第27話 真実2


「誰もそれを信じなかった、ということか」


「そうだ。彼には確信があったようだが、それを証明する根拠はない。なにより時期が悪かった。長年の戦いが終わって皆が浮かれていたからね。次なる災厄を示唆するような者は、疎まれて当然だ」


「ふんっ……その時信じてれば、ここまでひどい状況にはなかなかっただろうに」


「だがルカのほうも、そこで諦めはしなかった。何とかして予知した未来を防がなくてはいけない。――そのために今の世代に声が届かないのなら、アンデッドと戦うであろう次の世代に何かを託せばいい。彼はそう考えて活動をし始めた」


 そう言ってロレンズは、ルカが治癒師ギルドの改革を進め、意図的に今の教会へと変えたことを説明した。


「教会もルカが作ったようなもの、ってことか?」


「そう。彼はこの状況を作るため、良くも悪くも様々なことを取り計らった。ただ……今の教会の現状を見ると、全てがルカの計画通りというわけにはいかなかったらしい」

「そうだな。教会は確かに最初期の混乱を治めた功績がある。だけどその後、守りに入った」


「ああ。アンデッドに対するほぼ唯一の対処法を持っているヒーラー、そして教会はある種の権威となってしまった。彼らとてむざむざ人類を滅ぼさせたいわけじゃないだろうが、権力を持つ者の働きはいつの時代もとどこおるものだ。組織の上層部は元ギルドメンバーと実際の宗教家ばかりだから、戦略レベルの作戦に知見がないというのもあるんだろうが……」


「……まあ、そこらへんの話はあっちの問題だ。今更どうこう言ってもしょうがないだろう」


 アイザックにとっては監禁、拷問と散々ひどい目に合わされた恨みがないわけでもないが、ヘレナのこともある。組織そのものに怒りをぶつけるのは意味のないことだろう。


「すまない、話が脱線したね。ともかくルカはアンデッドに対抗する策をいくつも講じ、方々に仕掛けていた。そして最も直接的な対抗策として、対アンデッド用回復魔法を考案した」


「それが、今俺の使っている魔法か。ルカはアンデッドを倒すために、一から魔法体系を作ったんだな」

「そうだ。本来ならはっきり言って無謀。優れたヒーラーであるルカの力でも、手探りだったのは否めない。君の修行中に思いついた術もあっただろう」

「おいおい、下手に失敗でもしたらどうなってたんだ」


「流石に危険はなかったと思うが……だがこの案がもっとも難しいものだったのは確かだね。おそらく君に実際に戦わせようとまでは思っていなかっただろう。修行の中で魔法の理論を完璧なものにし、君にその指導者となってもらう。それによってより多くの人間にアンデッドへ対抗する術を広めることが目的だった」


「? そもそもこの魔法の第一人者はルカのほうだろ。一通り俺に教え終わったらどうする気だったんだ?」

「全てが終わった後、なんて考えはそもそもルカにはなかったよ。現に今失踪している」

「……なんだよそれ。お前はルカが今どうなっているのか知っているのか。ルカは、もしかして……」


 もしかして、死んでいるのか? その言葉をアイザックは飲み込んだ。

 ロレンズは少し間をおいて、小さく首を振る。


「死んではいない。……生きていると呼べるかどうかは分からないが」

「なんだよそれは! どういう意味だ!」


 アイザックが激しくテーブルを叩く。


「お前、いつか言ったはずだよな? 俺がルカが死んでいたらって弱音を吐いた時に『そんなはずはない』って」

「ああ言ったね。そしてこうも言った。彼は君が見つけてくれるのを待っていると」

「どうやって見つけろって言うんだよ! 誰も行方を知らない、理由も分からないのに」

「理由なんて決まっている。魔王のせいだ……!」


 怒声を打ち消すように、ロレンズは力強いトーンで答える。

 アイザックははっと目を見開いた。


「魔王……」

「ルカが見た幻視には、魔王が今どんな姿なのかも映っていた。復活した魔王はゾンビでもスケルトンでもなく、霊体だったんだ」

「霊体……レイスか!?」


 本来珍しい存在であるアンデッドの中でもさらに特異な例、それがレイスだ。

 肉体ではなく精神、魂と呼ぶべきものが蘇った姿であり、他のアンデッドとは違って記憶も理性を以前のままだ。過去のケースでは蘇った本人も困惑している場合が多く、問答無用で討伐ということにはならない。


 しかし一度戦闘になってしまえば一切の物理的干渉を受け付けない厄介な相手だ。

 さらにレイスには憑依ポゼッションという生者を支配する能力があり、それによって莫大な力を手にすることがある。


「ルカは魔王がレイスとして蘇ることを知った。そして宿主に自分を選ぶことも」

「じゃあ……今ルカは……」

「彼は自分が襲われることを知っていたし、そのための準備もしていた。……だが勝てなかったんだ。戻ってこないのはそういうことだろう」


 ロレンズは苦渋をにじませて答える。

 アイザックは絶句していた。探していた自分の師匠が、魔王に取り憑かれてしまっている。そんな事実は受け入れがたかった。


「ルカは魔王が自分を狙っているということを逆手にとり、それをタイムリミットとした。魔王の宣戦布告というのは、ルカが行ったある種のフェイクだ。自分が敗れる直前に、先んじて魔王の存在をこの国に知らしめた。魔王の側からすれば、わざわざ自分の復活を教えるメリットはないからね。」


 確かにそうだ。あの宣言によって人類側はアンデッドの脅威に向かい合うことができたが、魔王自身はその後も沈黙を守っている。もともと水面下で動くつもりだったのを暴露されたというところだろうか。


「……まるで茶番だ。国も、教会も、全てルカの手のひらで踊っていたようなものじゃないか」

「そうだね。ルカがその後の人生を全て捧げた、壮大な茶番だ」

「俺も駒の一つってわけか? そんなの、納得できるかよ」


 アイザックの絞り出すような言葉に、ロレンズはあえて応えなかった。その代わり、机の引き出しから何かを取り出して彼に見せる。


「ルカの秘密については、これで全て話し終えた。ここからは君自身の話だ」

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