第4話 作戦会議
アイザックと村長の息子――現状では村長代理と言うべき彼は、ひとまずテントの中へと場所を移した。
「一応の確認ですが、あの村はもう葬式の習いは変更されていますよね?」
「ええ。もう大分前に火葬に変えました。今までの墓も一旦掘り起こして、棺ごと焼いています」
「分かりました。確かに墓地は荒らされた形跡がなかったので、やはり未知の群れが襲撃してきたものと考えていいでしょう」
「当然よね、"魔王再来"の日からおよそ三年。頑なに土葬を続けてきた集落はとっくに滅んでるでしょ」
横やりを入れてきたのはカタリナだ。どうも先ほどの問答で彼女のひんしゅくを買ったらしい。勝手についてきては、さっきからむすっとした顔でこちらを見ている。
アイザックは彼女を黙殺し、テーブルに地図を広げる。
「このあたりは南部が盆地になっています。襲撃される直前まで異臭騒ぎがなかったことからも、村に来たアンデッドはここを拠点としていると考えていいでしょう」
「ここはかつての戦争の被害もなく平和でした……。何故私たちの村がアンデッドに襲われたのか、今になっても分かりません」
「かつてはアンデッドも死んだ場所に留まることが多かったようですが、今は違います。それに、この世で生物の死んだことのない土地なんて存在しませんから」
アンデッド。それ自体は遥か昔から知られている存在だ。何かの拍子に生命の流れから外れてしまい、あてどなく動き回る哀れな骸。
しかし近年、それは爆発的に増加し、さらに生者に対して明確な害意を持つようになった。混乱の中、一つの宣戦布告がこの世界に触れ渡る。先ほどカタリナが言った"魔王再来"だ。
曰く、十数年前に勇者たちによって倒された魔王は、死ぬ間際に呪いを放った。それは生と死が緩やかに逆行するという世界規模の大魔術。この世界で死んだ者は、例えどんな死因であれいずれはアンデッドとして復活する。それは遠い昔に亡くなった者すら例外ではない。
そしてその日、魔王はついに己自身もアンデッドとして復活して、再び世界への侵攻を開始したのだと言う。短い平和は終わり、人類はまた戦いへ繰り出すこととなった。
――ルカ。アイザックの師匠は、どういうわけかこのことを予期していたらしい。
「そういえば、皆さんからアンデッドの特徴は聞いておいて頂けましたか?」
「ええ……しかしなにぶん突然のことだったので、詳しいところははっきり覚えていない者のほうが多かったようです」
「分かります。しかし情報は多いに越したことはない」
「……少なくとも元人間のアンデッドが殆どだったようです。小さいものや四足歩行のものを見かけたという話は聞きませんでした」
村長代理は自分も考えつつなのか、額に手を当てて少しずつ説明する。先ほど偵察に行った時はゾンビドッグと遭遇したが、あのような元動物のアンデッドが大量に湧くと厄介だ。牙に爪、生まれながらに武器を持ち狩りの本能を残したまま死んでしまったので、普通に暮らしていた一般人がアンデッド化したものよりも凶暴な場合が多い。
「では、村を襲ったやつらの中に帯刀した者はいませんでしたか? もしくは杖や変わった装飾品を携えていたとか」
「いえ……そこまではなんとも……」
「人間でも、生前冒険者だった者がアンデッド化すると、その技量をそのまま備えた強力な敵になります。魔物との闘いで英雄視されていた人が、戦死して当然のようにアンデッドとなって襲ってくることもあります」
そう説明すると村長代理の男はもう一度考えるような仕草をして、答える。
「……確か、襲われた者の中に武器で斬りかかられたり魔法を受けた者はいないはずです。素手で骨を叩き折られたり噛みつかれて肉を持っていかれたという者はいましたが」
「分かりました。あらかたは予想通りなのできっと問題はないでしょう」
アイザックはさほど手こずることはないな、と頭の中で目算を立てる。この場所はひとまず領主の兵隊が守ってくれるはずだが、不安を抱かせたままというのも忍びないのですぐに退治してしまおう。
しかしそこまで考えたところで村長代理はあっと思い出したように声を上げる。
「……なんです?」
「い、いえ。村の者に抱えられて逃げてきた婆さんが言ったことなので、要領を得ない証言なのですが……」
「大丈夫、教えてください。重要かはこちらで判断しますので」
