第21話 波乱
「……うーんっ! 外だー!」
土臭くも腐臭混じりでもない新鮮な空気を吸って、カタリナが叫んだ。
彼女とともに採掘場から出てきたアイザック一行が、その姿に思わず苦笑する。
ムスペルを倒し、更に来た道を数時間ほどかけて戻ると、辺りはすでに真っ暗になっていた。
「結局調査っていうか、討伐になっちゃいましたね」
「そうだな、俺たちは何の役にも立たなかったが」
僧兵の二人も、お互いに肩を借りながら歩いていく。一人は誇らしげに、もう一人はやや責任を感じている様子だ。だがそれでも、また一つアンデッドの脅威がなくなったことへの安堵は共通している。
「まあまあ、反省会はなしにしよ。さっさと町に戻って、ご飯とシャワー浴びなきゃ!」
カタリナの足取りは軽やかで、少し浮かれすぎなぐらい活き活きしている。勿論疲れはあるだろうが、大きな仕事のあとの解放感がそうさせるのだろう。
「なんというか、大したものですね」
「まあ、あれは少し元気すぎだがな」
ヘレナがそう言うので、アイザックも少し苦笑する。彼女のそういうところは、ある種の長所でもあるのだろうが。
しかしヘレナは、ちょっと複雑そうな表情で首を振る。
「いえ、カタリナさんのことではなくて……」
「? なんだよ」
「貴方の魔法のことですよ。特に最後のアレは、あらゆる意味で規格外でした」
「ああ……。まあ、一発限りの奥の手だけどな」
「威力もさることながら、その余波ですら予想外の効果を発揮する……。まさに奇跡という他ありません」
今、カタリナにせよ僧兵たちにせよ、皆の傷は殆ど残っていない。
しかし彼らは本来かなり重篤な状態で、ヘレナも治癒し切る自信はなかったという。
「あの時、解き放たれた光を浴びたことで、意識を失っていた皆が一斉に目を覚ましました。きっとそれがなければ、助からない命もあったでしょう」
「買いかぶるなよ」
アイザックはそっけなくそう返した。確かにあの魔法は切り札だったが、あくまでアンデッドを倒すためのもの。本来の回復魔法としての性質が味方にも作用したのは、嬉しい誤算みたいなものだ。
「ちょっとした気付けになっただけだろ。今回のことはお前のおかげだ」
「それこそ買いかぶりですよ」
「いや、俺から見てもお前の回復魔法は大したものだった。俺が抱いていた教会への偏見が薄れるぐらいにはな」
肩をすくめてそう言うと、ヘレンは立ち止まった。
アイザックもそれに合わせて立ち止まると、彼女は深く頭を下げる。
「今までのこと、改めてお詫びします。教会が行ってきた不義理と、私自身の貴方への不躾な態度。簡単に許されることではないと思いますが……」
「よせよ。解決した話だろ」
「いえ、きちんと謝罪しなければ、私が納得できないんです」
アイザックはしばらく沈黙していたが、やがて頭を掻きながら耐え兼ねたように口を開く。
「ヘレナ、お前は謝ってばっかりだな」
「え?」
「言葉だけじゃ気持ちの半分も伝わらない。お前がそうやって頭を下げてることも、俺には無駄としか思えんよ」
「そ、それは……」
叱咤された、と思ったのだろう。ヘレナは落ち込んだ様子で口をつぐむ。
そんな彼女の頭に、アイザックは軽く手を置いた。
「論じるより行動せよ、って意味だ」
「え?」
「冒険者……っていうのは古い言い回しだが、まあ同じ界隈で仕事をしてるんだ。口から出た言葉よりも、戦場での働きのほうが雄弁だろう? 地道に自分の仕事を貫いていったほうが、ずっと分かり合えると俺は思う」
「……たとえそれが、最初は反目していた相手でもですか?」
「第一印象よりも、その先ずっと続く関係のほうが大事と俺は思うね」
「そうですか……。貴方は立派な人ですね」
そう言って、ヘレナは柔らかく微笑んだ。
アイザックは彼女のそういう表情を見るのは初めてだった。いつも張り詰めているような彼女が破顔するところは、とても美しいと思った。
彼らの話を聞いていたのか、先頭を行くカタリナが振り返って声を張る。
「ヘレナー! アイザックは単に自分が無愛想なのを正当化してるだけだよ! あんまり言いくるめられないでねー!」
「えっ、……あ、あの、そうなんですか?」
「あいつ……」
「でーもー! 私もあんまり堅苦しくないほうが好きかな! 私ももっとヘレナと仲良くなりたいし!」
大声でそう言った。彼女らしい遠慮のなさだ。
ヘレナはびっくりして顔を赤くした。しかしそれでも少しだけ嬉しそうに、カタリナのところへ駆けていく。
二人はきっと親しくなれるだろう。どちらも女性らしからぬ勝気さがあり、それゆえお互いの愛嬌を引き出すことができる。きっとお似合いだ。
