第7話 群れ
結論から言うと、森林地帯の奥地は完全にアンデッドの巣窟になっていた。
恐らく人間のゾンビの群れとトロールのゾンビの群れが、何らかの理由で統合してここ一帯に隠れていたのだろう。
数は両者合わせておよそ数十ほど、密集地帯に入ればもはや各個撃破など望めず、アイザックとカタリナは乱戦を強いられることになった。
「『ウォーター・バレット』!」
カタリナが水の散弾をゾンビたちに放つ。下方に集中させることで辛うじて何体かの足を挫くことに成功するが、殆ど牽制にしかならない。
それでも走って距離を取り、再び牽制の散弾を放つ。
ジリ貧と分かっていてもそう戦うことしかできなかった。
敵は多過ぎて、一度にウォーター・ベルトで拘束できる数ではない。頼りの綱はアイザックだが、彼はもっと危険な役割を担っていた。
アイザックは意図的に群れの中心へ飛ぶ込むことで、複数体のトロールゾンビを全て自分に引き付けているのだ。
もともとトロールはタフさが取り得の魔物だったが、アンデッドになってもそれは健在だ。ヒーリング・ブロウのエンチャント攻撃を一発二発食らった程度では倒れない。
「――っ、はぁっ!!」
アイザックは渾身の一撃で一体のトロールゾンビを灰に変え、そして素早くその場から飛び退く。後ろからもう一体のトロールが腕を振り下ろすところだったからだ。
灰の粉塵が吹き荒れ、さっきまで自分のいた場所を剛腕が通り過ぎる。彼らは自分の仲間などお構いなしにこちらを襲ってくる。
それが隙になることもあるが、同時に予期せぬ不意打ちを食らうこともある。この場合、一度でも攻撃を貰ったら形勢を立て直すのは難しいだろう。
「……さて、どうしたものかな」
少しずつ数を減らしてはいるが、こうも矢継ぎ早に襲ってこられては、息つく暇もないというものだ。
カタリナのほうを一瞥すると、彼女もそろそろ限界に近いようだった。一度合流したほうが良いかもしれない。向き直ると彼の眼前には、二体のトロールゾンビがお互いを押し退けながら向かってくるところだった。彼は両者に向けて手をかざし、術を唱える。
「『リジェネート・ジェイル』!」
二体のトロールゾンビは、それぞれ巨大な障壁の中に閉じ込められた。内部には白い光の粒が点在しており、身体に触れる度その部分が灰になる。
上手く閉じ込めたのを確認してから、アイザックはトロールの群れに背を向けて全力疾走する。カタリナはその時、すでにゾンビの群れに呑まれかけていた。アイザックは素早くそこに割って入り、同時に三、四体ほどのゾンビを撃退して彼女と群れを引き離す。
「おい、まだ大丈夫か!?」
「な、なんとかね……」
言葉とは裏腹に、彼女の声には力がこもっていない。アイザックはハッとした。よく見れば彼女の脇腹に、抉られたような傷跡がある。ゾンビから攻撃を受けていたのだ。
気付かれたか、とカタリナは気まずそうに手で傷を隠す。
「お前、いつやられた!?」
「さあ……気が付いたら血が出てたって感じかしら」
軽口を言うように喋るが、けして呑気な状態ではなかった。実際、すでにかなりの血が流れている。見たところいつ気を失ってもおかしくないぐらいの重傷だ。
話している間にも敵が向かってくる。アイザックはカタリナを庇うように立ちふさがり、ゾンビたちを杖で横薙ぎにした。普通のゾンビにはトロールほどの耐久力はないが、彼らもすぐに向かってくる。
「カタリナ、もう少し辛抱してくれ」
「はは……流石ねあなた。私じゃ倒せないゾンビどもをこうもあっさりと。」
自嘲気味に笑いながら、カタリナは水袋の栓を外す。
「でも……無力な私でもここで死ぬわけにはいかない。ここで死んだら、私もすぐアンデッドになる。これほどの群れに魔法が使えるアンデッドが加わるなるなんてことは、絶対に避けなきゃ駄目……」
カタリナの目には強い意志があった。自分の死よりも、自分が動く骸となって他の者を襲うことのほうが恐ろしいと思えるほどの、強い使命感が。
彼女はアイザックの服のそでを掴んだ。そして持っていた水袋の口を下に向ける。中の水が、どぼどぼと大地に染み込んでいった。
「カタリナ、お前なにを……」
「残った触媒の水を全部、ついでに地面に流れた私の血もおまけして、最後に一泡吹かせてやるわ――『エクステンシヴ・クイックサンド』ッ!」
瞬間、ゾンビの群れが一斉に
