第28話 選択1
「ルカの秘密については、これで全て話し終えた。ここからは君自身の話だ」
「俺に何をしろって言うんだよ。魔王の居場所が掴めない以上、結局ルカの行方も分からないままだ」
「いや、実は簡単に分かるんだよ。これを使えばね」
ロレンズが出した品物は二つあった。その一つは呪文のびっしりと書かれた紙切れで、スクロールの一種と思われる。
アイザックは呪文の形式を見てみたが、無数の隠蔽呪文にまぎれ、本来どのような魔法が発動するかの判別できなくなっていった。
「これは?」
「転移の魔法が刻まれている。ルカが魔王と対峙する前に用意したもので、座標はルカ本人の位置だ」
「! なんだって!?」
「これの魔法は、魔王にも気付かれていない。もし察知されたらその時点でこのスクロールも燃えてしまうからね。逆に言えば今この瞬間であれば、即座に魔王の目の前に転移できる」
「お前、そんなものをずっと隠し持っていたのか?」
「仕方ないさ。これは決して軽々しく使えるものではない。なにせ一度使えば二度目はない。魔法は解除され魔王も姿をくらませるだろう」
確かに、安易に人の手に渡せない代物だ。然るべき時に使えば必殺の一手だが、それゆえにタイミングを見誤った際には取り返しがつかない。
「まあ……復活した魔王の力は未知数だし、安易に手を出せないってのは分かるけどよ」
「そうとも。先兵であるアンデッドにも対処しきれていない現状では、国や教会に渡すわけにはいかない。とはいえ君になら話は別だがね」
「……俺に?」
「今アンデッドに単独で立ち向かう力があるのは、ルカの弟子である君ぐらいのものだろう。だから魔王を倒せる望みがあるとすれば君だけだ。……もっとも敵はルカを倒した張本人、勝ち目は薄いという他ないがね」
ロレンズの言葉は、良くも悪くも客観的事実だった。
この数年間、アイザックはアンデッドと戦い続けた。修行時代と比べて実戦経験は段違いだ。
だが自分は師匠を越えられただろうか、そう自問すると答えは出てこない。ルカは強かった。その高みへと上り詰めたか、確かめるすべはもうないのだ。
「そこでもう一つの選択肢だ。こちらはルカが当時想定していた案に近いと言えるだろうね」
そう言ってロレンズはもう一方の品物を指し示す。それは書簡のようだった。
「今度は何が書いてあるんだ?」
「推薦状、かな。今一部の貴族領主たちが、教会の権力拡大に懸念を抱いている。このままではいずれ自分たちの地位が危うくなるんじゃないかとね。だから自分たちもアンデッドに対抗する組織を作るため、兵を集めているんだ」
「そこに至る理由は馬鹿馬鹿しいが、発想としてはむしろ遅すぎるぐらいだな」
「二つ目の選択肢というのは、君がそこで講師として魔法を教えるという道だ。君が修めた対アンデッド用回復魔法、それを兵士たちが覚えればいずれ魔王に対抗する軍隊を作ることもできるだろう。訓練に何年かかける必要はあるが、より堅実で可能性のある試みだ」
「それまで転移のスクロールは保管したままにしておく、ということか?」
「そう。もちろんその間に魔法がばれて使えなくなる恐れはある。しかし今までの数年で発見されなかったのだし、今後も見つかる可能性は低いという見方はできる。楽観的だがね。それにアンデッドと戦える兵士が増えることで、単純な勢力図としても魔王と差を縮めることにもなる。少なくとも無駄になることのない案だ」
「……まあ、言いたいことは分かるよ。俺一人がルカの魔法を受け継いだままでは意味がない」
「そう。君が死ねばルカの魔法は失伝する。一方の選択肢はハイリスク・ハイリターン、もう一方の選択肢はローリスク・ミドルリターンと言ったところかな」
「俺に選ばせていいのか?」
「もちろん、君がやる気にならないと意味がないからね」
それは確かにそうだろう。だが実際は、選択肢なんて一つしかない。
アイザックに魔法を伝えさせる、というのが本来ルカの考えていた計画なのだ。それが一番いいに決まっている。
自分はそれを勘違いして勝手に戦っていただけで、魔王に挑むなんて無謀もいいところだ。
だから――答えは決まっている。
「……そっちでいいんだね」
「ああ。これが俺の選ぶ道だ」
そう言ってアイザックは、ルカの元へ飛べるスクロールを手にした。
育成者としての自分ではなく、戦う者としての自分を選んだのだ。
「理由を聞いてもいいかな? 現実主義者の君が何故賭けとも言える道を選んだのか」
「いつか、お前が言っただろう」
「私が? 何か言ったかな?」
「俺はまだ、ルカに免許皆伝を認めて貰っていないという話だ」
ルカはアイザックとの修行生活の中、突然に姿を消した。
予定よりアイザックの覚えが悪かったのか、あるいはルカ本人が行き詰っていたのか、それは分からない。
だが結果としてルカはアイザックにすべてを教える前に、魔王との直接対決へ向かっていった。
だから自分はまだ未完全なのだ。不出来で、未熟で、人に何かを教えるなんておこがましい。
「ルカに一人前として認めてもらえるまでは、人に教えるなんてできない。そしてルカに会うためには、魔王をなんとかするしかない。何、うまくいけば一挙両得だ」
「フッ……矛盾と強情で塗り固めたような理屈だね」
「理屈じゃない、俺の心づもりの問題だ。俺自身が納得しないと意味がないんだろ? ――俺がルカの見た未来を変えてみせる」
平然と答えると、ロレンズは再び苦笑した。
愚かさをあざ笑うのではない。柔らかな、屈託のない表情だ。
ロレンズもまた、ルカから転移のスクロールを託された責任がある。だがアイザックのよどみない回答に、それを預けるに足る強い意思を感じたのだ。
そして彼の選択を肯定する者はまだ残っている。他ならぬ彼の隣でその雄姿を見てきた者たちが。
「魔王へ戦いを挑むなら、私たちも参加しますよ」
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