ふと彼は振り返る。採石場の入り口には、ひとまず立ち入り禁止の立て札ががけられていた。のちに領主か教会で調査が行われることになるだろう。
ヘレナがカタリナのほうへ向かったことで、アイザックの思考は再びアンデッドのことに向けられた。
あの採掘場は、ムスペルを掘り起こすための拠点だった。そう考えるのが妥当だ。
一体どれだけの月日をかけた計画なのかは想像つかないが、アンデッドが化石を掘り進めていたのだろう。その圧倒的な力を戦力として取り入れるために。
それは明確な意思が絡んだ行動だ。アンデッド自身に意思が存在しない以上、考えられるのは彼ら命令を下せる上位者の存在。
すなわち、この計画には魔王ガルラ・ヴァーナが関わっている。
同時に、アイザックは領主の屋敷でヘレナが言っていたことを思い出していた。
『教会は近頃多発するアンデッドの群れの合流に対応するため、各地方とも協力していきたいと――』
うやむやになってしまったため今までは気にしていなかったが、不穏な話だ。
思えば自分とカタリナが戦ったのも、本来住処を同じくしないトロールと人間のアンデッドだった。
群れの合流と巨人の発掘。つまりそれは、各地で戦力をまとめようという動きがあることを意味しているのではないか?
だとしたら事態は人類の予想より遥かに――
「みんな! 警戒して!」
カタリナの鋭い声が響き、アイザックははっとして辺りを見回す。
大仕事のあとで気が抜けていたとはいえ、あまりに迂闊だった。夜の闇に潜んで、こちらを取り囲む者たちの気配を感じる。
数が多い。しかもこれは、統率された兵士の動きだ。アンデッドではない。
「どうか騒がないでください。我々が用のあるのは彼一人だけです」
統率者と思わしき男が一同の前に立つ。彼だけはランプを持っていて、それ故に身なりが判別できた。
僧兵たちとヘレナが小さく息をのむ。彼は自分たちと同じ、教会の紋章がついたケープを羽織っているのだ。
彼自身もヘレナに気付き、笑みを浮かべる。
「これはこれは、クレリックのヘレナ様。アンデッドの異変調査の件、大変ご苦労様です。いずれ協会本部にも報告のほうをお願いいたします」
「……勿論そうさせていただきます。私たちだけではなく、カタリナとアイザックも一緒に。此度の任務は、彼らの協力なくしては達成できなかったことですから」
「子細は存じ上げませんが、その協力というのはなかったことになるでしょう。今から捕らえる者とつるんでいたとなれば、少々体面が悪いですから」
捕らえる、と聞いてカタリナがぎょっとする。
しかし恐らく、彼女が不安がる必要はないだろう。男の眼光は、明らかにアイザック一人に向けられていた。
「教会がアンデッドではなく人を襲うとは初耳だな」
「勿論善良な一般市民にこんなことはしません。しかしあなたはアンデッドより性質が悪い。なにせあなたにかかっている容疑は、人類そのものへの裏切りですから」
「何だと?」
じりじりと兵士たちのアイザックを囲んでいく。ヘレナや僧兵たちは立場上迂闊に手が出せず、カタリナも助けようとはすれど、すでに水魔法の媒介となる液体が尽きている。
状況には不明慮な点が多いが、ひとまず下手に騒がないほうがいいだろう。アイザックは手を頭の後ろで組んで、抵抗しないことをアピールした。
無抵抗を示すアイザックに、男は笑みを浮かべる。
「恭順して頂けるのですね。安心しました。ヘレナ様からの連絡を受け、急いで対人戦闘の精鋭を集めてきたものですから」
「……私が?」
「ええ。だって仰ったのでしょう? その男がルカの名を口走ったと」
「……ルカが、どうかしたか」
害意を匂わせてルカの名を出したことで、アイザックの声色が変わる。
それは教会の兵士たちが一瞬ざわつくほどの、明確な威圧感がこもった言葉だった。
教会の男も気圧されるが、兵士たちの前で弱みを見せるわけにはいかない。すぐに表情を険しくしてまくしたてる。
「今更とぼけるなど白々しい。こちらでも調べはついている。
「……は?」
一瞬、アイザックの頭が真っ白になる。
だが問い質す暇もなく兵士たちに囲まれて、拘束具をつけられる。
「ま、待て! 一体どういうことか説明を……」
それを抵抗と受け取ったのか、兵士たちは動けないアイザックを一斉に殴打する。
仲間たちの悲鳴と抗議の声を遠くに聞きながら、彼はそのまま意識を失うこととなった――
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