地に足を呑まれ、のたうつも進めない。それどころか、こちらへ走ってくる形だったゾンビは殆どがバランスを崩し、頭から地面に突っ伏してしまった者もいる。ゾンビも追いかけてきたトロールゾンビも、みな動けないでいた。
地面を液状化する魔法。それもこの広い範囲を一度に。アイザックはここで初めて、カタリナの才覚を思い知った。身動きを取ろうとすればするほど深く沈んでいく。本来アンデッドにダメージを与えられない者としては、おそらく最善の一手と言えるだろう。
しかしそれも最後の手段。魔力も体力も使い切ったカタリナは、ふらりと倒れそうになる。アイザックはそれをすんでで受け止めた。
「この魔法は……少しの間持続する。しかも術者である私と私に接触している者には影響を及ぼさない……」
アイザックの胸の中で、か細い息をしながらカタリナは言う。事実、彼らは水面のように波打つ地面の上で平然と立っていられた。そでを掴んでいた手でアイザックの手を握り直し、彼女は続ける。
「だからアイザック……私を背負ってここを脱出して。そして野営地まで戻れたら、私がアンデッドにならないように、ちゃんと"処理"してほしいの」
それは、死を覚悟しているという意味だ。
「サポーターなのに、足手まといになってごめんね……。出来るだけ長い間こいつらを留めてみせるから」
最初の印象とは別人に思えるほど弱弱しく、しかし同時に内なる強さを感じさせる言葉。きっとこれが、意地やプライドを脱ぎ去った本来の彼女の姿なのだろう。
アイザックはその思いに、その姿に応えるように彼女の瞳を見据えた。
「カタリナ、退却はしない」
「……え?」
「アンタのおかけだ。これで彼らを一網打尽にできる」
アイザックは背を向けていたアンデッドの群れに向き直る。片腕はカタリナの手を握ったまま、もう片方の腕で杖を前にかざす。
杖の先から白い光が拡散し、光の粒が群れを囲むように広い円形を形作る。
「これは……『ヒーリング・サークル』……?」
それは円の中にいる者を一度に癒すヒーラーの広域回復魔法。しかし対アンデッドに特化した彼の魔法が純粋な回復魔法のはずがない。
「俺の使う範囲魔法には、どうしても隙が必要だった。だから乱戦状態の時は返って発動のタイミングがない。それをアンタが補ってくれたんだ。――さあ、今までの鬱憤を晴らさせてもらうぜ『
円に囲まれた陣地から、一斉に何かが突き出した。白光するエネルギーで形成された、剣、槍、斧。それらが動けない状態のゾンビたちを容赦なく貫いたのだ。
光の武器は、全て回復魔法と同質の魔力創造物。しかも圧縮されたエネルギーそのものだから、エンチャント攻撃より遥かに強力な力だ。
貫かれたゾンビ、トロールゾンビは破裂音とともに、次々に灰と化して消えていく。
「すごい……」
カタリナは無意識に感嘆の声を発していた。さっきまでの戦況がまるで嘘のようだ。アンデッドの群れが消えたあとには、どこか幻想的な輝く風景だけがあった。血や肉片で汚れもしない光の武器だけが、ただ誇らしげに天を向いている。
アイザックが振り返ってにやりと笑う。
「カタリナ、やったぞ」
「ええ。でも、私はやっぱり駄目みたい。アームド・ヒーリング・サークル……攻撃に転用された回復魔法みたいだけど、その中にいるのに私の傷は癒えなかった。もう限界が近いのね」
「あ、いや、うっかりしてた。ヒール!」
慌てて、というか、むしろ暢気すぎるぐらいの調子でアイザックは魔法を唱える。
いまさら何を、とカタリナは言いかけたが、白い光が暖かく自分を包み込み、苦痛が和らいでいくのを感じて息をのんだ。冷たくなっていた身体に、再び血が通っていくのを感じる。
「さっきの魔法は戦闘力に全振りだったからな。回復魔法としての効果は皆無に近かったんだ」
「私……助かるの?」
「安心しろ。確かに俺の流派は対アンデッド特化だが、この世で最も優れたヒーラーが編み出したものでもある。死ぬ前ならどんな重体でも治してやるよ」
アイザックの自信にあふれた言葉に安堵して、カタリナはゆっくりと目を閉じた。
傷はしばらくして塞がり、そのまま眠り込んでしまったカタリナを背負ってアイザックは森を抜ける。
明日をも知れぬ日々に怯える人々へ、もう大丈夫だと伝えるために。
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