第11話 路地裏の悪事1


「アイザックはさ……教会の人が嫌いなの?」


 ベットに寝転んでいたカタリナが、不意にそう問いかける。


 二人は屋敷を追い出された後、宿の自室に戻って何をするでもなく過ごしていた。お互い今日はもう行動したい気分でもなく、考えることも色々あったからだ。

 アイザックは椅子に座って手記を書いていたが、ゆっくりと顔を上げる。


「別に。そもそもクレリックに会ったのも初めてだ」

「そうなの? 今までアンデッド退治の時に鉢合わせたりしなかった?」

「なかったな。……いや、今思えば手柄をかすめ取られた、みたいな文句だか噂だかを聞いたことはあった。だから間接的には接点がないわけじゃない」


「けど特にメンバーとの面識はない、と。それじゃなんであんなにあたり強かったの?」

「なんでって言われてもな……お前はどうなんだ?」

「私?」

「そう。お前だってサポーターしてたときクレリックに逃げられたことがあるって言ってたじゃないか。文句の一つくらい言いたいんじゃないのか?」


 これはアイザックからすれば意図的に話をそらしたわけだが、カタリナはそうとは気づかず真面目に考える。


「私はほら……アンデッド退治を請け負うようになったきっかけがクレリックの人に助けられたから、って感じだし。そりゃ組んだ相手には嫌な人もいたけど、教会の人みんなが悪い人間とは思えなくてさ」


