第8話 領主ロレンズ
アンデッドの群れを壊滅させたあと、アイザックとカタリナは一晩ほど休息を経て領主のいる町に戻った。
兵士たちはこのまましばらく滞在し、村の復興支援に当たるらしい。大勢の仲間を失い、家畜や農地も荒らされた村人たちは当面のところ苦労するだろうが、その忙しさの中で心が癒えることもあるだろう。今はそう思うほかにない。
「いや~今回もごくろうさまアイザックくん! 想定より大きな群れに当たったと聞いたが大丈夫だったかい? 事前情報が不正確で申し訳ない。いや、しかし本当に無事で安心したよ!」
報告に赴いた二人は、客間に上がるとすぐ中年の男から熱烈な歓迎を受けた。
ちょび髭にメガネ、痩せっぽちのその姿にはあまりにも威厳を感じないが、彼こそはこの地域一帯を治める領主ロレンズである。
「いちいち暑苦しいな」
「ひどいね君! 人がどれだけ心配したか……。いや、もちろん君の実力は疑っていないが、実際今度の戦いは大変だったんじゃないかい?」
「別に、ちょっと数が多かっただけだし。それより茶菓子とかないのか?」
「ああすぐに用意するよ! 君! 彼らにとびっきり甘いお菓子を。この間貰った最高級茶葉もね!」
ロレンズはアイザックの不遜な態度を気もせず、使用人に支持を出す。
この状況に驚いたのはカタリナだ。
彼女も領主から直接依頼を受けたが、その時はもう少しちゃんとした、それこそ領民の危機を憂う貴族の表情をしていたはずだ。それが今は別人。アイザックに馴れ馴れしく接してはあしらわれる様子は、なんだか無性に頼りなく見える。
「あ、あの……」
「おおカタリナくん! 君も大変ごくろうだったよ。ささ、遠慮せずこっちに座りなさい。君もあの村を救った功労者なんだからね」
「いや、私は……」
カタリナは彼と同じように労らわれ、少し戸惑ってしまった。自分は果たして役に立っていただろうか。
戦闘ではさほど活躍できず、むしろ負傷して足手まといになってしまった。もちろん結果的に貢献できた場面もあったが、アイザックのように一人でも戦えるヒーラーなら、単独行動のほうがやり易かったかもしれない。実際、彼は今までそうしてきたのだろう。
「あんまり思い詰めるな」
「え?」
「アンタは俺に戦いやすい環境を作ることに徹していた。そのおかげで俺は色々と楽ができた。感謝してるよ」
カタリナの思いを読んだように、アイザックがそんなことを言う。言い方はずいぶんそっけないが、気持ちがこもってるような、そんな気がした。
ロレンズもそれを察したのか、感じ入るように何度もうなずく。
「予想通り良いコンビになったみたいだねえ。やはりアンデッド退治にも仲間は必要だろう?」
「何が予想通りだ。前に組まされたやつらは酷かったぞ。出しゃばりなくせに肝心な時は及び腰で……あれなら俺一人のほうが効率よくアンデッドを倒せる」
「でも今回は上手くいったんだろう? 素晴らしいじゃないか! カタリナ君もどうだい? 今後も彼と組んでくれるなら仕事も融通するよ?」
「え、えっと……」
「カタリナ、気をつけろよ。こいつ押しの強さだけで役人や商人と交渉してきたようなやつだからな。決断を迫られたらまず保留だ」
「こらこら、君のためにやってるんだからね! そこは分かってもらいたいよ」
「あの……領主様とアイザックはもともとお知り合いだったのですか? その、いったいどういうご関係で?」
また話が自分の分からない方向に進んでいきそうなので、カタリナは思い切って気になっていた質問をしてみた。アンデッド退治で贔屓にしているだけ、というにはいささか距離が近過ぎる。
「ああ、アイザックくんはもともと私が援助していた孤児院の子どもでね。一時期知人が後見人になった縁もあって、色々おせっかいをさせてもらってるんだよ」
「頼んでないぞ」
「頼んでこないから自分からやってるんだよ! 君、私がいなかったら今頃飢え死にしてるからね!?」
「はあ、そうだったんですか……」
カタリナは何となく腑に落ちない気分になりつつも、一応の納得はできた。
テーブルにはクッキーと紅茶が運ばれてきたところだったが、事後報告だけであまり長居はできないと席を立つ。
「あの、それでは私はこれで失礼します」
