第12話 路地裏の悪事2
「俺たちの商売を邪魔して、ただで済むと思ってないだろうな?」
「商売、か。やはり売り付けていたんだな。それも今日この町で始めたことじゃないはずだ」
「おうとも、それに俺たち以外にもたくさんのやつがやってるだろうよ。俺にはさっぱり分からんが、こんなものを媚を売ってでも欲しがるやつがいる。はしたないと口には出さずとも、目の前にチラつかせていれば目を爛々と光らせるやつがいる。上の連中が出し渋るもんだから、需要だけが膨れ上がってる。それならニセモノだろうが俺たちが売ってやるのが人情ってもんさ」
下卑た笑みを浮かべて騙りながらも、傷顔の男は目で合図を送る。男と同じように獲物を抜いた仲間二人が、両脇から襲い掛かってきた。
アイザックはこれにあえて前へ踏み込む。上体だけ軽く屈んで、振り被られたマシェットの間をくぐるようにすり抜ける。
そして背を向けたまま一方の男の脊椎に肘鉄を、振り向いたもう一方の男には顎めがけて掌底を叩き込んだ。両方とも人体の急所に当たる部位、激痛と眩暈で立っていられずに倒れこんだ。
流石に一撃でのされるとは思っていなかったのだろう。狼狽する傷顔の男にアイザックは冷たい声で話しかける。
「俺はアンデッド退治に色んなところへ出向かされた。人が消える馬車道、放棄された兵の駐屯地、そして潰えた町……その時々に"アレ"を見かけた。免罪珠を首にかけたままのアンデッドだ。死の間際、きっと彼らは思っただろう。自分は死ぬ、けれどこんなものにはならない。醜い化け物にはならない、人を襲う邪なモノにはならない。これがあるから、ちゃんと人間として死ねるはずだ……と。お前たちは死せる者の唯一の希望を冒涜している。俺はそいつが不快でたまらない」
「だからどうした! 騙されるほうが悪いんだよ!」
「ならばお前らも、俺に見つかったのが悪かったな」
傷顔の男が逆手に握った刃を振るう。アイザックはこれをのけぞるように回避するが、男は素早く順手に持ち替え、返す刃で水平に斬りかかる。
不安定な体勢の中、アイザックはもう一度攻撃を避けるが、切っ先がわずかに首まで届いた。
皮膚が切れてたらりと血が流れ、アイザックはそれを乱暴に拭う。
それを見て男は嬉しそうに唇をゆがめる。
「確かにお前は強いんだろうよ。だがそれはアンデッドに限ったことだ。クレリックだのヒーラーだのっていうのは、要するに回復特化の魔法使いってことだろ? 人間相手じゃそれは何の意味もないよなあ!」
「それはお前の知ってる範疇での話だろ」
アイザックは冷静に答えたが、傷顔の男はそれを強がりだと受け取った。哄笑をあげながら斬撃の猛攻が始まる。
アイザックは体幹の動きと足のステップで男の攻撃を避け続けた。杖まで用意する余裕がなかったので、体術のみで対処するしかない。
連続で攻撃を繰り返した末、一呼吸分の乱れが生じる。その隙に懐に入って拳を叩き込む。みぞおちを抉ったはずだが、予想より感触が重たい。街の中だというのに律儀にも鎖帷子を着込んでいたらしい。
「……っ。へっ! ちょこまか動いては急所狙いの一撃、小賢しい戦い方じゃねえか!」
「戦いってのはそういうもんだろ。悪漢相手ならなおのこと遠慮する理由がない」
多少はダメージがあったのだろう。挑発めいたことを言い出すが、アイザックは相手にしない。
その淡泊な反応に、むしろ男のほうが肩を震わせて怒りをあらわにする。
「悪漢だと? ああ確かに今はそうだろうよ! だが見ろ、この顔の傷跡を! かつては俺も戦士だった! これは夥しいガーゴイルの群れと戦った時の名残り、俺の勲章とも言える傷だ! 魔王の手下どもと戦って、それでも生き残った。だがそんな俺に残された道はどうだ!? アンデッド相手に白兵戦なんて無駄だと一蹴され、守られてばかりの愚図な回復役が我が物顔で俺たちに命令する! こんな理不尽を受けた俺の、俺たちの気持ちがお前に分かるか!?」
男の、慟哭にも似た声が響き渡る。男の見た目は壮年、それも髪が灰色がかっているので人生の後半に差し掛かっていると見える。
実際に全盛期は戦い盛りだったのだろう。そんな人間は多くいる。魔王との争いがあった時代、前線で戦った多くの者が、今では役目を失って無力感を抱いている。
教会は権力を以って彼らの不満を抑え込んでいるが、この男のように抑圧によって憎しみを滾らせている者もいるのだろう。
だが――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます