地を抜けて、まだ灯りをつけた店を探す。
賑やかな喧噪こそが、自分たちにとって一番の休息だと知っているから。
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