「その……アンデッドの群れのずっと後ろのほうに、ひときわ"ずんぐりとした姿"を見たというんです」
「ずんぐりと……?」
つまり大きい、体格のしっかりしているという意味だろうか。単に体の大きいだけであったり、あるいは水死体のたぐいであればそう問題にはならない。
むしろ気になるのは、群れの後方にいたというところだ。群れのリーダー――といえば語弊があるだろうが、アンデッドも独自の行動理念にそって活動している。場合によってはそいつが、元魔物のアンデッドということも考えられるだろう。
「分かりました。気に留めておきます。あとのことはロレンズ――ここの領主が当面の面倒を見てくれるはずです。今はまだ慌ただしいかもしれませんが、貴方もひとまず休んでいてください」
村長代理の男が頭を下げるのを見て、テントから出る。アイザックは頭の中の計画を上書きして、警戒度を高めた。しかし決行は遅らせない。万全な行動に必要なのは、過不足ない緊張感だ。気を引き締めなおした今この時こそ、戦いに行く意味がある。
「お兄ちゃん!」
しかし外を歩いてすぐ、アイザックは出ばなを挫かれることになる。まったく不意打ちのような形で、横合いから何かがぶつかってきた。腰のあたりにぎゅっとしがみつかれる感触。どうやらそれは、村の男の子のようだった。
「?」
「あっ……」
特に覚えのない子で、アイザックは少し固まってしまう。その子もその子で、口を開いたかと思ったらすぐに顔を強張らせて離れてしまう。
「えっと、どうかした? 何か困ったことでも?」
「ご、ごめんなさ……」
子どもがしどろもどろに何かを言いかけたとき、ふわっと後ろから抱きしめる者がいた。それはカタリナだ。
「いいのよ、謝らないで。あなたは何か悪いことをしたわけじゃないんだから、気弱にならなる必要なんてないの」
カタリナはその子を胸に抱いたままゆっくりと向き直らせ、頬を撫でる。その表情は穏やかで、慈しみに満ちていた。
はじめはポカンとしていたその子どもは、しだいに瞳を潤ませ、すぐに大粒の涙を流し始めた。
「ぼ、ぼく。ちがくて、お、お兄ちゃんかと……」
何か言おうとして、しかし嗚咽で言葉にならない様子だった。しかしカタリナは戸惑った素振り一つせず、目線を合わせてその子の言葉にゆっくりと頷きを返す。
「うん、残される側は辛いわよね。でもきっと、君が生き残ったことにも意味はあるの。この人が弔ってくれたから、君のお兄ちゃんはきっと天国に行けたわ。だから今は涙が止まらなくても、いつかはあの世のお兄ちゃんに恥じない姿を見せないとね」
カタリナは懐から布切れを出して、男の子の目元を拭う。ごしごしとされているうちに、少し冷静になったのか、男の子の頬が赤くなる。あらかた拭き終わったかなと彼女が布をしまうと、男の子のほうもカタリナの手から離れた。
「あ、あの、ありがとうございます」
「うん。どういたしまして」
「それと……冒険者の人、ですよね?」
今度はアイザックに向かって聞いてくる。冒険者というのは今では廃れてしまった言葉だが、彼は「ああ」とうなずいた。
「さっきはごめんなさい。そ、その、村を襲ったアンデッドたちをこらしめてください。お願いします!」
「……おう」
男の子はぺこりと頭を下げ、そのまま駆け足で去っていった。アイザックとカタリナが少しのそのまま見ていると、彼は母親らしき女性のもとに帰っていく。母親は彼を探していたようで、安堵の表情を浮かべて男の子を抱きしめた。何となく、ほっとした気分になる。
アイザックはカタリナに声をかけた。
「あの子のこと知ってたのか?」
「いいえ。ただあんたのことがお兄ちゃんに見えたんでしょ。背丈とか、立ち振る舞いとかで。それ以外はよく分からなかったけど、とりあえず話を合わせて勇気づけてみただけよ」
「へぇ」
「それより、今度は本格的な退治に出るんでしょ。私も連れてってもらうからね」
くるっと向き直った彼女の顔は、さきほどの優しげなそれではなく真剣な表情だった。
「……」
アイザックは今でも同行者は必要ないと思っている。しかし彼女は断ってもついてくるだろう。そういう人間のような気がするのだ。
肩をすくめて、しかし笑みを浮かべて歓迎する。
「いいだろう。ただし来るからにはちゃんと戦力になってもらうからな?」
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