「そうかい? ではせめて宿は手配しておこう。今回は大仕事だったんだから、この街でしっかり療養していきなさい」
「ありがとうございます。では……」
丁寧に頭を下げ、カタリナは外に出た。
彼女が扉を閉めてしばらくしたところで、ロレンズがつぶやく。
「ちょっと居づらくさせちゃったかな」
「お前のせいだぞ、過保護領主」
「むしろ君がその領主さまの前でふんぞり返ってるからじゃないかね……?」
半眼で言い返すロレンズを無視して、アイザックは出てきたクッキーをぽりぽりと口に運ぶ。
「組んでもらう件、前向きに検討してくれるといいけど……」
「……」
「反応なしかい? 沈黙は同意と同じだよ」
「別にどっちでもいい。……まあ今回のことでソロにこだわるのは意味はないと分かったけどな。あいつもこういう仕事を請け負ってるなら、わざわざ組もうとしなくても別の機会に会うこともあるだろう」
「草食系だねーまったく。彼女、魔法分野では結構な名家の出なんだよ? もっとぐいぐい行かないと誰かに取られちゃうかも」
「興味ねーって。それよりこっちの本題だ。ルカの居場所については何か分かったのか?」
声色を変えて問うアイザックに、ロレンズは沈黙した。やがてゆっくりと首を振って否定の意を示す。
アイザックの後見人とは、無論ルカのことである。
自分のことを戦うヒーラー第一号にする、などと息巻いていたあの男が突然姿を消したのは、およそ三年前だ。
当時は本格的にアンデッドの襲撃事件が増加し始めていた頃で、のちに教会の結成、魔王の宣戦布告などが続く混乱の年だった。ルカの予測していた、
ロレンズは彼の旧友だったらしく、彼がいなくなってしばらくした頃にやってきた。もし自分に何かあったときは助けてやってほしい、とルカが事前に話をつけていたのだという。
「あいつは有名人なんだろ? 行方知らずになってもう数年、目撃者の一人もいないなんてありえるか?」
「有名だからこそ、だよ。身を隠すためのツテがあるし、目立たないためのノウハウがあるからね。一度痕跡が途絶えてしまっては、探し回るにも限度がある」
「……一度途絶えたら、か。本当にそうだよな。ヒーラーとしてルカの弟子になって、孤児院の仲間の次か、それ以上に長く生活をともにした。でも、それがふいになるように突然いなくなった。あいつの愛用の杖から食器の一つまで綺麗に消えてしまっていた」
「君の気持ちはわかるよ」
「そうか? でも俺にとってこれは二度目なんだぜ。本当の両親は魔物との争いに巻き込まれて死んだ。そのことはもう殆ど覚えてないが、俺は居場所なんてずっと持てない運命なのかもしれないって思ってる。案外、ルカもどこかでもう死んでるかも」
「それはありえない。私も彼の実力は知っているからね、これだけは断言できるよ」
ロレンズは、彼にしては強い口調でそう言った。
この男とルカの関係を、アイザックはあまりよく知らない。しかし確かな信頼関係が培われているのは感じていた。
「……別に本気で言ったわけじゃねーよ」
「私は、君とは少し違う意見を持っている。彼は理由もなく行方をくらませる男ではない。わざわざ身辺整理を済ましてまで君から姿を隠すなら、何か意味があるはずだ」
「どんな意味だよ」
「あの時君はすでに対アンデッド用の回復魔法を全て習熟していたし、今はもう実戦で活躍できるようになっている。君がまだ弟子だの師匠だの言っているのは、彼から免許皆伝を認めてもらってないからだろう? あるいはこれが、そのための最後の試練なんじゃないかな?」
「自分を見つけろ、ってことか? そんな馬鹿な話……」
そう言い返しつつも、ロレンズの言葉はアイザックに動揺を与えた。馬鹿馬鹿しい。けれども完全に否定できるほど筋の通らない話ではない。半ば諦めようかとも思っていたのに、いらぬ期待をしてしまいそうだ。
そんなアイザックを後目に、ロレンズは優雅な手つきで紅茶をすする。
「アイザック、私は君を大いに評価している。いずれ全てのわだかまりが消え、君が正しく活躍することができるまで、支援させてもらうよ」
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