「ふうん……それは俺も同意見だな。一つの組織にいるやつ全員が悪い人間ってことはないし、逆もまた然りだ」

「なんだか斜に構えた言い方ね」

「お前、そもそも忘れてないか? 俺と初めて会った時の印象はどうだった?」


 言われたカタリナは、うーんと唸りながら腕を組む。それでもベットに寝転んだままなのは変わらないので、なんだか妙な仕草になっていた。


「あ、なんか嫌なやつだった! 初対面なのにかなり邪険に扱われたし!」

「ま、そういうことだ。俺は基本的に嫌なやつなんだよ。初めて会ったやつに友好的にしよう、なんて思ったことないしな」

「そんなんだから友達少ないのよ」


 遠慮のない物言いに流石のアイザックも声を失った。堂々としているがこの女は、アイザックの交友関係など知りもしないはずである。


「……お前はなんで俺の理解者面してるんだ? まだ顔を合わせて数日ぐらいしか経ってないと思うんだが」

「えー? まあ最初は色々あったけど、もう私たち友達でしょ?」

「初耳だぞ」

「またまたー。照れてんの?」

「お前の距離感は理解不能だな……。それでも今日の寝床ぐらいは考えておいたほうが良いんじゃないか? 流石に男と相部屋になる気はないだろ」


 カタリナははたと気付いてベットから飛び起きる。どうやら今まで何も考えていなかったらしい。

 別にこの宿屋が常に満室というわけではないが、領主の口添えもあるぐらいなのでそれなりに高級だ。退治屋の金銭事情では実費で泊まりたくはないだろう。


「そーだった……今から他の宿屋探さないと」

「値段の程度とベットの寝心地は比例するぞ。硬すぎて寝られないかもな」

「馬鹿にしないでよ。私だって根無し草、最悪野宿でも問題ないんだから」

「いや、街の中で野宿はまずいと思うがな……探すなら急いだほうが良い。そろそろ辺りも暗くなってきたし」


 そう言いながらアイザックは窓の外を見る。最初は何気なくだったが、ふと視界に見覚えのある姿が映った。身を隠すように、不審な動きをしている。


「……」

「アイザック? どうかしたの?」

「いや……やっぱお前もう一日だけこの部屋を使っていいぞ。俺は外に出る」

「え!? いやいや、流石に家主を追い出してまで部屋を借りる気はないんだけど」

「野暮用ができた」

「は、はい? 急すぎない?」

「とにかく、俺はここを留守にする。あとはどうするか任せるから」

「ちょ――」


 まだ何か言おうとするカタリナを無視して、アイザックは部屋の扉を閉めて宿の階下に向かう。


 窓から見えた場所はさほど離れたところではなかったはずだ。おそらく自分たちがここに宿泊していることも知らなかったのだろう。

 外に出てその場所に近づいてみると、ひそひそと話をする声が聞こえてくる。


「……だって……じゃない……。……の品だったら」

「そんな……だろ。……お墨付き……」

「……そう。……俺たち……信じられ……。……だよ」


 ひどく薄暗い路地の行き止まり。およそ密談以外の目的で使われたことのないような場所。

 今日ロレンズのところで見かけた僧兵たちが、一人の女性を囲んでいた。

 背後に近づいても気づいていないようなので、足元に転がっていたビンを軽く蹴ってみる。特有の高い音が響くと、はっとしたように彼らがこっちを振り向いた。


「よお。何してんの?」


 アイザックは軽い口調で声をかける。僧兵たちの数は四人。どうやら屋敷に来ていた者全員ではないが、その中にはあの傷顔の男もいた。


 男たちは声をかけられ固まってしまったが、その間に女は囲みを抜け出して、アイザックの顔も見ずに走り去っていく。一瞬遅れて男たちが「おい待てよ!」と手を伸ばすが、すでに女は曲がり角に消えてしまった。

 そして路地裏にはアイザックと男たちだけが残る。男たちは緊張した表情でこちらを睨むが、リーダー格らしき傷顔の男が肩をすくめて話しかけてきた。


「やれやれ、お前のおかげであの子に逃げられちまったよ」

「教会の兵士が女遊びか?」

「そりゃあ俺たちも男だからな。そういう気分にだってなるさ」

「女のほうは逃げていったみたいだけどな」

「おいおい、言っとくがあっちが先に誘ってきたんだぜ? 別に暴漢まがいのことをしてたわけじゃない」


 明らかに嘘と分かる、軽薄な物言いだった。しかしアイザックはそれにそっけなく返答する。


「いや、それはどうでもいい」

「あん?」

「教会にあやかりたいやつもいるだろうからな。そこは問題にしていない」

「今更何言ってんだお前? どうせあの女を助けてヒーローでも気取るつもりだったんだろうが」

「色恋には疎いほうでな。もしそういう話なら素直に帰ってたよ」


 淡泊な口ぶりに、男たちは返って不審を深める。

 男の一人がつかつかと歩み寄ってきた。


「じゃあなんなんだよお前、用がないならとっとと消えな!」


 男は手を伸ばし、アイザックを突き飛ばそうとする。

 しかしその手は彼によって逆に掴まれ、そのまま捻って身体を壁に押し付けられる。


「なっ……!?」


 様子を見ていた男たちが食って掛かろうとするが、アイザックが掴んでいた手を更に捻ると、男が叫び声をあげる。みんなそれに気を削がれて思わず立ち止まってしまう。

 アイザックは意に介さず、捕まえた男の懐やら腰やらをまさぐっていた。


「問題なのは、女をひっかけたあと何をしようとしていたかだ。このあたりは宿屋も食事処も高級で、金を持っているやつが多いからな……あった。どうやら予想通りみたいだな」


 男の身に着けていたカバンから、束ねられた組み紐らしきものを引っ張り出す。紐の端には小さな飾りがついて、それには教会の紋章が刻まれていた。

 男たちはにわかにはっとする。


「『免罪珠』……これはアンデッド化を防ぐためのタリスマンだな。病や不慮の事故で亡くなっても、火葬により遺体を灰にすればアンデッドになる心配はない。しかし弔ってくれる者がいなかったり、なんらかの理由で誰にも気づかれずに死んでしまっては、いずれ亡者となって人を襲う者になってしまう。それを防ぐためにこの免罪珠は、持ち主が死ぬと自動的に『ブレッシング』の魔法を発動させる。効果は微弱な結界のようなものだが、ある種の魔力浸食である"生命の流れ"の逆流――つまりアンデッド化を促す力から遺体を守ってくれるわけだ」


 男たちの表情が各々変わっていく。ある者は蒼白に、ある者は冷や汗を流し、そしてある者は眼光鋭くこちらの隙を伺うようになる。

 アイザックは捕まえていた男を、もはや用済みとばかりに突き飛ばす。


「教会は寄進の額が多い者や貴賓への好意の証としてこれを送ることがあるが、基本的に売買はしていない。持ち主が安心できるほどの期間アンデッド化を防ぐには、かなり精度の高い魔法を付与する必要があるからだ。だがお前らはそんな希少なものを大量に持ち歩いている。そしてヒーラーである俺が見たところ、これには触媒が入っていない。触媒がなければ魔法は付与できないし、装飾品以上の価値はないな」


 アイザックは免罪珠の束を足元に捨て、そのまま踏みつぶした。紋章の描かれた飾り部分がバキッと音をたてて割れるが、その中身は空洞だ。

 黙っていた傷顔の男が舌打ちして、腰につけていた獲物を抜く。マシェットなどと呼ばれる、鉈に似た大振りのナイフだ。


「俺たちの商売を邪魔して、ただで済むと思ってないだろうな?」

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