第26話 真実1
アイザックはカタリナを部屋に待たせ、ロレンズの執務室へ赴いた。
執務室では彼が一人、手を組むようにして座っている。仕事部屋だと言うのに、机には書類の類いは何もなかった。
まるでアイザックが起きたのを察し、来るのを待っていたかのようだ。
「……目が覚めたんだね。安心したよ」
「ああ、おかげさまでな」
ロレンズは一見すると普段通りだが、声のトーンがいつもより少し低い。時折見せる軽薄な印象は、なりをひそめていた。
「色々聞きたいことはあるが、まずこれだけははっきりさせたい」
「なんだね?」
「お前、俺を騙していたのか?」
「……」
「ルカは魔王の配下になった……少なくとも、そう思わせるような事態はあった。弟子だった俺があんな扱いを受けたんだ。ルカと友人関係にあり、一地方を預かる領主がこれについて問い質されないはずがない。ロレンズ、お前は事情を知っていたはずだ」
「……そうだね。僕はルカが失踪した理由を知っていた。知っていながら君に隠していた」
「認めるということか?」
「いや、それは違う。確かに僕は君に隠していることがあった。だが悪意をもって君を騙そうと思ったことはない」
「本当か?」
「言わずにいたことは謝るほかにない。でも信じてほしい、僕は決して――」
「
言い訳を言わせる間もなく、アイザックは簡潔に返答した。
ロレンズは目を丸くする。すんなりと受け入れられるとは思っていなかったらしい。
「どうした、そんなに驚くことか」
「……僕は怒った君に殴られるぐらいのことは覚悟していたんだけどね」
「そういう気持ちもあるが、まあ我慢しといてやる。俺が今までルカとの関わりについて問い詰められなかったのは、お前が庇ってくれてたんだろ」
そうとしか思えなかった。ルカと暮らしていた人物なんて、調べようと思えば簡単に分かっただろう。だがいち早くロレンズがアイザックを見つけ、身元を引き受けてくれたから追及を逃れていたのだ。
「僕はあくまでルカの頼みに応じただけだよ。彼は君にあらぬ疑惑がかけられることを、いつも気にしていた」
「その言い方だと、少なくともルカは心から魔王に従っていたわけじゃないんだな?」
「勿論だとも! 君自身も違和感を覚えたんじゃないか? ルカがなぜ自分に対アンデッド専門の魔法ばかりを教えたのか。もし魔王と繋がっていたならそれは裏切り行為も同然だし、なにより君が弟子になった当時、まだ魔王は復活していなかったはずだ」
「そうなのか? いや、確かにあの時期はまだアンデッド被害が顕在化していなかったが……」
「力のある者がアンデッドとなるには、それに応じた時間が必要だ。あの時、魔王は確かに一度殺された。
「ということは、ルカが誰よりも早くアンデッドの脅威を察知していたことになる……どういうことだ?」
アイザックは本腰を入れて話すために、応接用のソファにどかっと座り込んだ。
『あと数年もしたら戦士も魔術師も世の中から消えてしまうんだ』
『彼らには全く手に負えない化け物が出てきて、居場所を奪われてしまう』
それは昔、アイザックが弟子に誘われた時に言われた台詞だ。首を
当時は、アイザックもその言葉を完全に信じていたわけではない。ただルカが自分を必要としてくれることが純粋にうれしかったのだ。孤児院によく来る面白い人で、それが実は凄い英雄で、そんな人に見初められた誇らしさが原動力だった。
だが次第にアンデッドに襲われたという話を聞くようになり、自分の修行している術が極めて実践的なことを自覚する。
なぜこうなるのを知っていたのかとルカに聞いたこともあったが、その度に彼は裏の情報だとか先見の明だとか言ってはぐらかしてきた。
それを無邪気に信じていた時期もあったが、今ではそこまでのんきにはなれない。何か理由があるはずだ。
「私もはっきりと言えるほどのことを知っているわけじゃない。ただ、彼がその未来を予期したのは魔王を倒した直後のことだったらしい」
ロレンズはあごを触りながら、言葉を探すように話し始める。
「君は"幻視"というものを知っているかい?」
「幻覚のことか?」
「そうではない。
「未来や、過去を見る……?」
その時アイザックが思い出したのは、獄中で見たあの夢のことだった。
蹂躙されたエルフの里、ガルラという少年、そして魔王となるために誕生した一つの歪な生命体。
もしやあれは、現実に起こったことなのか?
「これ自体はただの言い伝え。迷信に近い。けれどルカはあの時その"幻視"としか思えないヴィジョンを見た。魔王が魔物たちではなく、アンデッドを率いて進軍してくるという未来だ」
アイザックの内心など分からないロレンズは、そのまま話を続ける。
「もし再び魔王が蘇るのであれば、戦争は終わったなどと楽観視していられない。魔王の居城から戻ったルカは、すぐさま王やその臣下たちに直訴し、敵の再来に備えるよう求めた。しかし――」
「誰もそれを信じなかった、ということか」
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